木曜日, 6月 18, 2026
ホームコラム博物館の歴史論争拒否、土浦市法務が助言 《吾妻カガミ》159

博物館の歴史論争拒否、土浦市法務が助言 《吾妻カガミ》159

【コラム・坂本栄】今回は158「土浦市立博物館が郷土史論争を拒絶!」(5月29日掲載)の続きになります。市立博物館と本堂清氏の郷土史論争。博物館の論争拒否に対し、本堂氏は「(博物館がそう出るなら同施設を管轄する)市教育長に検討申請書を提出する」と反発しており、エスカレートしそうな雲行きです。

また取材の過程で、本堂氏を門前払いするようアドバイスしたのが市の法務部署であったと聞き、土浦市の博物館マネジメントにも唖然(あぜん)としました。論争を挑む本堂氏をクレーマー(苦情を言う人)並みに扱うよう指導したわけですから。

郷土史をめぐる主な論争は3

私は中世史に疎いこともあり、市立博物館(糸賀茂男館長)の学芸員にこの論争の要点を整理してもらいました。

いつから山の荘と呼ばれたか

▼本堂氏:『新編常陸国史』(国学者中山信名=1787~1836=が著した常陸国の総合史誌)の記述からも明らかなように、「山の荘」(土浦市北部の筑波山系地域)の名称は古代からあったのに、博物館は同歴史書の記述を無視して同名称を古代史から抹消した。

▼博物館:『新編常陸国史』では「山の荘」が古代にさかのぼる名称とは述べられていない。「山の荘」の名称が史料に初出するのは『常陸国富有人注文』(室町時代の文書)であり、古い時代からの名称であることを裏付ける史料はない。

山の荘は方穂荘の一部なのか

▼本堂氏:博物館は「山の荘」の地が「方穂荘(かたほのしょう)」(つくば市の北部を流れる桜川の南側を中心とした地域)に含まれていたと解釈しており、「山の荘」の名称を歴史上から抹消した。

▼博物館:「方穂荘」が桜川の北側地域(旧新治村など)を包むと解釈するのは妥当であり、『承鎮法親王附属状』(鎌倉時代の文書)の記載でも、「山の荘」にある東城寺の周辺は「方穂荘」と呼ばれていた。

東城寺があった場所はどこか

▼本堂氏:博物館は「東盛寺」が桜川の南側を中心部とする方穂荘にあったと解釈しているが、方穂荘の中心部にあった「東盛寺」は山の荘の「東城寺」とは別の寺である。

▼博物館:近年発見された史料から、中世の文書に見られる「東盛寺」が「東城寺」を指すのは間違いない。「東城寺」は歴史上1カ所だったと考えている。

学術を市民につなぐ使命を放棄?

論争で注目されるのは、本堂氏が口伝(くでん=言い伝え)や『新編常陸国史』を使って自説を展開しているのに対し、博物館はより古い文書を多用していることです。また博物館は、故網野善彦氏(中世史の権威、元名古屋大教授)の史観や学説に多くを依拠しています。

こういった論争を踏まえ、博物館は1月30日付の回答書で「…『口伝』をもってしては、第三者がこれを再検証することは困難です。口碑伝説、口頭伝承は、歴史研究にとって大切な資料のひとつですが、資料としての取り扱いは難しく、それを根拠にすることについては、博物館は慎重に考えています」と述べています。

中世史学者の糸賀館長(プロ)と郷土史研究者の本堂氏(セミプロ)ではレベルが違うということでしょうか。口伝も含め多様な説を集め、それらを公開しながら議論し、市民に郷土史への関心を持ってもらう―これが市立博物館のミッション(使命)のはずです。それなのに学術研究の城郭のように運営するのはいかがなものでしょうか。

学術を市民につなぐのが仕事の博物館が市民の参加を拒むことは、その使命の放棄ではないでしょうか。郷土史に関する見方が2つあっても何も困らないし、むしろその方が楽しいのではないでしょうか。(経済ジャーナリスト)

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

54 コメント

54 Comments
フィードバック
すべてのコメントを見る
スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho




spot_img

最近のコメント

最新記事

かすみがうら市、土浦市に合併協議・検討の場設置を要請

土浦市長「内容を精査し検討」 土浦市との合併に向けた協議・検討の場の設置を求める決議が16日、かすみがうら市議会で全会一致で可決されたのを受けて(6月11日付)、かすみがうら市の宮嶋謙市長と来栖丈治市議会議長が17日、土浦市役所を訪れ、土浦市の安藤真理子市長と勝田達也市議会議長にそれぞれ、合併協議・検討の場の設置を求める要請書と要望書を手渡した。 宮嶋市長の要請書は「土浦市との合併は長年の悲願で(2003年の)任意合併協議会が、議論の入り口である合併方式をめぐって対立し、協議が途絶えてしまったことは大変残念」だとし、両市は「単に行政境界が接しているばかりでなく、歴史的にも生活圏域でも一体的で、これまでの経緯を踏まえるなら市議会の要望書は、市全体の要望」だとした上で、「現在政治に携わっている者は、若い世代や新しく生まれてくる命に重い責任を負っている」「(両市が)抱えるまちづくりなどの共通の行政課題の解決に向けては合併協議が極めて有効な解決の処方箋」で「将来的には県南の50万人の中核拠点都市の実現を目標とし、2市合併に向けた協議・検討の場を設置」するよう要請している。 来栖市議会議長の要望書は「急激な少子高齢化を伴った人口減少が社会経済や行政運営に及ぼす影響が懸念される」とした上で、両市は「神立駅西口の土地区画整理事業などを共に推進してきたほか、通勤・通学、買い物、医療など住民の生活圏域も一体化が進んでいる」とし、さらに「つくばエクスプレスの県内延伸では、(両市は)延伸構想を実現し、整備効果を県内全域に波及させていく上で鍵となる重要な地域」で、「厳しい財政状況下にあって将来を展望した時、今この時期を逃さず、共通する行政課題や一体的なまちづくりを検討することが不可欠で、合併協議・検討を抜きに語ることはできない」などとしている。 要望書を受け取った後、記者団の取材に応じた土浦市の安藤市長は、今後の対応や進行について「内容を精査し検討したい」を述べ、その上で「広域連携は今後も進めていきたい。将来的には合併が必要になるかも知れないが、両市民の生活に影響を与える大きなテーマであり、大事なのは市民生活を低下させないこと」だなどと語った。市議会の勝田議長は「明日議会があるので、議会運営委員会に諮問し、検討したい」とした。 一方、かすみがうら市の宮嶋市長は、要請書としたことについて「要望書から要請書に変えたのは、一方的なものから協力関係にあるものにしたいと思いから」だとし「規模からいっても土浦市に編入という形になると思うが、これがスタートであり、つくば市まで含めた広域的なものになっていくのが良いのではないか」と語った。 昨年10月時点の国勢調査人口速報によると、かすみがうら市の人口は3万8413人で減少傾向が続く。一方土浦市は14万1588人で微減となっているが、かすみがうら市の3.7倍の人口規模がある。面積は、かすみがうら市が約156平方キロメートル、土浦市が約123平方キロメートルで、かすみがうら市の方が1.27倍広い。(榎田智司)

野菜の地産地消《ご飯は世界を救う》73

【コラム・川浪せつ子】今回は飲食店ではなく、野菜販売のお話です。1日の野菜摂取量は、緑黄色野菜120グラム+淡色野菜230グラムで、合計350グラムといわれています。多いかな?とも思いますが、茨城県は農業大国。つくば市は、研究学園都市ですが、農業都市といってもいいほど、JAの直売所などが多いところです。 私が都内から茨城県に移って来たとき、初めてニンジンの葉っぱを見て、感動したことを覚えています。それまでは野菜の全容を知らずに食していました。 直売所は、朝採りの新鮮さ、お手頃価格だけではありません。直売所によって、置いてあるものの種類が違います。スーパーでは見かけない野菜にも、出合うことがあります。驚いたのが「そうめんカボチャ」。見た目は普通のやや細長いカボチャですが、皮をむいてゆでると、そうめん!になっちゃっています。 また、形の不ぞろいな野菜は、土がついたままひと山=ワンコイン。出合ったときは、どうやって食べようかと楽しみです。お花やお米、それらに関連した加工食品も。今、道の駅が人気ですが、もう一つ、身近な感じのお店がJAなどの直売店ですね。 週1回の青空市 今、私の大のお気に入りは、週1回開かれる青空市です。始まってから40年以上になるそうです。開始時間前には行列! 並ぶのは嫌いなのですが、この場所だけは「今日は何があるかな?」と楽しみです。そこでは、農家の方々とのコミュニケーションと、列をつくるお客さんと野菜料理の話もできます。 最近、農家の方からのレシピは「新玉ねぎのレンチン」。新玉ネギを縦に切り、バター、だし醤油をかけて、ラップして電子レンジでチン。仕上げにカツオ節を。直売所は、地域の台所だけではなく、交流の場。そして、血液サラサラ。また、野菜から季節感を感じることができ、大好きな場所です。(イラストレーター)

砲丸投 森下大地選手が日本選手権2連覇 関彰商事で祝勝会

筑波大出身 関彰商事(本社 筑西市・つくば市)のアスリート社員で男子砲丸投の森下大地選手(31)が、6月12~14日、パロマ瑞穂スタジアム(愛知県名古屋市)で開催された「第110回日本陸上競技選手権大会」で昨年に続き優勝し、2連覇を達成した。16日、所属する関彰商事つくば本社で祝勝会と報告会が催され、社員らが健闘を称えた。 森下選手は、自己記録を2センチ更新する18メートル69を投げ、日本歴代4位となる記録をつくった。祝勝会で森下選手は「昨年は優勝したが記録があまり良くなかった。今回は自己記録を出すことができて、満足するものとなった。この競技のピークは30歳から35歳。今週末は韓国オープンに日本代表として出場する。19メートル台、さらには日本新記録を目指して頑張っていきたい」と抱負を語った。日本選手権はアジア大会の予選も兼ねていたが、アジア大会に名を連ねることはできなかった。 森下選手は兵庫県出身、中学生で砲丸上げを始めた。神戸市の進学校、私立滝川高校(神戸市)から筑波大学に進学した。大学では、同じ兵庫県出身で、砲丸投げで実績のある大山圭悟・同大陸上競技部部長の指導を受け、記録を伸ばしてきた。一時期、拠点を出身地の兵庫県に移したが、今季からつくばに戻り、大山部長の指導を受けながら競技を続けている。関彰商事には今年4月に入社、広報部広報課に所属している。 16日の祝勝会と報告会は、つくば市二の宮、関彰商事つくば本社で催され、森下選手のほか、同じアスリート社員で男子100メートルの東田旺洋選手、先本貴一朗選手、女子やり投の兵藤秋穂選手、弓道の菊地凜選手も参加した。同社スポーツアドバイザーでサッカー男子日本代表(U-23)の大岩剛監督も同席、会場には関正樹社長ほか社員約100人が集まった。それぞれのあいさつのほか、同社の部活動の野球、サッカー、弓道の紹介も行われた。 関彰商事の関社長は「当社は様々な部門がある。それぞれが頑張ることも大事だが、交流することに価値があると思う」と述べ、「アスリートの活躍について、当社に所属してから記録が伸びているという話を聞く。職場環境の問題からもうれしい」と付け加えた。(榎田智司)

マリリン・モンロ一は生きている《映画探偵団》101

【コラム・冠木新市】つくば駅のバス停留所ベンチから見上げるセンタービルの景色が好きだ。正確にはホテル日航つくばだが、ここにはマリリン・モンロ一が生きている。設計者の磯崎新は、モンロ一の身体をかたどったモンロ一定規を作り、このビルにモンロ一の身体の曲線(モンロ一カ一ブ)を組み込んだ。だからセンタービルは、マリリン・モンロ一の象徴ともいえる。 モンロ一が好きな人は、センタービルが好きだと思う。だが、ここで問題がある。映画の金髪で少しおバカさんのキャラクタ一が好きか?女優モンロ一の生き方が好きか?で分かれると思う。私はどちらも好きなのだが、映画のキャラクタ一が嫌いな人は、センタービルは苦手なのではなかろうか。 今年6月1日、モンロ一は生誕100周年を迎えた。1月に「北条芸者ロマンの唄が聞こえる」を公演したあと、モンロ一のイベントを予定していたが、急きょサンフランシスコ講和条約75周年記念の詩劇コンサート「憎しみは愛によって止む」が飛び込んで来て、企画を延期することにした。 私がモンロ一を評価するのは、演技は別にして、原水爆を嫌悪した女優だからだ。また、同じ役どころしか与えない映画会社に抵抗して、モンロ一プロダクションを作り、独自に映画製作に乗り出したことだ。「モンロ一は戦う芸術家」なのである。 1954年、新婚旅行で来日した際、広島で原爆ドームから原爆記念館、原爆傷害調査委員会を訪れ、何度もため息をついたという。米国が落とした原爆の現実を知り、反対の思いを抱いたと思われる。 M・モンローの「バス停留所」 モンロ一プロダクションの第1作は「バス停留所」(1956)だ。クラブ歌手シェリーが酒場で唄う場面があるが、ヘタクソなのだ。いや、ヘタに唄っているのだ。ヘタクソに唄うことがどれほど難しいことか。モンロ一の演技力に驚かされる。 また、作品中に自分の人生を暗示してもいる。シェリーは同僚に1枚の地図を見せる。そこには赤い一本の線が引かれ、生まれた場所から、ハリウッドまで一直線で結ばれている。シェリーはハリウッドの女優を目指していた。しかし、ラストではその路線を拒否し、牧童の妻になる道を選ぶ。 もう一つ語っておこう。「バス停留所」は、山田洋次監督の「男はつらいよ」シリーズに強く影響を与えている。第1作で、おいちゃん(森川信)が寅さん(渥美清)にげんこつを加える場面が出てくる。これの元ネタと思える場面が「バス停留所」にある。さらに、寅さんと恋仲になるクラブ歌手リリー(浅丘ルリ子)の元ネタは「バス停留所」のシェリーではないのか。 磯崎新と山田洋次は東大同級生 となると、日本的なものは排除して造られたセンタービルには、寅さんの影がほのめく。磯崎新と山田洋次は東大で同級生だった。センタービルのモンロ一と寅さんはオーバーラップしている。 渥美清は浅草六区の小屋出身の芸人。浅草六区の礎を作った根岸浜吉は旧筑波町の小田出身。筑波と浅草は歴史的に縁がある。つくばエクスプレスで浅草と結ばれている。35年近くセンタービル付近を観察していると、つくばは浅草化して庶民的な雰囲気になってきているように感じてならない。 つくば駅バス停留所で待ち合わせしていて、そんな妄想が次々と湧いてきた。これから、「世界のつくばセンタービル物語/マリリン・モンロ一は生きている」(仮)の打ち合わせがある。サイコドン ハ トコヤンサノセ。(脚本家) <映画とお話:つくばセンタービルについて>・日時:6月27日(土)午後1時〜3時、参加費無料・場所:つくばカピオ小会議室2・主催:一般社団法人スマイルアップ推進委員会・次回作のスタッフ・キャスト募集中