【コラム・斉藤裕之】1年に1度、私とっての鬼門。それは胃カメラを飲む日。今年もその日がやってきた。小さいころから大方の立ちはだかる壁は乗り越えてきたつもりだが、胃カメラだけは苦手だ。
しかし、実は今年、ちょっとだけポジティブな気持ちで内視鏡検査室の前に座る私がいる。というのも、昨年の検査の際に「コツ」をつかんだような気がしたのだ。あの忌まわしいチューブを飲み込むコツを。だが、それはただの思い過ごしということも考えられる。だから、今年はそれを確かめるべくやってきたのだ。
私の周りでも胃カメラが苦手な人がいて、マウスピースをくわえた瞬間から無の境地に入っていくようにするとか、頭の中で好きな歌を流して気をそらすとか。それから、胃カメラは平気だけどバリウム飲むのが苦手な人とか。NASAの訓練みたいにぐるぐる回るのがちょっととか。
「さいとうさ~ん」。呼ばれた私は喉に麻酔の薬をためてその時を待つ。しかし、やっぱり不思議と理由のない自信がある。それにしても胃カメラ係?の看護師さんは妙に優しい。口調ももちろんだが、いざ検査の時に背中をさすってくれるあの母親の様な手。ジェンダーとかなんとか置いといて、この係はできれば女性にやってほしいと個人的に思う。
いい絵を描くコツはない
さて、ついにまな板の上に乗った。マウスピースをくわえる。「はい、じゃあこれから始めますよ~」って、今回の先生はなんだかソフトな印象。いよいよチューブが入ってきて、「はいここちょっと苦しいですよ~」。ここだ!と思ったら「オエッ」、涙がツー。この後は鼻の穴全開でゆっくりと呼吸を繰り返す。「は~い、では抜いていきま~す。お疲れさまでしたー」
ということで、予想通り、これまでと比べて飛躍的に苦しさを感じることなく検査を終えることができた。少しまだ涙ぐんだ目で画像を見ながら、先生の説明を聞く私の心はちょっと晴れやか。
絵を描くのにコツがあるのか聞かれることがある。例えば角度を少し意識するだけで、手を置く場所を変えるだけで、順番を変えるだけで、うまくいくことは日常的に誰しも経験があって、これをコツと呼んだりするんだろうが…。鉛筆をうまく削るコツはあるかもしれないが、いい絵を描くコツはない。同じく、胃カメラを飲むコツをつかんだところで健康になるわけではないのだが。何はともあれ、「問題ありませんね」という先生の一言で新たな1年がスタートした気分。
「10年たちましたね」と看護師さん。「来年の胃カメラは麻酔なしでいいですか」と聞かれて、「はい!」と元気よく答えた私。胃カメラを飲むコツ? それは謙虚に胃カメラさんに感謝すること、かもね。(画家)