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「土浦の花火」~未来へ~《見上げてごらん!》8

【コラム・小泉裕司】天気、風力、風向き良好。佐藤亨・土浦市産業経済部長が参拝した日本で唯一の「気象神社」の御利益なのか(10月16日掲載)、近来まれにみる好条件に恵まれた第91回土浦全国花火競技大会は、「無事」終了した。今回の「無事」は、Safe(安全)に加えて、No problem(問題なし)、All good(すべてよし)、Complete(完璧)、Success(達成)と英訳したいほど、見事な大会だった。

とりわけ、18都道県から出品された89作品すべての打上げが完了し、コロナ禍を含め4年間途絶えていた歴代入賞者一覧に、新たに業者名が追記されたことがうれしいし、未来につなぐ第1歩を刻むにふさわしい大会になったと思う。

出品作品については、全般的に斬新性や話題性というよりも、今年1年の集大成的な作品が多かったように思う。むしろ、そうした秀作・力作の数々が土浦の夜空に集結し、披露されたことそのものが、贅沢(ぜいたく)の極みなのだ。

山崎煙火製造所製作の10号玉レプリカ(筆者所有)

部門別では、10号玉の部における茨城県勢の安定した完成度が際立った。特に、優勝した山﨑煙火製造所の作品「昇曲付五重芯銀点滅(のぼりきょくつき いつえしんぎんてんめつ)」は、色のコントラストもさることながら、5つの芯と一番外側の輪を加えた6層の同心円が見事に真円を描いた。聞けば30代の花火師の手によるとのこと。

コンダクター役の山﨑智弘社長は「昨年から、競技大会は若手で作り上げようと取り掛かった。諸先輩から継承した技術を若手がどこまでできるのか試してみたかった」と、「攻め」を強調した。「この業界は次の世代にどう伝承させていくかがとても重要」と続けた。

期せずして、最近の若手花火師の活躍に触れた佐々木繁治前大曲商工会議所会頭の言葉が重なる。「若手は勝手には育たない。素晴らしい実績を残した先輩がいて、初めて若手が育つ」。まさに言い得て妙。

創造花火の部では、女性花火師の感性豊かな作品が高評価を得た。特に、私のお気に入りの花火師、芳賀火工の石村佳恵さん(5月14日掲載)の作品「アマビエに願いを込めて☆」が準優勝。表彰式の集合写真では、最前列に安藤真理子土浦市長と横並びに着座。この土浦で石村さんの笑顔を拝見できたことが、とてもうれしい。

3年後は「土浦の花火100年」

山﨑社長は「コロナ禍、たくさんの方々の支えがあり、大曲や土浦で多くの方に応援をいただき感謝の気持ちでいっぱい。来年は挑戦者として謙虚な気持ちで挑みたい」と、てらいのない言葉で結んだ。主催側の大会実行委員会本部長を兼ねる佐藤部長も山﨑社長と同様、「成功体験を大切にしながら、慢心することなく、反省すべきは検証し、未来につなげたい」と、緊褌一番(きんこんいちばん)の決意を語った。

煙火業者や実行委員会の面々のこれまでの様々な努力や苦労は、部外者には計り知れないものがあったと思う。あらためて、「無事」の開催を成し遂げた皆さんに、慰労と祝福の拍手を送りたい。そして、過去に懲りずに、再訪いただいた観客の皆さんには、心からの感謝の念を伝えたい。「これからも、よろしくお願いします」と。

一方、競技部門ごとのあり方や、スタッフの入れ替えに伴う運営の不慣れなど、確かに気になる点もあった。「土浦の花火100年」に向けて、次回以降、本稿でも再確認してみたい。

これも3年ぶり。翌日早朝の清掃活動は、いまだかつてないぐらい、観客の行儀の良さを実感しながら、拍子抜けするほどの短時間で終了。大会から10日が過ぎて、安全対策の看板類も撤去され、桜川沿いの自宅周辺は、晩秋の静寂な情景を取り戻した。本日はこの辺で「打ち止めー」。「ドン ドーン!」。(花火鑑賞士、元土浦市副市長)

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