日曜日, 12月 4, 2022
ホーム コラム 故郷に錦を飾れずとも… 《続・平熱日記》120

故郷に錦を飾れずとも… 《続・平熱日記》120

【コラム・斉藤裕之】9月の終わり。朝6時過ぎに家を出た私は、東京駅の新幹線改札の前で立ちすくんでいた。駅員のマイクロフォンは「静岡で大雨のために午前中は全て運休」と連呼している。「ひかり」も見えず、「のぞみ」も絶たれた。どうする? 窓口で手続きをする大行列を見て決めた。踵(きびす)を返して常磐線で帰宅を選択。手には妻の骨壺(つぼ)の入った大きな手提げ袋があった。

次の日の同時刻。新幹線は穏やかな陽光の中、東京駅を出発。昼過ぎには海に一番近いと言われる新幹線の駅、徳山駅(山口県)に着いた。軽トラで迎えに来た弟と、そのまま粭(すくも)島へ。今回の目的は妻をお墓に納めること。それからもう一つは、コロナ禍で延期になったままの「ホーランエー食堂」での作品の展示だ。

出迎えてくれたのはタコ店主さん。早速、作品を並べてみる。軽トラの荷台には、弟があらかじめ採寸しておいた2間ほどの垂木(たるき)など。それを店内の柱の間に渡して小さな作品を引っ掛ける。それから、窓際や入口のちょっとしたスペースにも並べてみる。2階にも作品を置きたかったのだけれども、光の具合で断念。窓から見える鼓ヶ浦(つづみがうら)の風景に座を譲ることにした。

日ごろは鉄工所で働きながら、生まれ育ったこの島で週2日そばを打つタコ店主さん。古い民家を買い取って、自らの手でこの食堂を再生してきた。その心意気と人柄が店の細部に宿っている。その雰囲気を邪魔することなく作品を置く。適当に箱詰めして送った海や島の絵。それから花や鳥など。美術館やギャラリーではなく食堂に置かれた絵。

故郷を出て40数年。錦を飾ることはできなかったが、小さな絵を飾ることができた。結局、案内のはがきも作らずじまいで始まった「平熱日記展 in 粭島」だったのだが、搬入の様子をSNSにアップすると、早速地元のフォロワーの方がシェアしてくれた。高校を卒業してから同窓会などにも全く出たこともないので、誰に知らせるわけでもない私にとってはありがたいことだ。

苔むした美しい墓

粭島には幼いころから父に連れられて訪れた思い出がある。島の少し手前の海岸では毎年春の大潮の日にアサリを掘った。また磯ではアイナメがよく釣れた。気付かないほどの短い橋でつながっている島に渡ると、左手に岩場があった。そこにできた潮だまりに潜って、イソギンチャクやウニ、小魚と飽きることなく遊んだ。

その磯も今ではテトラポットの護岸になっている。島を後にする車窓から見える海辺は、茶色く生き物の気配がしない。この辺りの海岸も、「磯焼け」という現象から免れていないようだ。

次の日。妻の遺骨を弟の家の近くの墓に納めた。ちょうどそのとき、曇り空からほんの一瞬日が差したのを覚えている。脇には清水が流れカワラナデシコが自生する、苔(こけ)むした美しい墓。茨城からは相当離れた場所になってしまったが、「そこにあるのはただの骨」という義妹の言葉で、少し踏ん切りがついた。

帰りの新幹線に乗ったときは土砂降りだったが、東に進むにつれ、青空になって富士山がよく見えた。(画家)

1コメント

誹謗中傷するコメントはNEWSつくば編集局が削除します。

1 Comment
フィードバック
すべてのコメントを見る
スポンサー

注目の記事

最近のコメント

最新記事

台湾の地方選 与党・民進党の大敗《雑記録》42

【コラム・瀧田薫】11月26日、台湾で4年に一度の統一地方選が行われ、台北市長など多くの首長選で野党・国民党が勝利した。蔡英文総統が率いる与党・民進党は大敗し、蔡氏は直ちに党主席(党首)を辞任したが、総統の任期(2024年5月)は全うする旨表明した。 蔡氏は選挙戦を通じて、地域振興策とともに「抗中保台」(中国に抵抗し台湾を守る)政策を掲げ、それを争点化して選挙戦を勝ち抜こうとしたが、選挙は対中融和路線を標榜(ひょうぼう)する野党・国民党の大勝に終わった。これを受けて、中国政府は「平和と安定を求める民意の表れ」と国民党の勝利を歓迎するコメントを発表した。しかし、この選挙結果を見て、台湾の有権者の多くが中国との融和を望んでいると判断すれば、実態を見誤る。 台湾の選挙事情は独特で、国の基本政策(外交方針など)を争点にするのは総統選挙、国民生活の身近な問題(物価、景気など)は地方選の争点といった具合に、国民の意識の中で分けられている。さらに、地方選の場合、地域事情や候補者の地縁・血縁が選挙結果に大きく影響することもあって、対中方針といった国政上のテーマは争点になりにくいのである。 実際、今回の選挙で野党が大勝した理由は、与党の国内政策(コロナ、経済、社会保障など)批判が国民一般から支持されたことにあったわけで、野党の親中路線が国民一般の支持を得たわけではない。民進党としては、選挙結果をうけて、まず内政重視の姿勢を取らざるを得ず、野党・国民党としても与党の国内政策に攻撃を集中する方が党勢拡大のための最適解と考えるだろう。 つまり、対中国政策で与野党が正面切って火花を散らすのは次期総統選が事実上始まる来年夏頃からになると予想される。これまで対中国で強硬路線を続けてきた蔡政権は、当面、内政重視の姿勢を国民向けに見せることになるが、他方、欧米、日本などとの連携(対中国)方針について大きく変えることはないだろう。 次期総統選の行方に注目

ウクライナの動物支援 愛護団体呼びかけ つくばでチャリティーライブ

戦禍のウクライナの動物を支援する「クリスマス・チャリティー・ジャズライブ」が18日、つくば市春日の積水ハウスつくば支店で開かれる。演奏は、松戸市在住のジャズピアニスト、竜野みち子さんとベース、ドラムのトリオで、クリスマスソングや誰もが知っているジャズの名曲などが披露される。 竜野さんは主に東京、横浜を中心に演奏活動をしているが、カリブ海のハイチやカナダのモントリオールジャズフェスティバルへの参加など、国外での演奏も経験している実力派だ。 ライブを主催するのは、つくば市を拠点に保護猫の譲渡活動やTNR(捕獲し、不妊・去勢手術を行い、元に戻す)活動を行っている動物愛護団体「Team.(チーム)ホーリーキャット」(2019年7月17日付)。 ロシアによる2月の軍事侵攻以降、ウクライナでは国民はもちろん、多くの動物が窮地に立たされている。国外脱出を余儀なくされた住民たちはペットをなんとか一緒に連れ出そうとしたが、多くの動物が残されているという。 代表の重松聖子さん(74)は東日本大震災が起きた2011年の10月、福島第一原発に近い警戒区域で置き去りにされた猫の救出作業を行った。ウクライナの惨状に、避難指示が出されて住む人のいない家で猫たちのむくろを見たことが思い出された。またウクライナの首都にあるキーウ動物園の餌がないという報道にも心を痛めた。 竜野さんは震災以降、被災地で動物たちの命をつなぐ活動を続けているグループを音楽活動を通して支援している。4年前、自宅近くの神社に住み着いた野良猫たちが地域猫として暮らせるよう、ホーリーキャットにTNR活動を依頼したことで、重松さんたちメンバーと親交を深めた。この出会いがつくばでのチャリティーライブ開催に結びついた。

頑張ろうとすると嫌なことが起こる 《続・気軽にSOS》122

【コラム・浅井和幸】あることがきっかけで、部屋に引きこもるようになった。このままではだめだと思い、がんばって外に出るようにした。あるとき、コンビニで買い物をしていたら、店員に嫌な目つきでにらまれた。もう外には出たくない。 頑張って仕事を始めたら、嫌な客にクレームをつけられた。一念発起してサイクリングを始めたら、自転車がパンクした。バイトを始めたら、体調を崩した。がんばって本を読もうとしたら、道路工事が始まった。 これらは実際に相談に来られた方が話してくれた事柄です。そして共通に言います。「自分は何かを頑張って始めようとすると、必ず邪魔なことが起こる。頑張ると嫌なことが起こるのはどうしてなのか。もうこんな人生嫌だ」 何か行動を起こしても起こさなくても、起こる嫌なこともあります。例えば、道路工事の開始はそれに当たるかもしれません。しかし、ほとんどのことは「頑張るから起こる嫌なこと」なのです。 この場合、「頑張る」とは、行動範囲を広げること、何かに挑戦することです。行動範囲が広がれば、その分、うれしいことも嫌なことも起こる可能性が高くなります。そもそも、頑張れば嫌なことがなくなると思うのが現実的ではないのです。 似たようなことで、能力が上がれば上がるほど、分からないことが増えていくという現象も起こります。能力が低いときは、自分が分からないことが分かっていません。しかし能力が上がり、世界が広がると、知識が増えるのと同時に、自分が知らないこと、分からないことが、より多く実感できるようになります。

初の無投票当選で3現職 県議選土浦市区

任期満了に伴う県議選は2日告示され、土浦市区(定数3)は午後5時までに現職3人以外に立候補の届け出がなく、3人の当選が無投票で確定した。同市区の無投票当選は初めて。 当選が確定したのは▽公明現職で党県本部幹事長の八島功男(66)▽自民現職で歯科医師の高橋直子(38)▽自民現職で県議会議長の伊沢勝徳(52)の3氏。 このうち県議会議長として6期目に挑んだ伊沢氏の陣営では、届け出締め切りの夕方5時に出陣式を繰り下げ、当選確定を待って祝勝会に切り替えて行った。会場の同市内のホテルには国光文乃衆院議員、安藤真理子土浦市長ら来賓と支援者が駆けつけ、「伊沢氏の実績が新しい候補者を寄せ付けなかった」などと口々に称えた。 伊沢氏は「4年間、党の政調会長から副議長、予算委員長、そして議長と役職に恵まれたが、新型コロナ感染症対策をはじめとする県政の課題に速やかな対応を迫られた。(無投票当選の)今回は極めて重い議席をいただいと思う。この信任を受け止め、さらに県勢、市勢の発展に尽くしたい」とあいさつした。 無投票で当選が決まった土浦市区の県議(定数3)