土曜日, 10月 8, 2022
ホーム コラム 日本政府の恥ずかしい認識《電動車いすから見た景色》34

日本政府の恥ずかしい認識《電動車いすから見た景色》34

【コラム・川端舞】8月22~23日、障害者権利条約に対する日本の実施状況を審査する会合が国連ジュネーブ本部でおこなわれ、日本から障害者や家族、支援者など約100人が現地に向かった。審査自体は審査を担う国連の障害者権利委員会と日本政府との対話形式で進められるが、審査に先立ち、国連の委員と日本の障害者団体などが対話する時間が設けられたほか、審査の合い間に会場の外で、障害者たちが日本の現状を委員に直接訴えた。

私も、自分の子ども時代の普通学校での経験を書いたカードを委員に手渡し、障害児が日本の普通学校で学ぶ上で直面する困難を伝えた。私が差し出すカードを笑顔で受け取り、「インクルーシブ教育は日本にとって大きな課題だと思っている」と言ってくれた委員もいた。

実際の審査で「特別支援学校を廃止するために、予算措置を特別支援学校から通常の学校へ移行する予定はあるのか」「通常の学校が障害児を拒否することを禁止する法令を策定する予定があるのか」など、国連からの厳しい質問に、日本政府が回答した内容は、聞いているこちらが恥ずかしくなるようなものだった。

「特に知的障害児は中学・高校と学年が上がるにつれ、障害のない生徒と同じ内容を学ぶのが難しくなり、特別支援学校を選ぶことが多くなる。特別支援学校では知的障害のある生徒もリーダーシップを発揮できる」などの日本政府の回答を聞いていて、「特別支援学校を廃止する方略を聞かれているのに、特別支援学校の意義を主張してどうするのか」とツッコミを入れたくなった。

学習が苦手な生徒を支援する教員を1人多く教室に配置したり、生徒本人が「静かな部屋で集中して学習したい」「少し休憩したい」と思ったときだけ、他の教室で過ごしたり、知的障害のある生徒もどうやったら他の生徒とできるだけ一緒に学べるかを考える過程こそが、権利条約のいうインクルーシブ教育の過程なのに、日本政府の回答はその過程を放棄している。権利条約のいうインクルーシブ教育を全く理解していない。

「分離教育」中止を要請

8月の審査を受け、今月9日に国連が公表した報告書では、障害児を分離する現在の特別支援教育は止めるよう、日本政府に強く要請している。日本の障害者たちが自分と仲間の権利のためにジュネーブまで行った結果だ。現在、通常の学校に通っている障害のあるお子さんとご家族もジュネーブに行き、国連の委員に直接、日本の教育の現状を訴えたのも大きいだろう。

国連の要請にどう答えるのか。政府の反応に注目だ。(障害当事者)

2 コメント

誹謗中傷するコメントはNEWSつくば編集局が削除します。

2 Comments
フィードバック
すべてのコメントを見る
スポンサー

注目の記事

最近のコメント

最新記事

信州の山《続・平熱日記》119

【コラム・斉藤裕之】初めて信州の山並みを見た時の感動を今も覚えている。生まれ育ったところの丘のような山とは全く違う。その手の届かないような高さや鋭角な形、色。それが幾重にも連なっている様(さま)は、「畏怖(いふ)」とか「崇高」とか普段あまり使わない言葉を想起させる。 信州上田に大学の後輩が住んでいる。作家でもあり、コーディネーターとしても活躍している彼が、上田のとあるパン屋さんで展覧会をやるから信州の山絵を描いてよこせ、と言う。題して「信州山景クラッシック」。なるほど。30年近く前に私の冗談から始まった、「富士山景クラッシック」という富士山をテーマにした展覧会の信州版ということか。 天気予報は晴れ。朝起きて信州行きを決める。5時出発。予定では3時間余で上田に着く。関東平野の終わりに妙義山が見えてくる。長いトンネルをいくつかくぐると、いよいよ信州。知識がないので何という山か知らないが、遠くに蒼(あお)い稜線(りょうせん)が見える。 「待てよ、このまま長野まで行ってみよう」ということで、朝早くに善光寺に参った。実は、初めて訪れた長野市と善光寺。短い時間だったが、山門の上に登って長野の街を眺める。 それから国道を通って上田に。実は娘の義理のお母さんのご実家は上田。かねがね、ゆっくりと訪ねてみたいと思っていたのだが、今回は時間の制限もあるので、とりあえずそのパン屋さんに向かう。店は歴史を感じる旧街道筋の一軒。知る人ぞ知る名店らしい。けれども、実に素直な造りで押しつけがましさがない。 食事のできる2階の窓から烏帽子岳が見えると聞いていたので、階段を上らせてもらうと、畳の上にご主人とおぼしき方がごろりと寝ておられる。なるほど、この風貌にこの店構えに納得。窓越しに山を見ようとするが、山頂に大きな雲がある。黙ってこっそりと引き上げようと思っていたのだけれど、体を起こされたので、「○○さんの友人で山を描きに来まして…」と事情を説明。

ごみ焼却発電を市役所など41施設に供給 県内初「自己託送」つくば市

電気料金が値上がりする中、つくば市は、市のごみ焼却施設、つくばサステナスクエア(同市水守)で発電した電力の一部を、市役所本庁舎など41施設に供給する「自己託送」と呼ばれる事業を10月1日から開始したと発表した。自己託送は東京都八王子市や千葉県船橋市などで実施されているが、県内市町村では初めてという。 年に電力料金6890万円削減 導入により、41施設の電力料金が年約6890万円削減でき、二酸化炭素など温室効果ガスの排出量を年約1900トン減らすことができるという。41施設は市役所のほか、交流センター、市立保育所、老人福祉センター、体育館など。 自己託送は、自家発電設備で発電した電力を、電力会社の送電網を使って、遠隔地にある自己所有の施設に送電し供給する事業。2013年に制度が始まったが、電力需要の計画値と実績値にずれがあるとペナルティーを科されるなどのためなかなか普及しなかった。 同市のごみ焼却施設では年約2600万キロワットを発電している。約1000万キロワットを自家消費し、残り約1600万キロワットは売電し、年約1億7890万円の売電収入があった。 売電していた約1600万キロワットのうち、41施設の必要電力量の7割にあたる420万キロワットをごみ焼却施設から供給する。7割にとどめるのはペナルティーを避けるため。残り3割は新電力のアーバンエナジー(横浜市)から、廃棄物発電や木質バイオマス発電、太陽光発電などの電力を購入する。ごみ焼却発電の残り約1180万キロワットは引き続き売電する。

魔女のフェスタ4回目は「秋の収穫祭」 11月12日に旧筑波小跡

インターナショナルスクール計画が浮上した旧筑波小学校跡(つくば市国松)で、11月12日に「魔女のフェスタ・秋の収穫祭」が開かれる。同小跡でのフェスタ開催は4回目、主催者のいしざき緑子(魔女の学校主宰者)さんは今回のテーマに「星の子どもたち・土とおとなたち」を掲げた。 いしざきさんは、コロナ禍で加速したオンライン授業をはじめとするIT化で、子供たちの個性を発揮する場が損なわれつつある、と危機感を抱く。「星の子どもたち」は、一人ひとりの輝く星をいっぱいに輝かせてあげたいとの願いを込めての企画だそう。子供たちの自由なお店屋さんごっこ用に1教室を充てる「子魔女商店街」をメーンに、手作りのゲームやアート作品、マント作りなどユニークな店舗が軒を並べる。子供たちが一日中遊べたり、お母さんたちが交流出来るような場を用意する。 「土と大人たち」は、足元の大地と繋がりながら様々な人々が自然と共鳴し合おうと呼びかける。ジャンベやディジュリジュなど様々な民族楽器の演奏、踊り、パレードなどで来場者と一緒に盛り上げる。ステージでは群馬県館林市の常楽寺から池田元用住職を迎えてのフリートーク式お悩み相談、デザイナーのルウさんによる「ファッションは生き方」テーマのトークショー、ミュージシャンの奈良大介さんによる野外ライブなどが予定されている。 祭りは、校庭に飲食店のキッチンカーや模擬店が並び、3階建ての校舎にはアクセサリー、フラワーアレンジメントなどの手作り品、占いやアロマセラピー、ハーブを利用した癒し療法の店が出来る。3階の音楽教室ではライブイベントが行われ、ベリーダンスのパフォーマンスもある。魔女の学校関係者、近隣の人たちが一緒になって祭りを盛り上げる。 前回開催時、校庭の駐車場は来場者の車両で早々に埋まり、キッチンカー前には行列が出来た 魔女のフェスタは回を重ねるごとに盛況になり、参加者も広範になった。ことし5月の開催では2000人を超える入場者があり、学校前の狭い市道には車があふれ、警察車両が出動する騒ぎもあった。いしざきさんらは新たな駐車場確保など、地元との連携に腐心する。

大動脈解離 医療と運 《くずかごの唄》117

【コラム・奥井登美子】夫が76歳のときだった。元気でジョギングが大好き。「東京で会議があるので、皇居のまわりを3周してから行く」といって出かけていった。 「モシモシ。奥井清さんのお宅ですか?」「ハイ」「こちら東京医科歯科大学病院の救急医のHと申します。奥井さんが救急搬送されました。検査をしたいのですが、家族のサインが必要です。15分以内に病院に来てもらいたいと思います」「意識はありますか?」「意識はありません。早くしないと呼吸が止まる可能性もあります」 病院は御茶ノ水駅の近くだ。空を飛んでいきたいが、それでも土浦から15分は無理。どうしよう。医者の兄は千葉で、1時間近くかかる。娘は世田谷。タクシーで30分はかかる。困った。 呼吸が止まるかもしれないと言われた。いったぃどうしたのだろう。タケちゃんしかいない。私は祈るような気持ちで、文京区白山の弟の加藤尚武に電話してみた。 「10分以内に行けるよ。大丈夫すぐ行く」 手早い技術と処置が命を救ってくれた