【コラム・瀧田薫】5月20日、台湾16代総統・賴清徳氏は就任演説で「台湾への言論での威嚇や武力による挑発をやめよ」と中国を名指しで批判した。中国はこれに反発、賴政権に対する懲罰として、台湾周辺での大規模軍事演習を開始した。今後、中国の賴政権に対する姿勢は厳しいものになるだろう。
台湾の政治史において、台湾総統選挙の最大の争点は常に対中国姿勢の取り方であった。賴氏の前任総統・蔡英文氏の場合、2016年時就任演説において「1992年に両岸の両会(海峡交流基金会と海峡両岸関係協会)が話し合いを行い、若干の共通の認知と理解が得られた。私はこの歴史的事実を尊重します」と述べ、中国と話し合う姿勢を見せていた。
しかし、2024年の賴氏の就任演説は、この件に全く触れなかった。同じ民進党に所属していながら、前台湾総統・蔡氏と新総統・賴氏、それぞれの対中姿勢には大きな隔たりができていた。台湾の側に限って言えば、中台関係に関する考え方の変化に加速度がついている感じがする。
他方、中国側は、1992年の交渉において中台は「一つの中国」原則で一致したとの主張を、現在までの約30年間ずっと貫いてきている。中国共産党の一党支配が続く中国に対して、台湾においては、86年に民主化を目指した民進党が誕生し、政治環境が激変した。
民進党の登場によって、もともと中国と対立してきた蒋介石由来の国民党が、相対的に中国寄りのカラーを身に付けるようになっていく。国民党は92年合意について「一つの中国原則」を認めるものの、肝心の「一つの中国」が何をさすかについて、中台間の話し合いが必要であるとの立場を主張している。
最近、中国政府は国民党(最大野党・議席数52議席)と民衆党(第3党・議席数8議席)に接近しようとして様々な方法を試している。民進党が台湾立法院の前回選挙で、過半数・57議席を獲得できず、51議席にとどまったことを、賴政権の最大の弱点と見ての動きであることは明らかだ。
今後、賴政権は人事や予算について、野党攻勢に遭い、苦境に追い込まれる可能性が高い。中国政府はこれに追い討ちをかけようと、狙いを2年後の立法院選挙に絞り、もちろん水面下でのことであるが、野党に対する資金援助、地方議員の取り込み、地方の中小企業経営者に対する利権の提供など、なりふり構わぬ選挙干渉に出る可能性がある。
賴政権、そして台湾の今後は、台湾の有権者の政治判断や状況認識いかんにかかっているということだろう。
ちなみに最新の世論調査によれば、「海峡両岸は2つの異なる国家」と見る人が76.1%に達したのに対し、中国の主張「両岸は1つの中国に属する」に賛同する人は9.7%に過ぎないそうである(東洋経済オンライン5月23日付「現状維持だが中国に配慮もしなかった台湾新総統」=小笠原欣幸氏)。(茨城キリスト教大学名誉教授)