慣れ親しんだつくばの地図を、人間の活動をもとに人工知能を駆使して書き換える作品作りに、アーティストで筑波大大学院生の稲田和巳さん(26)が取り組んでいる。その作品展が20日からつくば市吾妻、つくば市民ギャラリーで始まった。作品は、スクリーンに投影される映像作品を含む3点。
「春日1丁目」から「研究学園6丁目」にかけて、地図上を青い線が何本も重なり合う。開発が進むつくばエクスプレス(TX)沿線上のつくば駅と研究学園駅を結ぶ「新都市中央通り」と重なる地域だ。青い線は、仮想空間を移動した人工知能の足跡で、線の濃さはそれが行き来した回数の多さを表している。稲田さんは、人工知能が移動した分だけ仮想空間上の地面が削られできた高低差を、まるで水流が侵食し生まれた「谷」のようなに地図上に等高線で描き出す。その結果、実際の地図とは異なる地形が現れる。その地図は人の活動を可視化したものになるのだという。
人工知能の行動のもとになるのが人間の活動だ。作品制作は「人間を演じてください」という唯一の指示を人工知能に出すことから始まる。次につくばの地図を読み込ませ、経緯度を打ち込み仮想空間上の現在地を指定する。その位置から現実世界で見えるであろう周囲の情報を入力すると、平均的な人間が選ぶ行き先を人工知能が選び取り、地図上の道を歩き出す。分岐に差し掛かると立ち止まるので、また周辺情報を入力して歩かせる。スタート地点を変えながら、何度も一連の作業を繰り返す。
「人工知能が出す回答は、様々な人間の考えを平均化したもの。その特性により、人間の典型的な振る舞いも表現できるのではと考えた」と稲田さんは話す。行き先の選択も、周囲の情報の中から最も一般的な人が選ぶであろう道順が選ばれるはず。その結果、人工知能が何度も行き来し仮想空間を侵食してできた高低差を伴う地形は、人間の平均的な活動を可視化したものになるという。
主観を排した世界を見たい
稲田さんが作品を通じて表現したいのは「主観を徹底的に排除したときに見える風景」だ。稲田さん自身、意見が異なる相手と向き合ったとき「自分が正しい」という自我から抜け出し相手の正しさを認める寛容さを持つことの難しさを感じるという。「自分が見ている世界から、それまでの経験などからくる『バイアス(先入観)』を取り除くことは難しい。コンピューターでプログラムを書くと、自分の思考がコンピューター内で肉体を離れて勝手に動きだし、圧倒的な客観性を得られるのではと考えた。
それを試すために色々な作品を作ってきた。コンピューターを使えば自分では見られない世界が見えるのでは」。「自分の肉体では絶対に得られない視点」への思いが作品作りにつながったと話す。過去にはX(旧ツイッター)のデータをリアルタイムで抜き出して、ネットの社会を可視化する作品を作ったこともある。
未来的だが老朽化 重層的構造を可視化へ
稲田さんが、地元の大阪からつくばに来たのは2017年。筑波大への進学がきっかけだ。小学生からプログラミングに親しみ、芸術と工学に興味を持っていた。筑波大進学は「どっちも取れる」のが動機だった。現在、同大情報学学位プログラム博士後期課程グラフィックスデザイン研究室に在籍する。
「つくばはサイエンスシティ、先進的、未来的というイメージだったが、住み始めると他の面に気づく。実際の研究学園都市は50年経って古くなり、大学も老朽化している。センター地区の中心部がスポッと抜けて研究学園地区に移り、新しく開発される地域がある。住んだことで解像度が上がった自分の感覚を実際の状況と確かめたい思いもあった」。
1970年代から開発された筑波研究学園都市、85年に科学万博が開かれ、2005年のTX開業とその後の活発な都市開発。稲田さんの作品は、つくばがたどった歴史的な経過が生み出す重層的な街の構造を、仮想空間に表現した「地形」で、人間の活動をもとに可視化したいという試みでもある。
「地域性の強い作品。普段見ている世界と違う世界が見えるというのが面白いと思っている。ぜひ、地元の方に見ていただきたい」と話す。
つくばに住んで8年が経つ。「つくばは便利で居心地がいいまち」だという。自然が好きで宝篋山によく行っている。(柴田大輔)
◆「稲田和巳 潮 重なり隣り合う世界」は24日(日)まで、つくば市吾妻2-7-5 中央公園レストハウス内 つくば市民ギャラリーで開催。開館時間は正午から午後5時まで。最終日は午後3時。入場無料。問い合わせはメールで。