日曜日, 3月 26, 2023
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故郷に錦を飾れずとも… 《続・平熱日記》120

【コラム・斉藤裕之】9月の終わり。朝6時過ぎに家を出た私は、東京駅の新幹線改札の前で立ちすくんでいた。駅員のマイクロフォンは「静岡で大雨のために午前中は全て運休」と連呼している。「ひかり」も見えず、「のぞみ」も絶たれた。どうする? 窓口で手続きをする大行列を見て決めた。踵(きびす)を返して常磐線で帰宅を選択。手には妻の骨壺(つぼ)の入った大きな手提げ袋があった。

次の日の同時刻。新幹線は穏やかな陽光の中、東京駅を出発。昼過ぎには海に一番近いと言われる新幹線の駅、徳山駅(山口県)に着いた。軽トラで迎えに来た弟と、そのまま粭(すくも)島へ。今回の目的は妻をお墓に納めること。それからもう一つは、コロナ禍で延期になったままの「ホーランエー食堂」での作品の展示だ。

出迎えてくれたのはタコ店主さん。早速、作品を並べてみる。軽トラの荷台には、弟があらかじめ採寸しておいた2間ほどの垂木(たるき)など。それを店内の柱の間に渡して小さな作品を引っ掛ける。それから、窓際や入口のちょっとしたスペースにも並べてみる。2階にも作品を置きたかったのだけれども、光の具合で断念。窓から見える鼓ヶ浦(つづみがうら)の風景に座を譲ることにした。

日ごろは鉄工所で働きながら、生まれ育ったこの島で週2日そばを打つタコ店主さん。古い民家を買い取って、自らの手でこの食堂を再生してきた。その心意気と人柄が店の細部に宿っている。その雰囲気を邪魔することなく作品を置く。適当に箱詰めして送った海や島の絵。それから花や鳥など。美術館やギャラリーではなく食堂に置かれた絵。

故郷を出て40数年。錦を飾ることはできなかったが、小さな絵を飾ることができた。結局、案内のはがきも作らずじまいで始まった「平熱日記展 in 粭島」だったのだが、搬入の様子をSNSにアップすると、早速地元のフォロワーの方がシェアしてくれた。高校を卒業してから同窓会などにも全く出たこともないので、誰に知らせるわけでもない私にとってはありがたいことだ。

苔むした美しい墓

粭島には幼いころから父に連れられて訪れた思い出がある。島の少し手前の海岸では毎年春の大潮の日にアサリを掘った。また磯ではアイナメがよく釣れた。気付かないほどの短い橋でつながっている島に渡ると、左手に岩場があった。そこにできた潮だまりに潜って、イソギンチャクやウニ、小魚と飽きることなく遊んだ。

その磯も今ではテトラポットの護岸になっている。島を後にする車窓から見える海辺は、茶色く生き物の気配がしない。この辺りの海岸も、「磯焼け」という現象から免れていないようだ。

次の日。妻の遺骨を弟の家の近くの墓に納めた。ちょうどそのとき、曇り空からほんの一瞬日が差したのを覚えている。脇には清水が流れカワラナデシコが自生する、苔(こけ)むした美しい墓。茨城からは相当離れた場所になってしまったが、「そこにあるのはただの骨」という義妹の言葉で、少し踏ん切りがついた。

帰りの新幹線に乗ったときは土砂降りだったが、東に進むにつれ、青空になって富士山がよく見えた。(画家)

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