金曜日, 3月 6, 2026
ホーム土浦実際にどう対応? 「合理的配慮」義務化スタート 土浦

実際にどう対応? 「合理的配慮」義務化スタート 土浦

情報不足に戸惑いも

改正障害者差別解消法の施行に伴い、段差があればスロープをつけるなど障害の特性に応じた配慮をする「合理的配慮」が1日から民間事業者にも義務化された。実際にどう対応すべきなのか、現場では情報不足からくる戸惑いの声も聞こえてくる。実際の現場で事業者や当事者はどのように課題に向き合っているのか、土浦で話を聞いた。

一部でも助成があれば

「絶対にやりたくないのは入店拒否」だと話すのは、昨年、土浦市川口にオープンした古書店「生存書房」の店主・藤田康元さん(57)だ。

同店は、歩道に面した入り口に15センチほどの段差が2段あり車椅子の人が一人で入店するのは難しい。大幅なバリアフリー改修は費用面から現実的ではない。そこで藤田さんが最初にとった「配慮」が、入り口前に「ハンドベル」を置くことだ。玄関にチャイムをつけても歩道からは手が届かない。車椅子でも店主を呼び出せると考えた。

手に取りやすい場所に置かれた古書店のハンドベル

「入り口にスロープがないことでバリアを感じる人はいるはず。入店を諦めさせているかもしれないと思った。諦めないで店主を呼んで欲しいという意味を込めた」と話す。後に折りたたみ式の簡易スロープを購入し、必要な時だけ設置できるようにした。費用は約4万円。ネットで購入したものだ。「これが個人店でできる範囲。出費は厳しい」とこぼす。「大規模な改修費用とまでは言わないが、せめて一部でも助成があれば」と希望を話す。

障害者以外のためにもなる

土浦市乙戸で料理店「ママのごはん」を営む高橋理恵さん(62)は、2017年のオープン時から入り口にスロープを設置しトイレに手すりをつけてきた。障害のある夫の助言からだった。高橋さんは、スロープや手すりのおかげで「車椅子のお客さんが増えた」と言い、喜んでくれるのは障害者だけではないとも話す。

「ママのごはん」入り口に設置されたスロープ=同市乙戸

「つえをついていたり歩幅が小さかったりする高齢者や、ベビーカーで来るお客さんも『入りやすい』と言ってくれる」。何より自分も歩きやすい。「大きな荷物を抱えて段差を上がるのは大変ですから」。

様々な人が出入りする中で必要な「配慮」が身についた。車椅子に限らず、ベビーカーに子どもを乗せたままテーブル席に着きたい人にも、さっと椅子をどかして対応する。

大切なことは、当事者との接点を持つことだと指摘する。「私は身内に障害があることで気づいたことはたくさんある。うちの店には車椅子のお客さんが来るのを他のお客さんもわかってくれているから来店時に手伝ってくれる」と言う。

「ママのごはん」を営む高橋理恵さん

一方で「個人の飲食店だと対応が難しい事情もわかる」と、合理的配慮の実践を躊躇する個人店にも思いを寄せる。実際に家族で外出して入店できないこともあった。「行く前に『車椅子でも入れます』と聞いても混んでいて入れないこともある。車椅子や障害のある人が来ることが前提になっていないお店は多い。私も家族に障害があるなど身近でなければ、必要な配慮への気づきはなかったかもしれない」

4月からの義務化については「(行政などから)手紙での通知などはなく、商工会に入っているわけではないので情報を得る機会が限られていた」といい、周知の不足を指摘する。実際に街で話を聞くと「義務化は知らなかった」と言う人は少なくない。

特性の理解を

同市で障害者福祉の課題に取り組む目黒英一市議(54)は、合理的配慮で大事なことは「特性を理解すること」だと言い、そのためにも「当事者の生の声」に触れることが欠かせないと話す。目黒市議は知的障害を伴う自閉症のある子の父としても活動している。

「知的障害のある方は、性格と同様に個々の特性がある。大きい音が苦手だったり、飛び跳ねたり声を出してしまったりすることもある」。周囲が障害の特性への理解があれば、大きな音が苦手な人と大声を出しがちな人を隣り合わないよう配慮することで、互いに心地よく過ごすことができると指摘する。

「子どものうちから合理的配慮を学ぶべき。(今の社会は)障害のある人が世の中に適応していかなければいけない状況にあるが、障害のある人の目線で物事を考えられれば」とし、「当事者との接点を持つことで『スロープつけなきゃだめだよな』という気持ちになる。合理的配慮は、スロープをつけておしまいではない。大切なのはそこから先。どうすれば車椅子でも通りやすくなるか、接客にはどう気を遣えばいいか。相手のことを考えられることが大事」だと語る。

当事者の声を聞いてほしい

「障害の当事者は、こんな時はどうすればいいのかというアイディアを十分持っているので、まずは当事者に聞いて欲しい」と話すのは、当事者として障害の理解啓発活動をする「茨城県に障害のある人の権利条例をつくる会」共同代表の生井祐介さん(46)だ。同会は、2015年に施行された障害者への差別を禁止する県障害者権利条例を作るために発足した。生井さんは合理的配慮についてこう思いを話す。

「当事者の声を聞いてほしい」と語る、生井祐介さん(中央)

「『過重な負担』というのがあるが、初めから断るのではなくその場で当事者に相談して欲しい。例えば商店の入り口に段差があって車椅子で店内に入れなければ、当事者の希望を聞いて商品を入り口まで持ってきて選んでもらうこともできるし、車椅子を何人かで持ち上げてあげることもできるかもしれない。私たちはそのやり方を説明できる」

「『うちは無理なんです』と断らずに相談してほしい。解決策が見つかれば僕たちも行けるお店が増える。よりいい関係が作れるはず」と語る。

店舗入り口に置かれる取り外し可能な簡易スロープ

7市村に助成制度

県内には現在、合理的配慮への助成制度がある自治体が7市村(つくば、水戸、ひたちなか、取手、つくばみらい、那珂市、東海村)ある。生井さんは「制度を使えばスロープの設置などもしやすくなる」とし、「茨城には『障害者権利条例』があり、全ての差別を禁止すると言っていることも忘れないでほしい」と思いを述べる。

合理的配慮の義務化に関して土浦市は、周辺自治体などで実施されている助成制度については「制度を実施する予定はない」とする。また、合理的配慮は「障害者との建設的対話を通じて事業者が提供できることを考え、実施に伴う負担が過重であれば、過重でない代替方法を対話を通じて見つけていくことが法の趣旨」であるとし、「合理的配慮の具体的な取り組み例を紹介していくことはできる」と述べ、県障害者差別相談室や市障害福祉課への問い合わせを求めている。周知活動については今後も継続していくとしている。(柴田大輔)

【メモ】合理的配慮とは、段差があればスロープをつけたり、声や音が聞き取りにくい人に対して手話や筆談ボードを用意するなど障害の特性に応じた配慮をすること。時間を調整するなどルール・慣行の柔軟な変更も合理的配慮に当たる。障害がある人もない人も平等に社会に参加できることを目的としている。

障害を理由に来店を拒否したり、サービスを提供する時間や場所を限定するなど条件をつけることは「差別」にあたり、「障害があるからと特別扱いはできない」「前例がない」と、求められた配慮を無碍(むげ)に拒むことは認められていない。一方で、事業者にとって過度の費用負担や物理的に実現不可能な場合など、「提供に伴う負担が過重でない」ことが提供範囲とされている。

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

1コメント

1 Comment
フィードバック
すべてのコメントを見る
スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho




spot_img

最近のコメント

最新記事

インフルは我が家を巡る《ことばのおはなし》91

【コラム・山口絹記】先週末、こどもからインフルエンザをもらった。B型である。予防接種は受けていたが、おそらく効力も切れていたか、あるいは摂取した型が違ったのだろう。 最初に高熱を出したのは0歳児だ。まだことばも持たない身体が、小さな胸で荒い息をし、ぐずりながら眠る。辛いのは伝わってくるが、何がどう辛いのかは教えてくれない。その様子を見守りながら、私は「できることなら代わってやりたい」などと思っていた。 結局、0歳児が復活してしばらくしてから自分の関節が重くなり、その日の夜にはガタガタ震えながら電気毛布にくるまることになったわけで、身代わりになるでもない、ただの無意味な感染拡大となったわけである。端的につらい。こどもからうつされる病気というのはどうしてこうもつらいのだろうか。 しかし、無意識に文章を書いているとどうしても「うつされた」と書いてしまう。まぁうつされたことは事実なのだが、「うつされた」というとなんとなく自分が被害者のような気がする。いやいや、それもまた事実なのだが、家庭の中で起きる感染は、もっとこう、循環のようなものに近い。なぜか一度に複数人が倒れることは少なくて、順番に各個撃破されていく。 そういう意味では、人間が主語の「うつされる」よりもインフルエンザが主語の「巡る」の方が表現としてはよいかもしれない。 家庭内感染を防ぐのは難しい 誰かの咳が空気に混じり、同じ空間を吸い込み、やがて別の身体が熱を出す。大人は1日中マスクをつけていることもできるし、手洗いうがいを徹底することもできるが、0歳児にマスクはつけられないし、保育園児や小学生はそのあたりどうしたって雑である。家庭内感染を防ぐのは結構難しい。 熱はぐるりと家の中を一周し、やがて静かに消えていく。私が立ち上がれるようになったころには、0歳児は夕食の豚汁を食べている兄の皿につかまり立ちで近づき、無言でニンジンを奪って食べていたりする。長女も叫んでないで止めてくれればいいものの、バタバタしている親には止める間もない。 こどもが産まれる前と言うのは、もう少しいろいろとうまくやれるような気がしていたのだが、やはり絵空事は絵空事なのだ。来年はインフルエンザになりたくないものだ。(言語研究者)

粘土で広がる世界 自閉症の粘土作家・松橋克希さん つくばで個展

6日から 自閉症スペクトラムなどの障害のある粘土作家で、水戸市在住の松橋克希(よしき)さん(20)の作品展「イマジネーション クリエイト 想像から創造へ」が6日から、つくば市千現、二の宮公園前のギャラリーネオ/センシュウで始まる。アニメや映画などのキャラクターをモチーフにした新作を含む約250点の粘土作品とイラスト15点を展示する。22日まで。 普段は地域の保育園などで毎週、子どもたちに作品作りを教え、「よっちゃん先生」の愛称で親しまれている。制作活動を通じて自分の世界を広げてきた松橋さんの十数年の歩みに触れる作品展だ。昨年12月には、障害のある人の芸術活動を支援する拠点として県に設立された「障害者芸術文化活動支援センター」が、県つくば美術館で開いた作品展「めぐる展2025」に出展。創作実演や対話型鑑賞会も行われ、多くの来場者の関心を集めた。 地域の中で活動を広げる 克希さんは、粘土で作った小さなパーツを一つ一つ繋ぎ合わせてオリジナルのキャラクターを生み出している。その数は、数千体。頭の中には、常に新しいキャラクターのイメージがあふれているのだという。 幼い頃から創作に打ち込んできた。幼稚園のころから小麦粘土や折り紙を用いた工作に夢中だったと、母親の裕子さん(54)は振り返る。地域の小学校に進学すると、支援クラスの教員や放課後に通った学童保育の担当者らが制作活動に寄り添った。さまざまな粘土を試す機会をつくり、時には1日6時間に及ぶ制作を共に見守った。 幼い頃はコミュニケーションが難しく、裕子さんは戸惑うことも多かった。夕方になると長時間泣き続けることもあったという。しかし成長とともに落ち着き、作品を通じて人とのつながりが広がっていった。展示会では「すごい」「また見たい」と声を掛けられるようになり、それが創作の励みになった。 裕子さんは「当時、頭の中は大好きな怪獣でいっぱいだったのだと思う」と話す。克希さんは2、3時間に一つほどのペースで、思い浮かんだ怪獣を次々と形にしていった。 小学6年の時、障害のある他の子どもたちと地元のホテルで初めて展示会を開催。さらに水戸市内の空き店舗を使った販売会やワークショップにも参加し、地域との交流が生まれた。裕子さんは「できるだけ地域の中で、いろいろな人と同じ場所にいてほしかった。障害のある子どもは外との接点が少なくなりがち。だからこそ作品を見てもらう場をつくりたかった」と語る。 映画制作が転機に 活動の大きな転機となったのが、自身も出演し、克希さんの作品をもとに制作された映画「欲望の怪獣」(2019年松本卓也監督)だ。母親がイベントで出会った人との縁から企画が動き、映画制作の中で克希さんがオリジナルキャラクターを考えるようになった。「そこから自分の世界を形にする力が強くなった」と裕子さん。上映会などを通じて、さらに人との出会いが広がったという。 人との交流を重ねる中で、徐々に会話などのコミュニケーションも増えていった。「人に興味を持ってもらえることはとても大きい。作品について意見を聞きたいなど、人との関わりにも意欲的になった」と裕子さん。 克希さんの作品の源は、戦隊ものや海外映画、人気アニメ「ONE PIECE(ワン ピース)」などのアニメやゲームの世界だ。特に仮面ライダーシリーズの敵怪人デザインを多数手掛けた韮沢靖氏は大きな目標の一人。怪人や恐竜、特撮のキャラクターなど、独自のデザインを粘土や絵を通して生み出していく。思いついた瞬間に制作に取りかかる。多い時は短時間で複数の作品を作ることもあるという。 展示について克希さんは「デザインを見てほしい。作品を見た人から『かっこいい』『すごい』と言われるとうれしい」とし、「詳しい人が来たらアドバイスもほしい」と話す。将来については「なるべく認知されて、作品と自分のことをみんなに知ってほしい」と語った。出会いが増えたことについて尋ねると、「言い方が思いつかないんですが」と考えを巡らせながら、「うれしい気持ちです」と言葉を選んだ。 会場では完成作品だけでなく、キャラクターのアイデアやデザインのメモがぎっしりと詰まったスケッチブックも公開される。主催者でギャラリーの山中周子さんは「想像から次の創造へというタイトルに込めた思いとして、たくさんの作品とともに、よっちゃんの想像力が詰まっている制作過程がわかるスケッチブックの膨大なメモも含めて見てほしい」と話す。(柴田大輔) ◆松橋克希個展「イマジネーション クリエイト 想像から創造へ」は、つくば市千現1丁目23-4マイコーポ二の宮101、ギャラリーネオ/センシュウで、3月6日(金)から22日(日)まで開催。開館は金・土・日曜。開館時間は金曜は午後3~7時、土日は午後1~5時。入場無料。問い合わせは、メール(info@neotsukuba.com)でギャラリーへ。

日本薬史学会の資料《くずかごの唄》155

【コラム・奥井登美子】うちの薬局の隅に、薬の歴史コーナーがある。薬研(やげん)、薬缶(やかん)、薬用の植物片などが置いてある。 やかんは、昔、薬をつくる時に使った道具なので、薬缶という。今、漢方薬はインスタントコーヒー並みに抽出液が粉末になっているが、昔、我々の祖先が医薬品として使用してきたのは熱い液体の抽出液である。 今の粉状の漢方薬も、お湯に溶かして匂いをかぎ、口の中で味わいながら飲むと、自分の身体に合うか合わないかがはっきり分かって、治療に役立つ。薬の歴史が面白いので、私は日本薬史学会に入っている。 義兄 誠一の遺稿集「いのち」 最近送られてきた学会誌に、前会長の森本和滋先生の論文が載っていた。論文の最後に、私が贈呈した奥井誠一の遺稿集「いのち」が役に立ったことが書かれていて、うれしかった。 45歳で皆に惜しまれながら病気で亡くなった義兄の誠一は、東京大学薬学部で、裁判化学の助教授だった。国鉄総裁の下山事件や森永砒素ミルク事件のほか、いろいろな事件の解明に関わった毒薬の大家である。 「霞ケ浦の水が水道水として使えるかどうか、聞かれて困っちゃった。霞ケ浦は広いから、取水の場所にもよるけれど、どこも水道水としてはぎりぎり。土浦港にアオコが発生しているが、アオコの毒性問題は、きちんと調査して発表した人がまだいないんだ」 当時、義兄とおしゃべりしながら、薬学と環境倫理学の視点を持ち、地球規模で考える難しさを私は知ったのだった。 難癖をつけられながら編集 「いのち」の本は、当時、近藤信行さん(中央公論社)の協力を得て出版されたもので、義兄の友人、知人、遺族ら76人の原稿が載っている。親戚の人たちにいろいろ難癖をつけられながら、私が編集を担当した。いつの間にか、その本が薬学の歴史的資料の一つになったのが、懐かしいだけでなく、私にとって意外な重みになってしまっている。(随筆家、薬剤師)

半世紀の集大成 光を描く水彩画家 中野瑞枝さん回顧展 つくば美術館

土浦市在住の水彩画家、中野瑞枝さんの回顧展が3日、つくば市吾妻の県つくば美術館で始まった。画家として歩んだ50年余りの集大成として、過去25年間に描いた作品を中心に180点余りを展示している。 北海道や東北の農村、ドイツやスイスの風景から、茨城県内の身近な自然まで。一貫して追い求めてきたのは光だ。「光はどこにでもある。光が全ての事物を美しく見せてくれる。なるべく身近なものを描いていきたい」と語る。 回顧展は、以前にも開催を考えたことがあったが、「まだ早い」と踏みとどまった。だが体の衰えと進行性の病気が重なり、「今やらないともうできない」と決断した。8日まで。 「白」に命を宿す 中野さんの描く光は、水彩紙の白そのものだ。「水彩画の白は、色を乗せない。周囲に塗り重ねた色が、白を浮かび上がらせる」という。描きたい光をあえて描かずに、周辺の影や背景を塗り重ねることでモチーフを際立たせる、透明水彩の技法「ネガティブペインティング」を駆使する。 「あの木を見てください」と中野さんが指差す絵には、斜めから射す陽光に輪郭が照らされる3本の白樺の木がある。幹の光る部分を紙のどこに置くか、描き始めたら動かすことはできない。「塗ったら白は終わり。どこに光を残すか、描き始める前に決めなければいけない。描いてしまったら、波も雲もピカッと光らない」。緊張感の中で、光に命を宿していく。 会場入り口正面に置かれた作品「帰り道」は、山形県西村山郡の岩根沢をモデルにした風景画だ。刈り取りを終えた田んぼに沿う小道が画面の奥へと緩やかに伸び、柔らかい穂をつけたススキが土手を覆う。夕日に染まる雲が一面を赤く包む。車移動を重ねながら「心に響く光」を求めて旅した北海道・東北の景色や、スイスやドイツで出合った風景も並ぶ。 一方で、暮らしに近い場所にある風景にも眼を向ける。豊かな緑に囲まれる湿地と森の奥にのぞく階段、広い敷地に咲き誇る桜の木々は、つくば市の自然公園「高崎自然の森」だ。「桜なんて、以前は描く気はなかった。でも教室を始めて生徒たちと行ってみると、やっぱりきれいで、この世界がやっぱりすごくきれいに見えるんです」と笑みを浮かべる。ほかにも、つくばみらい市の小貝川沿いにある「福岡堰」、牛久市岡見町の「上池親水公園せせらぎの里」など、地域住民に馴染み深い場所の絵が並ぶ。 けがが開いた絵への扉 東京 伊豆大島で生まれた中野さんは、幼少期から自然に親しみ、高校時代はアルピニストを夢見た。「リュックの中にいろんなものを詰めて、お弁当を入れればパッと山へ行けるようにしていた。明日学校で試験だと言っても山へ行っちゃう、そんな人間だった」。そんな高校時代にアキレス腱の断裂を経験、さらに治療中の感染症が重なり、登山を断念することになった。「山登りしたかった子がそうなったんだから、人生絶望状態でした」と振り返る。 大学卒業後、20代半ばに「元々関心があった」絵画を始めた。芸大を目指す高校生たちとともに美術学校で腕を磨き、「やり始めたらすごく面白かった。一度も描くのが嫌だと思ったことはない」。 わが子が幼い頃は、1年で1万枚を目指して毎日子どもを描いていた。1990年に初めて開いた展覧会を30年以上に渡り毎年開催し続けてきた。 「お裾分けできれば」 けがによって限られた選択肢の中で手にしたのが「絵を描くこと」だった。しかし、いつの間にか絵のない生活はありえないほどに人生そのものとなっていた。「絵を描くことで私はプレゼントをいっぱいもらった。絵そのものも頂き物、人との出会いもそう」 「(病により)1週間前にできたことが今日できないこともある。でも、そう生きている人は山ほどいる。老いや病は誰もが通る道。かわいそうだという見方はすごく嫌なこと。そこにフォーカスするより、私が絵を通して頂いてきたものをお裾分けできればいい。そんな思い」と静かに話す。 16年前、牛久市に転居したのを機に始めた絵画教室は、土浦に引越した現在も、つくば市内で月2回続けており、現在約10人の生徒が学ぶ。 「自分が培ってきた技術や、いろいろなものをできるだけ人に伝えていきたいと思うし、絵を通して人と関わることによって、与えたり与えられたりすればいいと思っている」と話し、「高校時代、足のけがで山に登れなくなったのは、今は本当に良かったと思っている。あのまま突き進んでいたら、雪山で命の保証はなかった。けがで命拾いをして、絵を描き始めた」。時間はかかったが、そう思えるようになったと微笑んだ。(柴田大輔) ◆「中野瑞枝水彩画回顧展」は、つくば市吾妻2-8 県つくば美術館で3月3日(火)~8日(日)まで開催。開館時間は午前9時30分~午後5時(入場は午後4時30分、最終日は午後3時まで)。入場無料。詳しくは県つくば美術館ホームページ内の展示会情報へ。