水曜日, 3月 18, 2026
ホームコラムつくば市長の宿痾 総合運動公園問題 《吾妻カガミ》137

つくば市長の宿痾 総合運動公園問題 《吾妻カガミ》137

【コラム・坂本栄】元研究者たちによる五十嵐つくば市長リコール署名運動(7月11日~8月10日)が進行中です。解任の理由は多岐にわたりますが、一番は「議会の議決を取らず公有地を売り払うような市長は辞めさせよ」ということです。このコラムでも何度か、総合運動公園用地売却の手順のおかしさを取り上げてきました。この際、改めて整理しておきます。

リコール運動は「変節」市長への怒り

135「運動公園用地売却…の不思議」(6月20日付)では、▽前市長がUR都市整備から用地を買ったとき、名義上の取得者は市土地開発公社だった ▽しかし、借金した用地代金の返済について、議会から「市が債務を保証する」旨の議決を得ている ▽借金の元利返済も、その予算について議会の承認を得ている ▽それなのに、売るときには議会の議決は要らないという理屈は何か変だ―と指摘しました。

129「公有地売却…『逃げ』の…市長」(3月21日付)では、「市が行ったパブリックコメント(意見募集)では、(コメントを寄せた)77人のうち売却に賛成は2人、残りは反対か対案提示か分類不可でした。2択方式(賛成か反対)で分けると、賛成はたった3パーセントです」と書きました。

125「公有地売却…市の牽強付会」(1月31日付)では、「少ないサンプルで市民の声を計るのは正しくありません。そこで提案です。市民の声を聴くため、市長発意による住民投票(総合運動公園の是非で実施)か、サンプル数が多い無作為抽出調査(土浦市との合併の是非で実施)をやったらどうでしょうか?」と提案しました。

前市長が執行部主導であったことを批判、その否定の上に発足した五十嵐市政のセールスポイントは、議会にきちんと相談する、市民の声をきちんと把握する―でした。ところが、上記3つのパラグラフで引用したように、自ら定めた市政運営の基本を捨て去り、議会と市民の意見を聴かずに市政を進めるようになりました。リコール運動はこういった「変節」に対する怒りではないでしょうか。

議会や市民を軽視し、公有地を売却

五十嵐市長にとって、運動公園問題は「1丁目1番地」のテーマです。最初の選挙で掲げた目玉公約は「総合運動公園問題の完全解決」でした。具体的には、選挙前の住民運動で破棄に追い込んだ運動公園計画の用地をURに返還する、同計画にも入っていた陸上競技場を市内のどこかに整備する―この2つです。

しかし、用地返還は失敗に終わり、跡地をどう処分するかが市政の懸案になりました。そこで捻出されたのが、一部を防災用に借り上げる条件で一括売却する処分策です。なぜ防災施設なのか分かりませんが、一括売却色を薄めたかったのでしょう。市長としては、運動公園問題という宿痾(しゅくあ=長期間にわたって解決できない困難)から、何が何でも逃げたかったようです。

ところが処分を焦るあまり、(議会と市民の声が大事という)民主主義の基本中の基本を軽んじ、市政運営の「金看板」を自ら降ろすという過ちを犯しました。

五十嵐さんは最初の選挙で、運動公園用地売買契約書に「URは市の返還要求を拒める」旨の条項があるのに、目玉公約に「用地返還」を掲げました。つまり、返還が事実上無理であるのに、よく調べないで主要公約に仕立てました。この「フェイク(虚偽)公約」が災いとなり、この6年間、運動公園問題を抱えて迷走。今度はリコール運動を呼び込むに至りました。(経済ジャーナリスト)

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

101 コメント

101 Comments
フィードバック
すべてのコメントを見る
スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho




spot_img

最近のコメント

最新記事

廃棄していた果肉を活用 福来みかんのドリンク開発 筑波山神社参道の土産店

筑波山麓特産の福来みかんの皮を使った七味を販売する筑波山神社参道の土産店「神橋亭」(つくば市筑波、店主・渡辺由美さん)が昨年末から、これまで廃棄していた福来みかんの果実を活用しドリンクを販売している。福来みかん特有のさわやかな香りと甘酸っぱさが特徴だ。七味はみかんの皮だけを利用するため、果肉はこれまで廃棄したり、人にあげたりしていた。 同店の七味は、先代店主の渡辺美代子さん(86)手作りの「みよこの七味」で知られる。渡辺さん一家は筑波山中腹の約990平方メートルで福来みかんを100本ほど栽培している。みかんが黄色に色付く11月になると毎年、店主の由美さん(43)と義母の美代子さんが、収穫したみかんの皮をむいて、干して乾かし、焙煎して「陳皮(ちんぴ)」を作り、粉にして唐辛子やごま、青のりなどと混ぜて福来みかんの七味を手作りし販売している。 一方、みかんの果肉は毎年2トンほど出る。一部を冷凍し知人にあげたりしているが、毎年1トンほど廃棄している。 由美さんは「捨てるのはもったいない。みかんの果肉をどうすればいいか」とずっと考えていたという。昨年、美代子さんから果肉をもらった知人が、果肉のシロップ漬けを作って持ってきてくれた。甘みも苦みもあっておいしく、シロップ漬けの作り方を教わったのが始まりという。 その後、由美さんは、果肉を焼酎に漬けたり、他のアルコール類に入れたりなど試行錯誤を繰り返し、砂糖の量や煮込み時間なども調整を繰り返した。果肉を生のまま使うより冷凍した果肉を使った方が甘味が増すということも分かった。 さらに砂糖を入れて煮込む際、当初みかんの種を取り除いていたが、種を取り除かずそのまま煮込んだ方が甘味が増すほか、加工の手間が省けるなどの利点も発見。こうして果肉を丸ごと使用した福来みかんのシロップ漬けが完成した。 シロップ漬けは果実酒の瓶に詰めて店頭に並べ、寒い日は体を温める「福来みかんホット」として、暑い日は炭酸割の「福来みかんスカッシュ」として1杯(300ミリリットル)500円(税込み)で提供する。ドリンクには果肉がほぼ1個分入っており、スプーンですくって食べられるようになっている。 店主の由美さんは「炭酸で割ったりお湯で割ったりするほか、紅茶で割ったり、ソフトクリームのトッピングができないかなど考えている。福来みかんのジェラードの試作品もできたので提供していきたい」と話す。 神橋亭は明治半ばの1894年に創業した。筑波山神社の神橋の脇にあり、登山客や観光客、神社の参拝者が立ち寄る。福来みかんの陳皮が入った七味は40年前ぐらいから販売している。 店舗は2024年9月に事業継承引継ぎ補助金を活用してリニューアルした。七味の加工工房は元々みかん畑の近くに作っていたが、福来みかんの粉の香りを来店客にかいでもらいたくて土産店に移設した。茨城県よろず支援拠点からの支援を受けている。同支援員の吉村千鶴子さんは「支援する側も、福来みかんの果肉の部分をどうするかが課題だった、今回、果肉のまま種もとらずに煮込むという画期的な方法が見つかり、とてもうれしい」とコメントする。(榎田智司)

キンカン、ヒヨドリ、アゲハチョウ 《鳥撮り三昧》11

【コラム・海老原信一】自宅玄関を出て右側、小さな庭の隅にある花壇に樹高2メートル弱のキンカンが植えてある。冬から春にかけてのこの時季、多くはないが黄色い実を付けてくれている。このキンカン、実は2代目。1代目は母親が存命中に鉢植えにしていたものを花壇へ地植えにして育てていたが、母の没後5年目ぐらいに元気がなくなり、枯れてしまった。 面倒見の悪い息子のせいかなと責任を感じて掘り起こしてみると、息子のせいばかりでないと判明。鉢植え時に絡み合った根の処理をあまりせず、そのまま植え付けたようで、複雑に絡み合ってしまい根が枯れてしまった様子。仕方がないと諦めたが、ある理由から新しく植えようと思い始めた。 ある理由とは、母親は網をかぶせて許さなかったが、ヒヨドリが実をついばみ、アゲハチョウが産卵しその幼虫が葉を食べると知ったから。母の没後、その楽しみを知った息子は彼らのなすがままにさせ楽しんでいたわけで、「新しく植えるか」との結論に。ホームセンターへ出向き、接ぎ木した部分が直径2センチ程の鉢植えを求め、1代目がいた場所へ、根の状態に気を付けながら地植えした。 それから7年ほど経つだろうか。2センチほどだった部分が10センチぐらいまで太くなり、かなりたくましい様相をしている。その割に樹高が2メートル弱なのは、小まめにせんていし、伸び過ぎないように抑えてきたから。 朝、玄関を出ると、キンカンの葉が揺れる。水道の凍結防止カバーを外しながら見ると、ヒヨドリが小さく泣きながら近くの電線へと飛び去る。キンカンの樹下には、半分ほどつつかれた実がいくつか落ちている。黒い糞(ふん)も落ちている。そのころにはナンテンの赤い実は無くなっている。 そして、キンカンが食べごろになるという寸法。よくしたものだと感心する。たまには息子も一つ二つ食べてみる。今年のキンカンはとても甘みが強い。結実の時季が暖かかったせいだろうか。 イモムシ=新幹線 この実が無くなり暑くなり始めると、次の白い小さな花が付き出す。そうなると次の客人がやって来る。アゲハチョウだ。カラタチやキンカンなどの柑橘(かんきつ)類が食草らしく、柔らかそうな葉の先に、金色の1ミリにも満たない卵を産み付ける。しばらくすると、見た目が小鳥の小さな糞のような幼虫が生まれる。結構な数が葉についている。 糞のような幼虫が葉を食べ続け、気付くと、黒っぽかった体色が緑色に代わり、太さ1センチぐらい、長さ4センチぐらいのイモムシが。我が家では「新幹線」と名付け、毎朝楽しんでいる。それらがいつの間にか見えなくなる。羽化に備え、サナギになるため目立たない場所へ移動するのだ。 どこへ? そう思いながら探すが見つからない。ある朝、羽化した個体に気付く。そこは雨戸の敷居の下陰。薄暗い場所に、羽化直後のアゲハチョウが美しく輝いている。幼虫の数からすれば、もっと成虫の姿があってもいいはずだが、厳しい自然界なのだろうか。だからこそ「きれいだな」との思いが強くなる。(写真家)

葛城地区周辺11カ所440ヘクタールを区域指定 つくば市 住宅供給に期待

TX沿線開発地区周辺で初 つくば市は6日付で、つくばエクスプレス(TX)沿線開発地区の葛城地区周辺おおむね1キロの11カ所計440ヘクタールを区域指定した。同周辺地区は市街化を抑制する市街化調整区域のため、これまでは特定の要件を満たした土地所有者しか住宅を建てることができなかった。指定により、土地があればだれでも住宅などを建てることができるよう都市計画法上の位置づけを変えた。TX研究学園駅周辺の葛城地区(約484ヘクタール)に匹敵する面積となる。 同市がTX沿線開発地区周辺で区域指定を実施するのは葛城地区周辺が初めて。今後、他の沿線地区周辺でも区域指定を実施するかどうかについて、市開発指導課は、葛城地区の区域指定後の住宅の貼り付き状況などをみて検討したいとしている。 今回の区域指定によって建築できる建物の用途は住宅や店舗などで、高さは3階建てに相当する10メートルまでなど。11カ所440ヘクタールは現在すでに集落や住宅、店舗などが立地し、空き地や畑などが混在している。TX沿線は地価上昇が続いている中、今後は区域指定エリアの空き地などに住宅が建ち、より買い求めやすい住宅が供給されることが期待されている。 区域指定制度は、2000年の都市計画法改正で既存宅地制度廃止に伴って新たに設けられた制度。県内では猶予期間を経て06年に既存宅地制度が廃止され、つくば市では07年度から運用が始まった。運用開始に伴って同市は市内全域を調査し、①40戸以上の宅地が連続して建っている②市街化区域から概ね1キロの範囲内にある③人口が減少している集落内にある④宅地率が概ね40%以上である⑤道路や下水道が整備されているーなどの要件がある地区を対象に、これまで市内で計約1900ヘクタールを区域指定してきた。 一方、TX沿線開発地区についてはこれまで、区画整理事業が進んでいたことから区域指定から除外していた。葛城地区では2014年度に換地が実施され、18年度に区画整理事業が完了、現在、住宅が8割以上貼り付いていることなどから、「つくばに住みたいと思っても住めないという声を踏まえて」(市開発指導課)区域指定を実施した。 一方で、土地区画整理事業で開発された葛城地区は、道路や公園、公共施設や学校用地が確保されるなど公共投資により計画的なまちづくりが進められてきた。これに対し区域指定エリアへの新たな公共投資は予定されておらず、民間投資で開発を実施することになる。(鈴木宏子)

コマ回し《デザインを考える》30

【コラム・三橋俊雄】昨年のことですが、小学校で行われた「昔の遊びボランティア」に参加しました。この行事は、地域の大人や保護者が小学1年生に「コマ回し」「けん玉」「メンコ」「羽子板」などの遊びを伝える活動で、私はコマ回しを担当しました。 現代の子どもたちはタブレットやゲームに触れる機会が多く、指先の操作が中心の世界で育っています。デジタルが身近になった分、身体全体を使って覚えるような体験は、以前より少なくなってきているように感じます。だからこそ、昔ながらの遊びが持つ「からだの感覚を働かせる遊び」は、子どもたちにとって新鮮で貴重なものになっています。 1年生は最初、コマがなかなか回らず、何度も失敗しながら、少しずつコツをつかんでいきます。コマ回しは、ひもを巻く力加減、投げる瞬間の手首の返し、投げるときの身体の向きなど、感覚と動きを総動員する遊びです。頭で理解するだけではできず、挑戦を重ねる中で自然と身についていきます。 そうして練習を続けていると、ふとコマが回る瞬間が訪れます。そのときの子どもたちの表情は驚きと喜びに満ちています。こうした身体を通して身につけていく学びこそ、デジタル時代に失われつつある大切な体験だといえます。 また、昔の遊びを教えることは、単なる体験的活動ではなく、世代を超えて受け継がれてきた技が次の世代へと渡されていく、文化の継承でもあります。 絶滅危惧動作 コマ回しの時間には、ゆっくりとした空気が流れ、失敗してもまたやってみようという空気が生まれます。地域の大人と子どもたちが向き合い、励まし合いながら挑戦する姿は、まさに世代間交流の原点であり、今の時代だからこそ必要なことではないでしょうか。 日常生活の中ではほとんど見られなくなり、このままでは消えてしまいそうな身体の動きを「絶滅危惧動作」と言います。 コマにひもを巻いて投げる動作も、まさにそのひとつです。かつては当たり前のように行われていたのに、いまでは日常からすっかり姿を消しつつあります。「お手玉」のリズムを刻む手つき、「あやとり」の細やかな指の動き、「けん玉」の連続した所作なども、同じように現代では触れる機会が少なくなった「絶滅危惧動作」です。 そうした昔の遊びが、子どもたちの手の中でふたたび息を吹き返す瞬間。その場に立ち会えることは、とてもうれしいものです。遊びを通して伝わる身体の感覚や、世代を超えた交流、そして文化が受け継がれていく様子を思うと、昔の遊びを伝える営みは、今の時代だからこそ大切だと感じます。(ソーシャルデザイナー)