日曜日, 1月 11, 2026
ホームつくば当事者学生はどう見るか【LGBT法、つくば市議アンケート】下

当事者学生はどう見るか【LGBT法、つくば市議アンケート】下

NEWSつくばがつくば市議に行ったLGBT理解増進法関連施策に関するアンケート調査の結果を当事者はどう見るのか。筑波大生の木原里沙さん、同大学院生の澤田彬良さん、黒原澪さん(活動名)に話を聞いた。木原さんは、自分を男女の枠では認識しない「ノンバイナリー」かつ、性的にひかれることに相手の性のあり方は関係ない「パンセクシュアル(全性愛者)」、澤田さんはゲイである。2人とも、大学内のサークルや所属組織で、LGBT当事者学生や友人が集まる居場所をつくっている。黒原さんもLGBT当事者だ。

ー全議員の回答を見た率直な感想は?

木原 SNSではLGBTに対するヘイトが広がっているけれど、今回、ほとんどの議員が新たな法整備や学校での取り組みが「必要」「どちらかといえば必要」と回答し、何人かの議員は、具体的な施策や取り組みまで書いていて、うれしい。

黒原 パートナーシップ制度と婚姻制度の差を埋める施策について書いている議員は、当事者の具体的な困難に寄り添おうとしてくれていると感じる。今回の調査に書いたことを全部やったら、つくば市が変わると思う。

澤田 川久保皆実議員が「理解増進法をもとに、取り組んでいく」と書いている。理解増進法を、何もできない言い訳にするのではなく、具体的な取り組みをするための根拠として使おうとしてくれている。

ー反対に残念な回答は?

木原 「専門家の意見を聞く」との意見があるけれど、現実に困っている当事者の声は聞こうとは思わないのかな。

澤田 専門家の中でも意見が異なるから、誰を専門家として呼ぶかに既に政治性が強く出ると思う。当事者からも意見を聞かないと、偏った意見になりかねない。

黒原 高校の探求学習の授業に参加したとき、毎回、ジェンダーをテーマに選ぶグループがいくつかあり、子どもたちは大人が思う以上に考えている。今の子どもたちの現状を捉えきれているのか疑問。特に、数人の議員が制服の選択制について触れているが、スカートかスラックスを制度的に選べるからいいのではなく、本来やるべきは、スカートを履きたい生徒が、何の葛藤もなく、自由に選べる状況をつくることだろう。

ー今回、10人の議員が無回答でした。

木原 無回答の人は、議員としての責任を果たしているのだろうか。

黒原 理解しようとしてくれている議員は、深い部分まで考えている一方、最初から回答しない議員がいるのは残念。今は地域によっても、市民や議員の意識に差があるが、国として理解を進める法律ができたので、今後、足並みはそろうと期待したい。

澤田 議員として市民の生活をよくするなら、つくばに住むLGBT当事者の市民のことも考えないといけないはず。「難しいから」と何も回答しないのは、LGBTを市民として見ていないのかと思い、悲しい。

無回答の議員は、ほとんど自民党だ。無回答の議員の中には、本当は個人の意見として書けることがあるのに、政党の方針だからと回答しない人もいるのではないか。どの党派にいても、人権は保障すべきもの。市議会は市民の生活に直接影響するのだから、政党としての意見ではなく、1人の議員として回答してほしい。

ー今回の意識調査は五頭泰誠議長のSNSへの投稿が契機になった。アンケート調査の中で五頭議長は「自分のSNSを読んでほしい」と書いている。五頭議長は昨年2月、自身のX(旧ツイッター)に「LGBTを声高に主張する人。胡散(うさん)臭い」と投稿し、数日後に削除した。5月には、ツイッター投稿に関する釈明文を自身のフェイスブックで公開。五頭議長が読んでほしいと書いたのは、そのフェイスブック上の投稿だと思われる。

黒原 大学院進学を機に引っ越してきたつくばで、様々な国の出身者が自分らしく暮らす様子を見て、今まで自分の何気ない発言で、無自覚に傷つけてしまった人もいるかもしれないと反省した。五頭議長は自分の見たいようにしかLGBTを見ておらず、もっと様々な視点を持ってほしい。

澤田 大学の授業や研究では、今まで自分が持ってきた思い込みを捨てて、新しい考え方を既存の考え方に融合する作業を日常的に行う。自分の主張を持つことは大切なことだが、その主張に検討の余地があるかもしれないと気づいたときは、自分と異なる意見も取り入れて、新しい考え方を自分の中でつくっていく覚悟を、市議の人たちにも持ってほしい。

「声高に主張する人」という表現

澤田 五頭議長は(Xで『胡散臭い』と言及したことに対する)釈明文の中で「『声高に主張する人』は、LGBTの皆さんを利用している人」としている。しかし、LGBT当事者の中にも、自分たちの権利を社会に強く訴える人もいれば、そうでない人もいる。議長は権利主張をしない当事者の存在は認めるけれど、権利主張をする当事者は認めない、としているように思える。実際、釈明文で、法整備に肯定的な当事者の声は執拗なまでに書かれていない。

またX投稿後、当事者から「あまり騒がないでほしい」などの声が寄せられたことを、議長は釈明文の中で、自分への支持として紹介している。しかし、LGBTに対する差別がまだ根強い社会の中で、自分の性を隠さないと生きていけない当事者もいる。LGBTが社会で注目されることで、自分の性が暴かれ、今の立場が脅かされると思っている当事者が「そっとしてほしい」と言っているのだとしたら、その意見は、つくば市が当事者にとって安全ではないことの裏返しであり、議長への支持ではない。

木原 「マイノリティーは声高に主張する」とよく言うけれど、マジョリティーは特に声を上げなくても、比較的安全に暮らせる。マイノリティーは声を上げないと、存在が可視化されないから、声が大きくなるのは当たり前。声高に主張しなければならない当事者の背景を想像してほしい。

性犯罪に結びつけられるトランスジェンダー

澤田 議長は、性自認を女性とする人が女性更衣室で性犯罪等を起こした海外の事件を参照し、法整備により女性や子どもまでが危険にさらされると主張するが、五頭議長も指摘するとおり、トランス女性にもいろいろな人がいる。具体的な海外の事例を挙げるなら、膨大にある事例のうち、どの事例を引用し、その事件の犯人が本当にトランス女性だったのか、トランス女性と偽って犯行に及んだのかまで明記してほしい。

木原 多くのトランス当事者は周囲の人を驚かせないかを気にしながら、トイレを使っている。その中で、疑われるような性別のトイレに堂々と入る当事者がそんなにいるのだろうか。

澤田 性犯罪はトランスジェンダーだけの問題ではなく、多数派とされるシスジェンダー、異性愛者を含む犯罪者の問題。トランスジェンダーの権利を保障しないことで、性犯罪がなくなるわけではない。トランスジェンダーと女性を対峙させるのではなく、トランスジェンダーの権利を保障するのと同時に、性犯罪の取り締まりを強化する議論が必要だろう。社会的な弱者同士を対立させ、どちらかの権利を奪うのではなく、どちらの権利も守るための議論をしてほしい。

黒原 これまでも、女性たちは性犯罪に悩まされてきて、声を上げてきた。その人たちの立場は忘れてはいけないと思う。

澤田 性犯罪はトランスジェンダーだけの問題ではないけれど、LGBTを含めた社会に生きる全ての人の問題だから、LGBT当事者も性犯罪の問題に無関心でいてはいけないと一方で思う。

LGBTを含めた全ての人が生きやすい社会とは

木原 五頭議長は意識調査の中で、「トイレなどは今のまままでよいかと」と回答しているが、トイレは毎日使うので、ストレスが蓄積される。私は男女の枠に当てはまらないノンバイナリーなので、多目的トイレを使う場合もあるが、多目的トイレしか使えない人の迷惑にならないか、心配になる。性別に関係なく使えるトイレが増えれば、生きやすくなる人も増えるし、その変化で悪影響を被る人はいないのでは。

黒原 公衆トイレ以外でも、仕組みを変えることで、当事者の負担を減らせることがあるはず。例えば、今はほとんどの公的書類に性別欄があるが、性別を聞かれることがしんどい人もいる。統計調査など性別の情報が必須の時以外は、性別表記をなくしても誰も困らないと思う。

ー五頭議長の投稿以外でも、現在、SNSではLGBTに対する批判的な発言が飛び交っている。どう感じる?

黒原 SNSでどんな情報が流れてくるかは、人によって変わる。私はSNSでLGBTに肯定的な投稿ばかりに反応するから、似たような投稿しか出てこない。反対に、批判的な投稿ばかり見る人は「みんな、LGBTを批判している」と思ってしまうだろう。

木原 議長の釈明文は、「LGBTを声高に主張する人は胡散臭い」ことを主張するために、X上のいろんな人の投稿をまとめたと感じる。議長の投稿が、攻撃的なことを発信する人たちの後ろ盾になってしまうのは怖い。

澤田 ここ数年、今までLGBTに興味のなかった人たちが、ニュースやSNSで批判的な情報やデマに触れることで、LGBTに批判的な発言をする学生が自分の周囲でも増えた。当事者学生として、大学を含む身近な社会が安全でなくなってきたと感じている。だからこそ、批判的な情報を流してきた人たちも、今度は当事者の生きづらさを解消するための議論をしてほしい。

(川端舞)

終わり

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

4 コメント

4 Comments
フィードバック
すべてのコメントを見る
スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho




spot_img

最近のコメント

最新記事

つくば、土浦で「二十歳のつどい」

12日の成人の日を前に、つくば、土浦両市で11日、「二十歳のつどい」がそれぞれ催され、20歳を迎えた若者たちの門出を祝った。 手荷物検査など今年も厳重警備 つくば つくば市の式典は同市竹園のつくばカピオで催された。出身中学校別に午前と午後の2部制で行われ、合わせて計1950人が出席した。 同市では2017年の成人式で逮捕者を出したのを契機に、翌18年から手荷物検査をはじめ多数の警備員や警察官が厳重警備を実施。会場近くの道路はバリケードを設置して通行止めにし、会場に隣接する大清水公園などを警備員や制服・私服警察官が巡回した。名前入りのぼり旗を掲げた10人前後の若者の一団が現れたが、市職員らの指示に従いのぼり旗を一時預かり所に預け、大きな混乱は見られなかった。 式典では、新成人代表の長谷川莉生さんが誓いの言葉を述べ「違いを受け入れ、互いの価値観を尊重しながら未来を描き築いていくこと、それが二十歳を迎えた私たちに求められる姿勢だと感じています」と話した。 五十嵐立青市長は、つくば育ちの宇宙飛行士、諏訪理さんが、宇宙飛行士の選抜試験に一度は落ちながらも苦難の末に夢を成就させたエピソードを語り「今日の日をきっかけに、皆さんが幸せな人生を歩み続けていくことを心から願っています」と式辞を述べた。 その後、出身中学校の恩師からのビデオメッセージが放映されると、参加者からは感嘆の声が上がった。 式典自体は約30分で終了、終了後は出身中学校ごとに係員が誘導して参加者を退場させた。参加した大学生の中崎遥香さんは「一つひとつの行動に責任を持っていきたい」と、20歳の抱負を述べた。 千葉ロッテ・木村投手がサプライズ 土浦 土浦市の式典は、同市東真鍋町のクラフトシビックホール土浦(市民会館)で開かれ、847人が出席した。 会場前の広場は、参加者らが滞留しないように入場規制が敷かれ、市職員や警察官らが酒類やのぼり旗の持ち込みを警戒した。時折のぼり旗を掲げた改造車が会場付近に数台現れたが、大きな混乱は見られなかった。 式典で安藤真理子市長は、新成人が中学・高校の頃はコロナ禍で、部活動や学校行事などが制限された件に触れ「これまでの難局を乗り越えてきた皆さんは、すでに壁を打ち破る力をもっているはず」「どうか自分の力と可能性を信じて、未来を築き上げていってください」とエールを送った。 出身中学校恩師からのビデオメッセージの後、同市出身で千葉ロッテマリーンズの木村優人投手から「20歳になり、自分も含め自覚と責任を持ち、子どもたちの模範となり、夢を与えられるように共に頑張っていきましょう」とのビデオメッセージがサプライズとして流された。その直後、場内にいる木村投手が紹介されると、場内から歓声が上がった。 代表謝辞で長田舜さんは、コロナ禍での辛い学校生活に触れ「困難な状況だからこそ、支えてくれる人がいることの大切さやありがたさに気づかせてくれました」と感謝の意を示し「今度は私たちがここ、土浦で受けた愛情をこれからの世代へ伝えていく事を約束します」と誓いの言葉を述べた。 参加した、両親がスリランカ出身で同市生まれの大学生、サケンタ・ペレラさんは「将来は科学の分野の仕事を目指している」と語った。専門学校に通う知久心愛さんは「将来は美容師になっていっぱい稼ぎたい」などと抱負を述べた。(崎山勝功)

「ロビンソン酒場漂流記」で考える学校の魅力《竹林亭日乗》36

【コラム・片岡英明】茨城県教育委員会は2025年7月、高校審議会に対し、中学卒業者数減が大きな課題として、27年以降の「人口減少をはじめとする様々な社会変化に対応した活力と魅力のある学校・学科の在り方について」を諮問した。この内容は18年の高校審と同じで、県が生徒減に伴う県立高の魅力を継続的なテーマにしていることが分かる。今回、私もこの課題を耕してみたい。 この諮問に対する答申案は25年12月の総会で了承されたが、残念ながら、構えは広いが議論が狭く、つくばエリアなど生徒が増えているエリアには目が向けられていない。答申では「活力と魅力ある学校・学科」という大項目に全16ページの3分の2が充てられ、それを3項目構成で記述している。 1項目「高等学校の適正配置・適正規模」、2項目「魅力ある学校・学科の在り方」は前回と同じ構成だったが、前回は「その他」だった3番目を「選ばれる県立高校であるための魅力訴求」とし、「県立高の広報充実と校名・学科名変更の検討」を提案した。 実際の高校受験はどうなのか? 県全体では定員と受験者数はほぼ見合う中、通学上の問題もあり、受験者の偏在と地元からの入学減によってかなりの高校で定員割れが起きている。これに対し、2つの対策で十分だろうか? 確かに、広報や校名の視点も必要だが、その前に大切な点があると思う。 「高校の魅力」を知らせる前に ルポ「ロビンソン酒場漂流記」(加藤ジャンプ著、新潮新書、2025年7月刊)で著者は、駅からも繁華街からも遠く、おおよそ商売向きとは思えない場所で、料理のうまさと大将のもてなしでしたたかに生き延びる酒場をロビンソン酒場と称し、訪ねている。この本を読みながら、県立高定員割れ解決のヒントになると感じた。 そこで、料理(教育)と大将(教師)のよさが光るロビンソン酒場を参考に、定員割れ高校が「ロビンソン高」になる魅力について考える。 では、魅力を広報する前に高校が行うべきことは何だろう。まず、自分たちの学校のよさを確認することだ。受験者減を地元の受験生の「もっと私たちが行きたい学校にして!」の声と捉え、そして各高校に「魅力ある〇〇高校委員会」を作り、皆が知恵を出し合い、学校のビジョンを明確にする。 そのビジョンを地域と共に生きる学校として発信する。具体的には、「学び・青春・進路」での充実した教育、教職員の個性豊かな指導をアピールする。ビジョンを定め、生徒と教師の手作りの学校説明会を行うと、ビジョンに共感する生徒が必ず入学する。そして、これらの生徒を大切にしてロビンソン高校をめざす。 地元生徒も入学するプラチナ高 入学した「こだわり派」の生徒・保護者は、必ず地域で自分の学校のよさを宣伝する。この最初のヒットが次の波を起こし、学校・教師の自信が深まる。魅力が地元に広がるにつれ、学校のイメージが改善、高校の魅力を求め入学する生徒が増える。すると、こだわり派を集めることから始めた遠くにあるロビンソン高校は、地元の生徒も多く入学する近くのプラチナ高校になる。(元高校教師、つくば市の小中学生の高校進学を考える会代表) ➡県高校審議会の過去記事はこちら(2025年8月27日付、12月21日付、12月25日付)

心に刻み付けたい言葉 2冊の本《ハチドリ暮らし》57

【コラム・山口京子】2026年の新年にあたって、心に刻み付けたい言葉に出会いました。「原発事故と農の復興」(小出裕章著、コモンズ、2013年)に出てくる言葉です。いま私たちに求められているのは、「エネルギーが足りないからエネルギーを供給する」ことではなく、「エネルギーを大量に必要としない社会を創る」ことだと。 エネルギー浪費型の工業社会から脱却し環境に見合った新しい形態の社会を創り出すこと、必要なのは農業の構造改革ではなく農業を疲弊させてきた工業優先の浪費社会を転換すること、自らの地で農産物を供給するような社会構造を生み出すこと―だと。 今日の世界には気の遠くなるような課題が山積みされており、私たち一人ひとりは、どんなに頑張ったところで、課題のごく一部分に自らを関わらせることができるに過ぎない。私たちに求められているのは、自らが真に求めている目標が何であり、自らが関わりきれない無数の運動とどのように連帯できるかを、常に問い直しながら運動を進めることである、と。 今後、放射能汚染から身を守るためには、汚染源そのものを廃絶させる以外に道はない。真に、放射能汚染から身を守る運動ができるならば、それは、農薬漬けの農業から脱却する道、食料を輸入に頼る社会から脱却する道だ、と。 食卓から地球を変える 小出さんがやりたいことは二つ。まず、原子力を選んだことに責任がなく、放射線感受性の高い子どもたちの被曝を減らすこと。そして、これまで破壊し続けてきた一次産業の崩壊を食い止めること。 この本には、有機農業を実践されている方々の声が多く掲載されています。食べることは生きることの基本、有限な地球で無限の欲望が成就されることはない、どのような未来を築きたいのかを構想することが必要―といった声です。 別の本「食卓から地球を変える あなたと未来をつなぐフードシステム」(ジェシカ・ファンゾ著、日本評論社、2022年)では、食卓がどう世界とつながっているか、世界のフードシステムがどうなっているのか―を「見える化」しています。暮らしの中に潜む深く重たい課題に気づかされます。(消費生活アドバイザー)

北条芸者ロマンの唄が聞こえる《映画探偵団》96

【コラム・冠木新市】今、1月25日に開催する詩劇コンサート「新春つくこい祭/北条芸者ロマンの唄が聞こえる」を準備中だ。これは2012年秋に上演した詩劇「北条芸者ロマン/筑波節を歌う女」を14年ぶりに再演するものである。 前回の講演と詩劇では、1930(昭和5)年に童謡詩人 野口雨情が筑波町から依頼されて作詞した「筑波小唄」が、完成40日後に二分されて「筑波節」が生まれた謎の解明を試みた(映画探偵団22)。今回、「筑波節」誕生95周年記念詩劇に取り組むうち、新たな謎に気付かされた。 「筑波小唄」を初披露したのは筑波芸者だったのに、SPレコードに吹き込んだのは東京のうぐいす芸者・藤本二三吉、「筑波節」を吹き込んだのは北条芸妓連だったことだ。 なぜ筑波芸者は吹き込みから外されたのか? なぜ北条芸妓連が選ばれたのか? 改めて気になった。資料は何も残されていない。このことには14年前に気付いてはいたが、それよりも当時は雨情が一つの詞を二つに分けたことの方に関心が向いてしまい、筑波芸者の存在をそれほど気にかけなかった。 淡島千景vs.山本富士子 泉鏡花 原作「日本橋」が1956年、大映で市川崑監督により映画化された。日本橋芸者・稲葉家のお孝(淡島千景)が医学士 葛木晋三(品川隆二)をめぐって、滝の家の清葉(山本富士子)と張り合う話だ。昔、名画座の赤茶けた画面で見たのだが、淡島千景の粋な芸者ぶりと山本富士子のさっぱりした姿にほれぼれし、以後、私の芸者映画の基準になった。 美人芸者同士の恋のさや当ては、見ていてスリリングであり、この作品を超える芸者映画にはなかなかぶつからない。後にきれいな画面のDVDを見て、2女優の美しさに酔いしれた。 「日本橋」を思い出したとき、レコード録音をめぐり、雨情を挟んで筑波芸者と北条芸者が争ったのではないかと想像した。すると、一つの詞を二つに分けたことよりも、芸者さんにとって、吹き込みの件は重大な出来事だったと思える。雨情は、そのことをどう考えていたのだろうか? 北条芸者に録音を取られた筑波芸者は何を感じたのか? 今回はそのあたりに少し踏み込んでみた。 土浦音頭と筑波節、どっちが先? これに関連して、もう一つの謎が浮かび上がってきた。それは1930(昭和5)年か33(昭和8)年に土浦で作られた横瀬夜雨 作詞、弘田竜太郎 作曲の「土浦音頭」である。こちらは、水郷芸者の君香がSPレコードに吹き込んだ(映画探偵団25)。 こちらも資料がないため想像するしかないのだが、もし昭和5年に制作されたならば、「筑波節」と同時期ということになる。では、どちらが先だったのか? 「筑波節」の動きに刺激され、「土浦音頭」が作られたのか? 先に「土浦音頭」が作られ、その後「筑波節」が企画されたのか? はっきりしているのは、筑波も土浦もこの唄を大切にしてこなかった事実だ。その証明として両方とも歌碑がない。雨情の場合、いくつも歌碑が残されている。雨情のふるさと磯原には、「磯原小唄」は三つ、「磯原節」は一つある。また、夜雨の歌碑も筑波山にはある。たかが歌碑と言ってしまえばそれまでだが、文化に対する民度を物語っているのではなかろうか。 今回のイベントでは、第1部は大川晴加さんらの「筑波節」録音をめぐる詩劇、第2部は筑波の唄を集めた小野田浩二さんのコンサート(中でも「筑波馬子唄」は幻の唄に近い)となっている。サイコドン ハ トコヤンサノセ。(脚本家)