水曜日, 1月 14, 2026
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災害の少ない茨城にも暗雲? 《ひょうたんの眼》55

【コラム・高橋恵一】茨城県は、自然災害の少ない、生活しやすい地域です。火山も無く、台風や異常な豪雨も少ない。県南部は地震多発地帯ですが、震源地が深くて、地表面では新幹線の車内程度の震度にしかなりません。

ところで、先のG7で岸田首相は、日本の防衛力を抜本的に強化すると宣言し、続いて安倍元首相が防衛費をGDPの2%にするよう指示しました。議論の積み上げもないまま、たった2人の発言で、日本の安全保障政策の大転換と赤字財政の超拡大が決められようとしているのです。理由は日本周辺に軍事上の危険が差し迫っているとして、日本の敵基地攻撃能力をはじめ、防衛能力を強化するためです。

敵基地攻撃能力とは、敵のミサイル攻撃を防ぐには、発射されてからでは遅いので、敵が発射に着手したら攻撃するというのです。西部劇映画のジョンウェインのように、相手が銃に手を掛けてから、早業で相手を撃ち殺すというのです。

実際には、日本が敵の発射着手を感知してから日本のミサイルを発射したとしても、敵基地の破壊には間に合わないのではないのでしょうか? 先制攻撃をしない限り、防げないことになります。しかも、「敵」にしてみれば、自分が発射しないうちに、日本が攻撃するわけですから、「敵」も敵基地攻撃能力を有し、使用する権利を行使できる理屈になります。

今回の、防衛力整備構想では、南西諸島の与那国、石垣、宮古の各島に自衛隊基地を整備し、反撃ミサイルを発射できるようになり、「敵」からの攻撃目標にもなります。自然災害の少ない茨城県にも、首都防衛の百里基地や、我が国最重要の防衛装備品(武器)の補給処があります。当然、有事に臨んで「敵」の攻撃目標になります。

5年後には第3位の軍事費大国に

ところで、国の公にする政策や予算において、特定国を「敵」と指名してよいのでしょうか? 賢い外交政策とは思えません。軍拡へのプロパガンダでしょう。

計画の実効性や経費の妥当性など、国民に、十分な説明も無いままに、5年間で43兆円とする計画を政府決定し、大幅な防衛費の増額を含む来年度予算114兆円余が閣議決定されました。財源の32%は国債です。今までの日本の政治では、政府の当初予算案が国会審議で変更になることは無いから、このまま議決されるでしょう。

5年後には、世界で第3位の「軍事費大国」が、実現することになります。OECDの最下位レベル、30位前後の生活水準の日本なのに。戦後の日本は、日本国憲法の下、平和国家としての外交で国際社会に臨み、防衛費を極力抑えながら経済成長をして、世界の信頼も獲得してきました。

500年ほど前、茨城県の鹿島に、塚原卜伝という最強の剣豪がいました。卜伝は、跡継ぎを選ぶとき、屋敷の出口に待ち伏せをさせて、防ぎ方を試し、戦って打ち負かした者ではなく、危険を避けて別の出口を通った者を選びました。当初から戦わなければ、負けることも、被害を受けることも無いということです。

日本は、本来の平和外交を駆使して、我が国だけでなく、世界の安定平和に全力を尽くすべきです。危機をあおる動きの背後に、内外の軍事産業の動きが大きくなっていることの危惧を感じつつ。(地図好きの土浦人)

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