金曜日, 4月 4, 2025
ホームスポーツ土浦日大、専大松戸を破り8強入り

土浦日大、専大松戸を破り8強入り

甲子園で開催中の第105回全国高校野球選手権は16日、3回戦の第4試合で県代表の土浦日大が登場。10-6の逆転勝ちで仙台松戸(千葉)との「常磐線ダービー」を制し、ベスト8に進出した。土浦市小松ケ丘の土浦日大高校ではパブリックビューイング(PV)が催され、スクリーンに映る白球の行方に生徒ら約120人が一喜一憂した。

県大会決勝や甲子園1回戦などに続き、またも土浦日大の集中打が逆転勝利を引き寄せた。6点を先行された3回、1番からの好打順を迎え、まずは中本佳吾、太刀川幸輝、後藤陽人の3連打で無死満塁。4番・香取蒼太の左前打で1点を返し、5番・松田陽斗の打球は敵失を誘い2者生還。6番・鈴木大和の打球はセカンドへの内野安打だが、ボールが野手のグラブをはじき、ファウルグラウンドにこぼれたのを見て、2人目の走者松田も本塁へ突入。一挙5点を挙げ、1点差へ詰め寄った。

4回には中本が四球を選び、後藤が内野安打で2死一・二塁。ここで投手交代があり、2人目の梅澤翔大から香取が左前適時打を放ち、6-6の同点とした。

そして5回。先頭の鈴木が左前打、8番・大井駿一郎が死球、9番・藤本士生が左前打で1死満塁。2死後、太刀川の死球で押し出しの1点を加え、ついに逆転に成功。後藤の左前適時打で2点を追加、9-6と3点差をつける。

8回には鈴木と7番 塚原歩生真の連続安打に大井の四球で2死満塁、藤本の中前適時打でさらに1点を加えた。

投手陣は専大松戸打線の選球眼の良さや、機動力を生かした攻撃を受け後手に回り、先発の小森勇凛は0回2/3、2人目の伊藤彩斗は2回0/3と早々とマウンドを去ったが、3人目の藤本が3回途中から9回までを5安打無失点に抑える活躍。エースの貫禄を見せた。

気持ちが一つに

PVで観戦した土浦日大の中島駿介さん(3年)は藤本のクラスメート。「教室にいるときの穏やかな姿とは違って、迫力あるピッチングが見られた。ここまで来たら優勝してほしい。たくさんの人が応援しているので、その気持ちを背負って頑張ってほしい」と話した。

東海林一輝さん(2年)は「こういう機会はなかなかない。野球部と気持ちが一つになって応援に力が入った。先に失点してみんな気持ちが沈んだが、ヒットをつないで5点を取ってくれたところがすごかった。次の試合も頑張ってほしい」と期待を込めた。

台風の影響で新幹線が動かず、甲子園へ行くのを断念してPVに来たという堀田恵美子さん(54)と雪斗さん(3年)親子は「現地で応援できず残念だが、こういう場所で応援できたのも良かった。勝ってくれたので次は甲子園へ行って応援できる」と、楽しみが増えた様子だ。

次の準々決勝は19日、第2試合で八戸学院光星と対戦する。(池田充雄)

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

10 コメント

コメントをメールに通知
次のコメントを通知:
guest
最近NEWSつくばのコメント欄が荒れていると指摘を受けます。NEWSつくばはプライバシーポリシーで基準を明示した上で、誹謗中傷によって個人の名誉を侵害したり、営業を妨害したり、差別を助長する投稿を削除して参りました。
今回、削除機能をより強化するため、誹謗中傷等を繰り返した投稿者に対しては、NEWSつくばにコメントを投稿できないようにします。さらにコメント欄が荒れるのを防ぐため、1つの記事に投稿できる回数を1人3回までに制限します。ご協力をお願いします。

NEWSつくばは誹謗中傷等を防ぐためコメント投稿を1記事当たり3回までに制限して参りましたが、2月1日から新たに「認定コメンテーター」制度を創設し、登録者を募集します。認定コメンテーターには氏名と顔写真を表示してコメントしていただき、投稿の回数制限は設けません。希望者は氏名、住所を記載し、顔写真を添付の上、info@newstsukuba.jp宛て登録をお願いします。

10 Comments
フィードバック
すべてのコメントを見る
スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho




spot_img

最近のコメント

最新記事

家族行事のおはなし《ことばのおはなし》80

【コラム・山口絹記】久しぶりに家族でいちご狩りに行った。我が家ではこの10年、いちご狩りはほぼ毎年の家族行事のようなものになっているのだが、昨年は私がバタバタして行けなかったのだ(知らないうちに私抜きで行った可能性はある)。 つくばに暮らすようになって最初の数年は、いちご狩りができるところをいろいろと巡っていたのだが、ある時からふとしたご縁で同じ農場に通うようになった。毎年同じところを家族で訪れる、同じことをする、というのは、案外悪くないものである。 この10年ほどを思い返してみると、張り切って遠方に旅行したりするよりも、ただなんとなく毎年やっていることの方が記憶に根付いていたりすることに気が付いた。別に記憶に留めておきたくてやっているわけではないのだが、結果的にそうなった、という感じなのだ。 娘のおひな様を出したり片付けたりするのを忘れる程度の人間なので、あまり偉そうなことは言えないのだが、本来の家族行事もそういった意味もあるのかもしれない。 ただなんとなくいちご狩りに いちごでおなかがいっぱいになってしまったので、妻と一緒にベンチに腰掛けた。また寒い日が続いているが、温室の中は暖かくて居心地がよい。油断すると満腹なのも手伝って気を失いそうになる。 息子はいちご狩りに飽きたのか、ヘタを入れる紙コップと食べかけのいちごを私に手渡すと、有り余る体力を消耗するためだけに駆けだす。それを追って娘も、いちごの間を駆けていく。息子の食べかけのいちごを食べながら、駆け回るこどもたちをぼんやり眺めていた。来年もまた、ただなんとなくいちご狩りに来られたらいいと思う。(言語研究者)

児童、生徒の増加に対応 新 桜給食センターが開所 つくば

10日から6600食を提供 つくば市天久保に桜学校給食センターが開所し、3日、同センターで開所式が開かれた。つくば市では近年の児童・生徒数の増加と、既存施設の老朽化に対応するため新しい学校給食センターの設置が急がれていた。 2020年3月に閉鎖された旧・桜学校給食センターの跡地に新設された。建物は、鉄骨造2階建、建築面積3350平方メートル、延べ床面積3948平方メートル、総工費は約37億円、従業員は約70人。4月10日から市内の幼稚園4園、小学校9校、中学校3校へ約6600食の給食提供が始まる。同センターではアレルギーに対応した給食を含む、1日あたり最大で7000食の調理が可能だ。 環境に配慮した持続可能な給食センターを目指すとし、施設内での排熱利用や発電システムを設置した。都市ガスを使って発電するガスコージェネレーションシステムでは、発電した電気を施設内の照明等に使用し、発電時に発生した熱はお湯などの熱源に利用する。排熱の回収量は年間約3万600キロワットアワー、発電量は年間6万7200キロワットアワーとなる計画で、停電時の電力としても利用される。屋上には太陽熱給油システム用の発電パネル36枚を設置し、食器洗浄用に使われるお湯に必要な熱量の90%をつくり出す。学校から戻ってきた残飯は粉砕し水切りし、3分の1から5分の1程度に減量して、調理過程で出る野菜くずとともに生ごみ処理機で分解される。建物2階には、1階の作業を見学できる見学室や展示スペースが用意され、食育にも力を注ぐという。 式典のあいさつで五十嵐立青市長は「次の世代に胸を張れる施設をつくろうと取り組んできた。この場所からつくばの新しい給食の形が始まると思っている」と話し、森田充教育長は「給食の時間は友情を深める大切な時間。給食は生きた教材、学びができる時間でもある。工夫をしたセンターを知ることも大事ですし、地元から調達される食材もあるので、食材についても学んでほしい。生産者との交流も学校を通じてしてほしい。食を通じて子供たちの豊かな感性、しっかりした心身が育っていけたら」と述べた。 4月から桜学校給食センターの運営を受託した東洋食品(東京都台東区)の荻久保瑞穂専務は「市内の人口増加、学校新設に伴い新設されたセンターへの市民の皆さんの期待の大きさを感じている。これまで58年間、食中毒ゼロでやってきた私たちの経験をもとに、子どもたちに毎日の給食を楽しみにしてもらえるよう、地元の食材を使用したものなどいろいろな献立に対応していきたい。気持ちを込めて調理した給食をしっかり食べてもらい、心も体も健やかに成長してもらえたら」と語った。 つくば市では、筑波学校給食センター(つくば市神郡)が開所から20年、茎崎学校給食センター(同市小茎)が40年以上経過し施設が老朽化するなどしている。市内では2014年につくばすこやか給食センター豊里(同市高野)、20年にはつくばほがらか給食センター谷田部(同市藤本)が、それぞれ開所した。茎崎学校給食センターは今年3月で閉鎖し、4月からは新しく開所した桜学校給食センターを含む4施設で学校給食を提供する。つくば市の給食提供の総数は1日あたり約2万6000食。4つの給食センターで最大約3万食を提供できる。(柴田大輔)

さよなら牛乳瓶《くずかごの唄》148

【コラム・奥井登美子】配達の牛乳屋さんから、「牛乳瓶が無くなって、ポリ瓶になります」という通知。森永乳業系は昨年から、明治乳業系は4月から瓶が消える。牛乳瓶を手でなでながら、なぜか涙が出てしまった。 東京の新富町で生まれて育った私の父は、近所にあった芥川龍之介の実家の牛乳屋へ、毎日、瓶の牛乳を買いに行ったという。近藤信行さんが山梨文学館の館長のとき、芥川龍之介展に誘われて行ってみたら、龍之介の小学生時代の手書きポスターに「牛乳を飲みましょう」というのがあって、皆で大笑いした。 102年前の関東大震災で家が焼け、我が家は新富町から郊外の荻窪に引っ越した。当時の荻窪は、震災で焼け出された人達にとって、とてもよい住宅地だった。 子供好きの父は、慶應の学生時代から近所の子供たちを集め、絵本を読んだり、水泳をしたりしていたらしい。母は震災の中、芝公園で兄を出産し、震災ノイローゼ。母の実家も焼け、6人の弟(斎藤茂吉の家に書生として入りアララギ派に貢献した小暮政次も弟の1人)たちを残して母親が亡くなり、精神的にも不安定で、なかなか子供が出来なかったらしい。 10年目に私が生まれてホッとしたらしく、次に妹、次に弟(加藤尚武元京都大学教授=環境倫理学)と、立て続けに出産している。私は1歳のとき、ジフテリアにかかって緊急入院。命は何とか取り留めたものの、ジフテリアの後遺症で喉が弱く、痛くて何も食べられないとき、父が作った牛乳ごはん(堅く炊いたご飯に牛乳を入れたおかゆ)が唯一の食べ物だった。 牛乳ごはんが私の常食 荻窪の家の隣にはノラクロ漫画の田河水泡氏のアトリエがあったが、父は、同じ荻窪区域内で、私を助けてくれた小児科勤務医の飯島先生の隣に引っ越してしまった。 夜中、私が40度近くの熱を出すと、父は私を抱いてタクシーを呼ぶ。飯島先生も乗って新宿の淀橋病院に行く。2~3日入院して、熱が下がったら帰る。その繰り返しだった。家に帰って来てからも喉が痛く、牛乳ごはんが私の常食だった。 土浦に嫁いで来て、私を救ってくれた飯島先生が牛久の飯島家出身ということを知り、びっくりした。龍之介の実家以来、牛乳瓶は私の食のシンボルだったのである。(随筆家、薬剤師)

29年春に「まち開き」 研究学園駅南の大規模開発 大和ハウス工業

6月の本格着工前に安全祈願 大和ハウス工業(本社・大阪市)は、つくばエクスプレス(TX)研究学園駅の南側隣接地(つくば市学園南2丁目)で進めている大規模複合開発「つくば学園南プロジェクト」の本格着工を前に2日、総面積15.5ヘクタールの用地内で安全祈願祭を行った。本格工事は6月から始まり、2029年春に「まち開き」を予定している。 同用地は日本自動車研究所(JARI)が保有していたが、23年12月、大和ハウスが142億円で取得した。同社によると、総戸数602戸の分譲マンションのほか、中高一貫校「茗渓学園」や学習塾「思学舎グループ」などの教育施設、スーパーマーケット「カスミ」などの商業施設、研究機関などの事業施設が入る。開発費は総額650億円。 全用地の3割は茗渓学園 研究学園駅から徒歩9分の場所に建つ分譲マンションは地上15階建て。6月に着工し、27年7月完成の予定。間取りは2LDK~4LDKから成り、ワーキングルーム、パーティーラウンジ、筑波山が望める屋上デッキなどの共用エリアを設ける。 開発の目玉は、旧東京教育大や筑波大学のOB組織「茗渓会」が経営する茗渓学園(つくば市稲荷前)が移転してくること。大和ハウスは同学園誘致のために、全敷地の28%に相当する4.3ヘクタールを確保した。同学園は帰国子女や留学生が多く、国際色が強いのが特徴。26年夏から新校舎建設に入り、学園創立50周年に当たる29年の春に新校舎に移る。 中央に3000平米の広場 安全祈願の神事が終わった後、五十嵐立青つくば市長の祝辞のほか、大和ハウスの村田誉之副社長、八友明彦茨城支店長、茗渓学園の宮崎淳校長・理事から説明があった。五十嵐市長は「市内の駅前に、このようにまとまった土地は残されていない。しかも、15.5ヘクタールと広く、人気がある研究学園駅から徒歩圏。この開発は駅南だけでなく、市全体のまちづくりにつながる」と、歓迎した。 大和ハウス側は「この規模の複合施設開発は当社でも最大規模。弊社、つくば市、筑波大学の産官学で開発し、29年春にオープンしたい」(村田副社長)、「商業施設と茗渓学園の間に3000平方メートルの広場を設ける。市民が集う場所として利用してもらいたい」(八友茨城支店長)などと述べた。 宮崎校長は「私学の良否を決めるのは、クオリティ(学校の質)、コスト(授業の経費)、アクセス(通学の利便性)の3つだが、新学園は駅から徒歩5分のところに位置し、アクセスは申し分ない。移転情報がすでに広く伝わり、これまで1500人で推移してきた学生数が最近では1600人に増えた。これを機に寄宿舎の収容力を増やし、1室2人から個室にする。学内の設備も大学並みに整える」と、意欲を見せた。(坂本栄)