火曜日, 12月 2, 2025
ホームつくば不登校の子どもや保護者と支援者つなげたい 30団体がつくばで初の合同説明会

不登校の子どもや保護者と支援者つなげたい 30団体がつくばで初の合同説明会

不登校など学校に悩みを抱える子どもや保護者と、支援者をつなぐイベント「不登校・多様な学び つながる“縁”日」が10月15日、つくば市流星台の桜総合体育館などで開催される。支援団体などでつくる「不登校・多様な学びネットワーク茨城つくばエリア」が主催する。支援団体による合同説明会と講演会などが催され、合同説明会は今回が初の試みとなる。

主催団体の石田佳織さん(43)は「支援につながれていない人が圧倒的に多い。複数の支援団体が協力し、より多くの人に支援を届けたい」と語る。

つくば市や近隣からフリースクールや親の会など約30団体が相談ブースを設置する。不登校の小中学生の居場所「つくし広場」を運営するつくば市教育相談センターもブースを設ける。ほかにフリースクールに通う子どもたちが企画ブースを設け来場者と交流を図る。発達心理学の専門家で恵泉女学園大学学長の大日向雅美さんによる講演会も予定されている。

支援者いると知ってほしい

「誰にも相談できずに苦しむ人は多い」。不登校の子どもの保護者を支援する「竹園学園”教室や学校に行きづらい子ども”の親の会」共同代表の中村規乃さん(47)が、当事者の声を代弁する。同団体は、同ネットワークに参加する団体の一つだ。

中村さん自身、不登校の子を持つ当事者。学校に行けない自身を責める子どもの気持ちを知り「学校に行って欲しいという思いと、学校に行かない子どもを認めたいという思いの間で苦しんだ」と当時を振り返る。

孤独の中で出会ったのが、同じ立場の母親や支援者だった。「たくさんの人がサポートしようとしてくれている」と知り安堵(あんど)した。「(支援者がいると)知ってほしい。それだけで勇気が持てるはず。(苦しい状況から)抜け出すきっかけになるかもしれない」と話す。

選択肢のひとつ

石田さんは「ひとりで悩みを抱えないで」と呼び掛け、「当事者以外でも『多様な学び』に関心がある人にぜひ参加してほしい」と訴える。

イベントを「楽しい場にしたい」とも言う。子どもたちの企画ブースは、子どもたち自身が準備し当日ブースに立つ。石田さんは「子どもたちが、やりたいことを実現できる場になれば」と思いを込める。来場者には「(フリースクールなど)学校外で過ごす子どもたちは、決して悲しいイメージだけじゃない。多様な学びの選択肢のひとつ、生き方として見てほしい」とメッセージを送る。

主催団体が所属するのが2020年設立の同ネットワーク茨城で、現在、県内の112団体が所属し、情報を共有・発信している。石田さんは、今回が初の試みとなる合同説明会を試金石に、来年以降、県央、県南など、開催場所を広げていきたいとする。

8年連続増加し過去最多

文科省によると、2020年度、小中学校における全国の不登校児童・生徒の数は約20万人。過去最多となった。10年前から約7万人増え、8年連続の増加となっている。

つくば市が、市内の学校に在籍する長期欠席児童・生徒、保護者に行った2022年7月のアンケート調査によると、学校に行けない理由として、行こうとするとお腹が痛くなったなどの体調不良が最も多く、勉強や友達、先生との悩みなども挙げられた。

今回のイベントに協力する同市学び推進課は「公的であれ、民間であれ、(支援につながる)そういった場所があるのは大事なこと」との認識を示し、「様々な方に来場いただき、学校に行けずに苦しむ方の悩みの解決、苦しみが軽減するなど、負担が軽くなるきっかけとなる出会いがあれば」と期待を込めた。(柴田大輔)

◆「不登校・多様な学び つながる”縁”日」は10月15日(土)午前10時30分~午後4時、つくば市流星台63、桜総合体育館と隣接の流星台プレイパークで開催。入場無料。詳細は公式サイトfacebook、問い合わせはメールまたは石田さん(電話080-2381-8611)へ。

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「来年はもっとバージョンアップ」 関彰商事とハノイ工科大 スポンサー契約を更新

日本商工会議所が関心 関彰商事(本社 筑西市・つくば市、関正樹社長)つくば本社で28日、同社が包括連携協定を結ぶベトナム・ハノイ工科大学とのスポンサー契約更新の調印式が催された。関社長は「ハノイ工科大学とは10年の付き合いがあるが、来年はもっとバージョンアップいきたい。今回、日本商工会議所が関心をもってくれたことが成果。日本とベトナムの架け橋になれるようがんばっていきたい」と話した。 調印式には同大からヴー・ヴァン・イエム副学長ら3人が出席し、同社社員らがベトナムの国旗を持って一行を出迎えた。関社長は「壁は日本語、さらに多くの学生が日本企業で活躍できることと、この事業が持続していくことを期待している」と述べた。 同大からは、優秀な学生に奨学金を出し最終的に日本企業に貢献してもらうことや、高校生の交換留学を進めることなど二つの提案があった。 同社は2016年にハノイ市に事務所を開設し、ベトナムでの事業をスタートした。グループの人材派遣会社である「セキショウキャリアプラス」が、今年第12回目の合同企業説明会「セキショウ ジョブ フェア」をハノイ工科大学で開催。日系企業によるベトナム人大卒エンジニアなど高度外国人材採用や、ベトナム人求職者の就労をサポートしている。18年にはハノイ工科大学を支援するスポンサー契約を結び、継続している。 同大は1956年に設立されたベトナム初の技術系総合国立大学で、同国の理科系大学では最難関とされる。学生数は4万人以上を超え、1学年600人余りが日本語を学ぶ。11月2日と3日に同大で開催されたジョブフェアには2000人以上が参加している。日本では東京工業大学、慶応大学などが姉妹校となっている。 同社の寄付金により同大に建設中の日本とベトナムの文化交流施設「越日スペース」は、来年8月に完成が予定されている。施設は2階建てで、日本語学習や関連セミナー、文化交流などのイベントが開催されることになっている。(榎田智司)