【コラム・斉藤裕之】年の瀬を感じるものは人それぞれ。クリスマス、大掃除、忘年会…。しかし私にとっては餅つき。今どきは十分においしい餅がスーパーで売っているし、わざわざ餅をつくこともなかろう。否、私の中ではその年を締めくくる大事な伝統行事。特に、昨年生まれた孫が物心つく頃までは是非とも続けていきたい私遺産。
それに、3年前に新調した餅つきの道具一式を、コロナのせいでこのまま使わず仕舞(しまい)にするのはどうにも癪(しゃく)だった。それから迎えるは兎(うさぎ)の年といえば、やはり餅つきだろう。そしてやっぱり杵(きね)つきの餅はおいしいし、餅はみんなを笑顔にする。
だから、3年ぶりに餅つきをすることは前から決めていた。しかし餅は1人ではつけない。餅つきは家族、友人との共同作業だ。
穏やかな晴天の下、総勢20人。朝から火を入れておいた竈(かまど)に乗せた蒸籠(せいろ)から湯気が立ってきたら、いよいよ餅つきの始まりだ。まずは杵で捏(こ)ねる。餅つきとは言うが、この捏ねる作業がほとんどで、つくのは最後の仕上げ程度。実はこの地味に見える捏ねの作業が体力を奪う。
やっと杵を振り下ろす頃には、想像以上に体力を消耗している。特に昔のケヤキの杵はすこぶる重い。そして時間とともに、杵を打ち下ろすよりも、臼から持ち上げるのが大変になってくる。加えて粘り始めた餅が杵に着くと、一層重く感じる。昔は4升餅をひとりでつき上げると、1人前の男として認められたとか。
しかし、そこはあまり無理がないように、大中小のサイズの中から体力に合った杵を選べるようにして、何人かでつくようにする。かくいう私は、大工仕事と薪(まき)割りで右手の肘を痛めているので、もち米を蒸しあげて臼に投入する係に徹するが、これはこれでシビアな役だ。
ワイワイガヤガヤ、丸めたり伸したり、汁やあんこを絡めて腹を満たしながら、餅はつき上がっていく。今年も色々あったけど、終わりよければ全てよし。昼までに30キロのもち米を無事につき上げた。
「…イリコの絵を描く、餅を焼く…」
ところで、年末にB5のリングノートを買った。B5でなくてはならないし、リングノートでなくてはいけない。もう20冊近くになるこのノートだが、その日にあったことや食事のことなどを記してある。絵や文章の下書きや日曜大工の寸法図、新聞の切り抜きなども貼る。
特に見返すこともない厚さ1センチほどのノート。ちょうど1年前、2022年1月1日から使い始めたノートが、計ったように大晦日(みそか)に最後のページを迎えたのだ。
明けて正月。古の遺跡よろしく南東に向いたアトリエの扉からは、元旦の朝に昇った陽が部屋を横切って、反対側の壁にまぶしいほどの光を放つ。薪ストーブに置いた餅の表面がパクっと割れて膨らんだ。口に含むと、ほのかに臼と杵のケヤキのサステーナボーな風味がする。
「2023年1月1日(晴れ)3時に起きる、イリコの絵を描く、餅を焼く…」。その日の終わりに、新しいノートの1ページ目に書き込んだ。(画家)