【コラム・オダギ秀】また昔の話で、ゴメン。でも、店への愛を込めて書きたいのだ。とても若いころ、写真家仲間が頼りにしていた安売りカメラ店のことだ。
新宿の裏通りのその店は、間口が2、3間ほどだったろうか、住宅のような、お店とは思えないようなところだった。ガラスの引き戸を開けて入るとカウンターがあり、商品は並んでいない、カメラや写真の材料を売る店だった。近所にかつて浄水場があったので、その名前が付けてあった。
カウンターで「トライ、長巻き、2缶」のように言うと、無口な細っこいアンチャンが奥の棚から品物を持って来てくれた。貧しいカメラマンたちには、ありがたい安売り店だった。品物は並んでいないから、何というどんな商品か、価格はいくらならいいのか、わかる者だけが出入りする店だった。プロ機材ならまず手に入ったし、価格に不満なこともなかった。安かったのだ。
1年ぐらいしてからか、天井に穴を開け、2階の倉庫から品物をひもで吊り下げるようになって、品ぞろえとスピードが少し増し、店員も2人から5人くらいに増えたと思う。
昔、写真は、フィルムという感光シートか、それを細く巻いたロールで撮影していた。フィルムはパトローネという小さな金属ケースに巻き込まれていて、パトローネには36枚撮影分のフィルム入り、というのが普通だった。
プロやそのタマゴたちはパトローネ入りではなく、ずっと長くてコスパのいい100フィート入りの缶を買い、適当な長さにフィルムを切って、使用済みのパトローネに詰め、フィルム代を安くあげるようにしていた。
フィルムは真っ暗闇で作業しなければならないから、長巻きを両手で拡げて何枚撮りにするか、見ないでできるように、明室で目隠しして練習を繰り返した。
後には、店のDPEで出たものだろうか、使用済みのパトローネが捨てずに店の隅に置いてあり、ボクらはずいぶんそれをもらって使った。使用済みとはいえ、たいていは使えるものだったから、ありがたかった。
今では、あめだって売っている
ある時、新宿近くでバスに乗っていたら、ボクが写真材料の袋を抱えていたからだろう、離れた席からどこかのオッチャンがわざわざボクの所にやって来て、うれしそうに、でもヒソヒソ声でいい店があるんだよと、その店を教えてくれた。ボクは、知ってるよと返事してから、仲間だねと言って2人で笑った。
その店はどんどん大きくなり、プロの写真の店ではなくなった。今では何店もあり、いろんなものを売っている。今朝、ボクはその店のネットで、キャラメルを買った。今では、あめだって売っているんだぜ。
夕方に届いたそのキャラメルを口に含み、安さと早さに「あのころと変わんねえな」と思いながら仕事を続けた。(写真家、日本写真家協会会員、土浦写真家協会会長)