土曜日, 3月 28, 2026
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科学のまち つくばで教養について考える 《遊民通信》36

【コラム・田口哲郎】
前略

つくば駅前の中央公園を散歩していたら、男性と猫が並んで歩く銅像が目に留まりました。近づいてみると、それは「朝永振一郎博士と愛猫」像でした。ノーベル物理学賞を受賞した博士は筑波大学の前身、東京教育大学の学長でした。朝永博士はつくば市に住んだことはなさそうですが、研究学園都市・つくばに縁がある偉人ということになるのでしょう。

つくば市は科学のまちで、科学をウリにできるのは素晴らしいことです。科学技術は社会の発展に実際に役立ちますから、たたえられるのは当然ですね。

それに引き換え、文学は飯を食えるようになった後、暇があったらやるような、趣味の世界のことと思われがちですから、社会的地位を科学技術に譲らざるを得ないのは仕方ないのかもしれません。

でも、人類は石けんを発明するよりもずっと前に詩を作っていた―なんて言葉もありますから、科学技術も文学、どちらも必要なのは間違いないようです。

ホメロス『イリアス』を朗誦する英首相

先日、You Tubeで面白い動画を見つけました。英国のボリス・ジョンソン首相がロンドン市長時代、あるトークショーに出演したものです。ジョンソン氏はウィットに富んだ話で会場や司会者を笑わせます。

そして、ふいに「メーニナエイデテアペーイアデオーアキレイオス」と唱え始めます。それは古典ギリシア語で、ホメロスの叙事詩『イリアス』の冒頭なのです。その後の40行を3分間、ろうろうと朗唱します。2700年ほど前の詩を原語で。ジョンソン氏の強弱の付け方が独特なので、会場からはまた笑い声が起こる。

シェイクスピア作『ジュリアス・シーザー』のセリフに「it was Greek to me」というのがあり、直訳は「それは私にとってギリシア語だった」ですが、慣用句的に「それは私にはちんぷんかんぷんだった」という意味になります。

古典ギリシア語の文法はとても複雑で難しく、西洋人にとってもラテン語と並んで難しい言葉なのです。タモリがでたらめの外国語のマネをして、人を笑わせる芸に近い感じです。しかし、ジョンソン氏のギリシア語はでたらめどころか、教養の正統中の正統なのです。

古代ギリシア文化はヨーロッパ文化の根源のひとつです。ですから、ヨーロッパの人々は古典ギリシア語を学ぶことを重視して、ギリシアの哲学・文学を読む古典学が生まれました。古典学は中等教育にも取り入れられ、近年まで教養の基本になっていました。

この古典学をリードしてきたのは、独ボン大学、仏ソルボンヌ大学、英オックスフォード大学です。ジョンソン氏はそのオックスフォード大学で古典学を修めました。

過激な言動で世間を騒がせ、トランプ前米大統領の同類のように映るジョンソン氏。おどけたり失言したりするのはただのフリなんじゃないと思わせるほど、『イリアス』朗唱はすごさを感じさせます。教養とは何なのかを改めて考えさせられる動画でした。ごきげんよう。

草々(散歩好きの文明批評家)

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