火曜日, 1月 13, 2026
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ちょっと変わったレンタカー店【クルマのある風景】3

トーヨーレンタカー 安達博司さん 土浦

土浦市からつくば市方面に伸びる国道125号沿道には、ディーラーや中古車販売、車両修理などの自動車関連企業が林立している。その中で、土浦市真鍋5丁目の八坂通りに面した老舗の東洋自動車販売(安達忠男社長)の一角に、息子の安達博司さんが営む「トーヨーレンタカー」がある。

2011年に設立された同社はまだ若く、レンターカー会社としては後発だ。しかしここで車を借りてみると、大手の同業者にはないサービスが数多くある。初動1時間の基本料金以降は、料金が1時間刻みというリーズナブルさで、ちょっとした試乗やドライブに利用しやすい。リピーターの中には1カ月単位で車種を指名する顧客もある。

レンタル車両の一部

「用途として必要な車だけでなく、あの車に乗りたいというニーズもあると思うのです。私の場合、ディーラーの営業出身ですので、マニアックなクルマをアピールしてきました。残念ながら時代の趨勢(すうせい)で人気車種はミニバン主体になり、セダンタイプをやめざるを得なくなりましたが、SUVのエスクードなどはよそでは無い車種でしょう」

安達さんの勧めるSUVは1世代前のミドルクラスサイズだが、料金はコンパクトクラスで設定されている。オフロード四駆に対する需要が薄い、と言ってしまっては身もふたもないが、気軽に、本格的な四駆を楽しめるという点で、同店の看板と評価されている。

創業時70台近くあった車両は40台に整理した。経営は決して安泰ではない。カーシェアリングシステムの成長によって、街の各所にレンタカーが置かれている時代だが、トーヨーレンタカーでは昔ながらの手法で顧客のもとへ車両を届け、また回収するサービスを行っている。コロナ禍の影響は手厳しく、行楽控えで業績は下降しているものの、そこにサービスの糸口も見出した。

「昨年から、チャレンジ100というプロジェクトを始めました。銀イオン(Ag+)を用いた車内消臭・殺菌サービスで、100台限定で無料施工させていただいています。ようやく目標の半数までご利用いただきました」

小さなオフィスに大きな夢が

現在は新車のリース販売も手掛けている。ここでもレンタルと同様、顧客から支払い額について要望を受け、利用しやすい価格設定を決めるという。「スーパー乗るだけセットと呼んでいます。7年間定額で新車とそれにかかる車両代や、付属品、7年分の税金・車検・メンテナンス維持費がほぼ全て含まれており、お客様にはあらかじめ残額を設定していただきます」

一方で、介護用品のレンタルや電動車いすの取り次ぎも開始した。「この10年、レンタカー主体でお客様と接してきて、お客様が抱える暮らしの悩みも沢山聞くことができました。私が感じたことは、子育て世代の主婦の方々が、家事と仕事の両方を抱えて大変な思いをされている点です。高齢者の介護も、家庭においては多くの場合、主婦の負担になっています。家庭が明るく楽しい、子供たちが笑顔になる。それにはお母さんが元気でなくてはならないんだと気づきました」

安達さん自身、家族ぐるみで会社を経営する。家族の支えがあっての自分であり、仕事だと痛感している。ディーラー営業マンから独立し、50歳に至る10年間で学んだことは「問題は聞かなければ解決しない。親身になってお客様の話を聞く」という理念と、その実行だという。「自分がしてほしいことをやっていく。単純な論理です。ありがとうとお客様が言ってくださる言葉は、なによりの応援です」

店舗前のヤードでは、これから貸し出す車両を妻の路恵さんがピカピカに磨き上げている。小学生の娘や姪御さんも、同社のホームページで宣伝担当として活躍する。ちょっと変わった小さなレンタカー店は、意外と、アットホームな街の個人商店という真骨頂を守り続けているのかもしれない。(鴨志田隆之)

■トーヨーレンタカー 土浦市真鍋5-16-34 電話050-5491-1227

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つくば、土浦で「二十歳のつどい」

12日の成人の日を前に、つくば、土浦両市で11日、「二十歳のつどい」がそれぞれ催され、20歳を迎えた若者たちの門出を祝った。 手荷物検査など今年も厳重警備 つくば つくば市の式典は同市竹園のつくばカピオで催された。出身中学校別に午前と午後の2部制で行われ、合わせて計1950人が出席した。 同市では2017年の成人式で逮捕者を出したのを契機に、翌18年から手荷物検査をはじめ多数の警備員や警察官が厳重警備を実施。会場近くの道路はバリケードを設置して通行止めにし、会場に隣接する大清水公園などを警備員や制服・私服警察官が巡回した。名前入りのぼり旗を掲げた10人前後の若者の一団が現れたが、市職員らの指示に従いのぼり旗を一時預かり所に預け、大きな混乱は見られなかった。 式典では、新成人代表の長谷川莉生さんが誓いの言葉を述べ「違いを受け入れ、互いの価値観を尊重しながら未来を描き築いていくこと、それが二十歳を迎えた私たちに求められる姿勢だと感じています」と話した。 五十嵐立青市長は、つくば育ちの宇宙飛行士、諏訪理さんが、宇宙飛行士の選抜試験に一度は落ちながらも苦難の末に夢を成就させたエピソードを語り「今日の日をきっかけに、皆さんが幸せな人生を歩み続けていくことを心から願っています」と式辞を述べた。 その後、出身中学校の恩師からのビデオメッセージが放映されると、参加者からは感嘆の声が上がった。 式典自体は約30分で終了、終了後は出身中学校ごとに係員が誘導して参加者を退場させた。参加した大学生の中崎遥香さんは「一つひとつの行動に責任を持っていきたい」と、20歳の抱負を述べた。 千葉ロッテ・木村投手がサプライズ 土浦 土浦市の式典は、同市東真鍋町のクラフトシビックホール土浦(市民会館)で開かれ、847人が出席した。 会場前の広場は、参加者らが滞留しないように入場規制が敷かれ、市職員や警察官らが酒類やのぼり旗の持ち込みを警戒した。時折のぼり旗を掲げた改造車が会場付近に数台現れたが、大きな混乱は見られなかった。 式典で安藤真理子市長は、新成人が中学・高校の頃はコロナ禍で、部活動や学校行事などが制限された件に触れ「これまでの難局を乗り越えてきた皆さんは、すでに壁を打ち破る力をもっているはず」「どうか自分の力と可能性を信じて、未来を築き上げていってください」とエールを送った。 出身中学校恩師からのビデオメッセージの後、同市出身で千葉ロッテマリーンズの木村優人投手から「20歳になり、自分も含め自覚と責任を持ち、子どもたちの模範となり、夢を与えられるように共に頑張っていきましょう」とのビデオメッセージがサプライズとして流された。その直後、場内にいる木村投手が紹介されると、場内から歓声が上がった。 代表謝辞で長田舜さんは、コロナ禍での辛い学校生活に触れ「困難な状況だからこそ、支えてくれる人がいることの大切さやありがたさに気づかせてくれました」と感謝の意を示し「今度は私たちがここ、土浦で受けた愛情をこれからの世代へ伝えていく事を約束します」と誓いの言葉を述べた。 参加した、両親がスリランカ出身で同市生まれの大学生、サケンタ・ペレラさんは「将来は科学の分野の仕事を目指している」と語った。専門学校に通う知久心愛さんは「将来は美容師になっていっぱい稼ぎたい」などと抱負を述べた。(崎山勝功)