つくば市栗原の古民家、郷悠司さん(30)宅(5月31日付)で、古民家の価値と利活用をアピールし、維持保存につなげようとする試みが始まっている。「下邑(しもむら)家住宅」と呼ばれ、江戸時代後期に建てられたとされる古民家が舞台だ。
ホテルがツーリズム企画
夏前、つくば駅前のホテル日航つくばから郷さん宅に打診が入った。同ホテルが進めるローカルツーリズム「つくたび」(2月2日付)が、市内のワイン醸造場やブドウ生産農園を訪ね歩く企画で、古民家にも注目した。9月に第1弾が開かれ、下邑家住宅は第2弾としてオファーを受けた。「つくばワインでテロワール(ブドウ畑の自然環境)を愉しむ特別体験」をテーマに今月21日、催しが開かれた。
「私の憧れだったワイナリーとのコラボが実現し、本当にうれしい。ホテル日航つくばも全く別世界の存在という印象でしたから、こんな機会をいただくことができ、家族全員喜んでいる」と郷さん。
郷さんによれば、今回のイベントは、同じ栗原地区でブドウ栽培とワイン醸造場を営むつくばヴィンヤード(Tsukuba vineyard、高橋学代表)=2020年10月16日付=と下邑家住宅を地域の観光資源として結び付けた。ブドウ畑では剪定(せんてい)作業体験、古民家ではワインの試飲会を実現させた。
ホテル日航つくばマーケティング部の林智一次長は企画の狙いについて「昨年スタートさせた『つくたび』では、ホテル内での食事やアミューズメントだけでなく、街に出て新しい発見をしてもらおうと考えた。当ホテルから比較的近い栗原の地を訪ねると歴史的文化や新しい農業などたくさんの魅力があったので、ブドウ栽培の体験と、古民家で食事を兼ねたワイン試飲会を提案した」と経緯を説明する。
今回は市内や近県から12人が応募し参加した。つくばヴィンヤードは市内で2番目のワイン醸造場だが、これまで一般人を招いた体験学習は行われていない。高橋代表も「何ごともまずやってみるもの」と今回のコラボを評価。「つくばのワインをアピールできる良い機会になる。今夏のような猛暑続きのシーズンは収穫を迅速に行わなければならないため、人手が不足するという経験をした。来シーズンも開いてもらえるなら収穫時期にお招きしたい。古民家でワインというのも面白い」と話す。
7代目が雄弁に物語る
古民家でワインという非日常的な体験を、参加者はどう感じたのか。千葉県から参加した高田浩さんは「ブドウの剪定も初めてのことだったが、かしこまらず、アウトドアにちょっと出掛けて何かを見つける、そういった楽しさを得られた。古民家を案内してくれた郷さんが若くして7代目ということで、居間に飾ってある代々の肖像画とも顔つきがよく似ていて、歴史があるという実感があった」と目を細める。
同じ千葉県から参加した赤間靖子さんは「初めは見ず知らずの人たちだったが、田舎の古い屋敷に親戚が集まったようで、すぐに打ち解けてくつろげた」と感想を述べた。
「つくたび」ののぼり旗を見掛け、そぞろ歩きをしていた人が庭に入ってきて屋敷を見学するという場面もあった。郷さんは「にぎわいを地域に広げてこその古民家利活用。まだそこまで実現していないが、マルシェやレンタルスペースのほか、今回のようなコラボ企画を続けて栗原の魅力を発信していきたい」と結んだ。ホテル日航つくばのつくたびは、来シーズンも栗原を訪れる予定だ。
2017年から「邑マルシェ」
郷さん宅は、江戸時代後期の農家・商家の母屋226平方メートルを中心に、長屋門や土蔵、米蔵が保存されている。母屋はかやぶき屋根だったものが瓦からスレートに置き換えられたが、たたずまいは風格をたたえる。
しかし家族内で、家屋の存続問題は重くのしかかっていたという。「父の考えで官民学一体の栗原活性化プロジェクトというアイデアも出たが、古民家の価値を役所や企業に理解していただくためには利活用の実績が必要。2017年に母が邑マルシェをスタートさせ、昨年10月から私と妹の瑞季が加わって邑マルシェのSNS発信を進めている」と郷さん。
レンタルスペースとして古民家(母屋)の有償提供も行っている。市北部では古民家を活用して「iriai tempo」(同市北条)や「旧小林邸ひととき」(同市筑波)がコワーキングスペースや宿泊機能を提供している事例を参考にした。するとウエディング撮影やコスプレ撮影の予約が次々と舞い込んだ。テレビ局の取材も入り、全国放送のテレビ番組で放映されたことも注目度の高まるきっかけとなった。
つくば市の農村部には、江戸時代後期からある家屋や土蔵が多く存在する。地域の貴重な財産といえる一方、古民家の所有者にとっては建物の維持継承は難題となっている。建物を保存するためにも、利活用を通して維持費や修繕費をいかにねん出するかが課題となっている。(鴨志田隆之)
続く