金曜日, 1月 16, 2026
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つくば駅前「トナリエ」の今 日本エスコンの庄司さん【キーパーソン】

つくばエクスプレス(TX)つくば駅前の一角、西武百貨店跡と周辺の商業施設を再開発した日本エスコン(東京本社・港区虎ノ門、東証プライム上場)。商業施設(トナリエクレオ1~3階、トナリエモグ、トナリエキュート)、オフィス(クレオ4~6階)、マンション(クレオ西隣接地)の現状はどうなっているのか? 再開発を統括する同社首都圏商業開発事業部の庄司元康マネージャーに聞いた。

マンション前にカフェレストラン

販売開始から短期間で完売したクレオ隣りの分譲マンション(18階、218室)は、11月下旬から入居が始まった。それに合わせ、12月16日、マンションのメーンエントランス(ペデストリアンデッキから駅直結)手前に、カフェレストラン「Cafe Apartment (カフェアパートメント)TSUKUBA」がオープンする。「先日、プレオープン時に利用したが、つくばにはない雰囲気と味を楽しめる」。年末年始には、マンションの新住民とトナリエに買物に来る人でにぎわいそうだ。

16日にオープンするカフェレストラン

日本エスコンは中部電力の連結子会社で、分譲マンションや商業施設などの開発を行う不動産の総合デベロッパー。

「不動産開発を通じそこに住む人たちの生活を豊かにする―というコンセプトを持ち、全国でまちづくりをしている。『トナリエ』という商業施設の総称は、いつもあなたの暮らしの『となりへ』という意味。つくばの場合、駅があり、住む人がいて、買物する人がいて、働く場所もあるところ。この区画を一体開発して、まちづくりに参加できることに魅力を感じた」

空室少し残るも着実に駅前再生

ところが、コロナ禍もあり、食品スーパーなどが入るクレオ1階は満床となっているが、家電量販店などが入るクレオ2階、インテリア雑貨店などが入るクレオ3階は、いずれもまだ1~2区画が空いており、入居を検討しているテナントがある。また、クリニック、教室、中華料理店などが入るモグ、書店、アウトドア店、飲食店などが入るキュートは、コロナ禍でも好調で、クレオ同様、入居検討中のところがあるという。

コロナ禍の影響が大きかったのはオフィス。大手損保会社などが入るクレオ4階は満床に近く、5階、6階は少し空室があるものの、500~1000坪(約1650~3300平方メートル)単位で入居を検討している会社があるという。「コロナ前は、家賃が高い東京からつくばに移る動きが何件かあった。コロナ禍でその動きは鈍くなったが、つくばに魅力を感じている企業は多い。元々、百貨店のフロアだったため、1フロア最大約1300坪(約4300平方メートル)の貸床は希少。クレオの強みだ」

日本エスコンが筑波都市整備(つくば市竹園)からクレオ+モグ+キュートを取得したのは2018年~19年。クレオ改修が終わり、1階に食品スーパーなどが入店、新装オープンしたのが21年5月。「商業施設の運営は終わることのない旅だ。西武の閉鎖で一度消えたクレオの灯を昨年、再びともした。コロナは収まりつつあり、商業施設とオフィスの空きを順次埋めていく」

つくば市内にもっと投資する?

駅周辺以外にも、市内に投資する計画があるかどうか聞いたところ、「今はないが、良いチャンスがあれば積極的に検討していきたい」と前向きな答えが返ってきた。

【しょうじ・もとやす】1987年、横浜国立大工学部土木学科卒。ダイエーなどを経て、2015年から、日本エスコン開発事業本部首都圏商業開発事業部マネージャー。商業施設の企画・開発・建設から運営までを各地で手掛ける。つくば駅前再生では、開発スタート段階から携わる。1964年、横浜市生まれ、同市在住。

【インタビュー後記】つくば市のセンター地区、筑波メディカルセンター病院から国際会議場区画の地下には水道管や電力ケーブルを通す共同溝が整備されている。この区画の建物に蒸気や冷気を送るための地域暖冷房も敷設される。人工都市研究学園らしい設備だが、知っている人は少ない。この設備も、都市整備から中部電力系の会社に運営が移管された。つくばでは中電グループの存在感が強くなっている。(経済ジャーナリスト・坂本栄)

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江戸時代後期につくばで活躍した発明家、飯塚伊賀七(いいづか・いがしち)が建てた「五角堂」のかやぶき屋根を修理する材料にしようと、ススキが自生する近隣の原っぱで12日、カヤ刈りイベントが開催され、地元の親子連れなど小学生から70代まで約70人が、刈り取ったススキを集めて束にするなどの作業を体験した。 伊賀七は当時の谷田部新町村の名主で、からくりの和時計、測量器具、地図、農業機械の自動脱穀機などを発明した。五角堂は伊賀七の生家に建てられた。何のために建てたのか分かってないが、床面が正五角形と当時は建築が難しく、独自の構造で建てられている。1958年に県指定史跡になり、89年に解体修理されたが、かやぶき屋根の傷みがひどくなり、五角堂を管理する同市が昨年、屋根の一部を修理した。残りの部分を、今回刈り取ったススキで修理する予定だ。 カヤ刈りイベントは、石岡市を拠点にかやぶき屋根の保存活動に取り組む市民団体「やさと茅葺き屋根保存会」(萩原寿盈会長)とつくば市教育委員会が共催した。場所はつくばエクスプレス(TX)みどりの駅近くの市立みどりの義務教育学校に隣接する未利用の原っぱの一部約200平方メートルで、市民ボランティアを募って実施した。 学校脇の原っぱにススキが茂っていることを知った市内に住む同保存会事務局の仲村健さん(44)が同校と市教委などに働き掛け、昨年、同保存会が同所でカヤ刈りを実施し、石岡市内のかやぶき屋根を修理する材料にした。その後、地元に住む谷田部地区活性化協議会の牧野秀宣会長(70)から「地元のカヤで五角堂を屋根を修理してはどうか」と提案があり、イベント開催に至ったという。 12日は午前中に同保存会が仮払い機でススキを刈り、午後に親子連れ約70人が刈り取られたススキを拾い集めて、ひもで縛り、束にした。2時間ほどの作業で121束が出来上がった。 刈り取ったカヤは、同保存会の会員が自宅の風通しのよい場所で保存する。さらにワークショップを開催し、屋根で作業しやすいようカヤの長さをそろえて束にする「かやごしらえ」を実施する予定だ。 母親と参加した近くに住む小学3年の戸田結斗さんは「学校でちらしをもらって参加した。カヤの束を積み上げた上に座って楽しかった」と話し、家族で参加した近くの会社員、藤尾友彦さん(42)は「毎日犬の散歩で通るところなので、普段できない経験をしたいと参加した」と語り、長女で小学3年の晴香さんは「ススキを束ねてぎゅっと結ぶのが難しかった」と話していた。 同保存会の仲村さんは「カヤ刈りを通して身近な歴史や文化を知り、それが現在や未来につながるものだということを感じてもらえたらうれしい」と話し、同活性化協議会の牧野会長は「地元のものを地元の材料で修理すると、親しみができる。小学生も参加し、自分たちが取り組んだもので修理できれば地元の歴史にもっと親しみがわくと思う。すごくありがたいし、子供たちがいっぱい参加してくれてよかった」と語っていた。 市文化財課によると、刈り取ったカヤは同保存会に約1年間保存してもらい、2027年度に五角堂の残りのかやぶき屋根の修理を実施する予定という。(鈴木宏子)