火曜日, 10月 6, 2026
ホームつくば運営事業者の継続求め陳情 不登校の学習支援拠点「むすびつくば」保護者会

運営事業者の継続求め陳情 不登校の学習支援拠点「むすびつくば」保護者会

つくば市とNPO法人リヴォルヴ学校教育研究所(同市二の宮、本山裕子理事長)が協働で、不登校の児童生徒の学習支援を行う「むすびつくば」(同市吾妻)の保護者会が19日、次年度以降もリヴォルヴによる事業継続を訴え、五十嵐立青市長と小久保貴史市議会議長に陳情書を提出した。

昨年12月、市は2022年度の委託事業者を公募型プロポーザル方式で募った。名乗りをあげた4事業者中、新規の民間事業者が1位に選定され、リヴォルヴは次点になったという通知が今月7日に届いたからだ。

保護者会代表の小柴架奈子さんは「通所している子どもたちは学校に居場所がなく、親子でお先真っ暗の辛い時期を過ごした。今はリヴォルヴのスタッフのおかげで通所を楽しみにするようになった。人間関係に不安があったり、新たな環境への適応が難しい子どもは通所が困難になることが予想され、またあの辛い日々に戻らなければならないのかと不安を抱えている」と保護者たちの思いをぶつけた。

また「次年度の事業者が公募されることは知っていたが、つくばで20年以上フリースクールを運営しながら発達障害や学習障害への対処法を研究してきたリヴォルヴの実績は市も知っていて、外されることは想定していなかった。当事者は不登校を経験した繊細な子どもたちなのに、モノをとっかえるような教育政策は納得できない」と憤る。

小久保貴史市議会議長(左)に陳情書を手渡す保護者会代表の小柴架奈子さん=つくば市役所

市は不登校の子どもたちの社会的自立に向け、リヴォルヴと協働で2020年10月1日、TXつくば駅に近いつくば市産業振興センター内に支援拠点「むすびつくば」を開設した。支援業務の教育効果などを明らかにする目的で「協働実証事業」と位置づけられた。

週4日の時間割で、教員免許を持つ教科担当者ら12人が個々の適性に応じた学習支援を行っている。自由に過ごせるフリースペースも設けられている。

開所時は定員15人としたが、問い合わせと見学が引きも切らず、21年10月末現在、小1から中3までの35人が通所している。市内の不登校児童生徒数は約400人(30日以上欠席)に上り、不登校の子どもたちへの公的支援はまだまだ少ない。

「変わったら また引きこもりになるかも」

保護者会の塩見直子さんは「むすびつくばにたどりつくまで明日が見えなかった。事業者が変わったら子どもがまた引きこもりになるかも知れない」と不安を募らせる。

保護者会代表の庄司里奈さんは「一部の子や親がうるさく言っていると思わないでほしい。コロナ禍の学校では給食は黙食、休み時間も大きな声を出せないなど子どもたちはストレスを抱え、子どもが登校を嫌がるという話を聞くことが増えてきた」と話す。

学習障害のために3年間不登校になったが、昨年からむすびつくばに通所し、在籍している中学校にも登校できるようになった中1の男子生徒は「自分は頭が悪いと思っていたが、むすびつくばで『頑張らなくていい』と言われて安心でき、勇気を出して学校で友だちと話せるようになった。どうして(運営者から)無くすのかわからない」と訴えた。

保護者会は陳情書で、リヴォルヴの運営継続のほか、3月末に予定されている実証事業の検証を早急に行うこと、利用している子どもたちの声を聞き取り次年度以降の委託事業に取り入れること、実証事業の検証を待たずに事業者選定に至ったプロセスを明確に説明することを求めている。

さらに、不登校の辛さと「むすびつくば」存続への切実な思いを15人がつづった体験集を添えて、20日に森田充教育長に提出する予定だ。賛同者からのオンライン署名も呼び掛けている。

これに対し市教育局学び推進課は、新年度からの新たな運営事業者の選定について、外部の有識者を含む7人による選定委員会を設置し、プロポーザル方式により、価格のみでなく、実績や専門性、企画力などを公正、適正に選定したとし、19日時点で、新たな事業者がどこになったかは公表できないとしている。

一方、運営事業者が変わることに保護者から不安の声が出ていることについて同課の横田康浩課長は「保護者への丁寧な説明をしたい。不登校の子供たちは不安な状況にあることは間違いないので、不安を払拭できるように進めていきたい」としている。(橋立多美)

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