月曜日, 10月 12, 2026
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英会話で謎解きゲーム 土浦一高付属中の実践的英語学習

英語教育に力を入れる土浦一高付属中学校(土浦市真鍋、中澤斉校長、生徒数80人)で12 日、外国人と英語のやりとりをしながら謎解きに挑む、初企画の授業が行われた。今春開校したてで1年生ばかりの生徒全員が参加、クラスごとに40人の生徒が4人1組になって、英文の冊子を手がかりに英会話で容疑者探しや聞き込み調査を行う学習に取り組んだ。

小学校5年から週1の英語学習を経験する今の学校教育、中学校では週5時間の英語の授業が組まれるが、付属中ではいきなり高校並みの60分授業となる。加えて理科や数学など他の科目にも英語の要素が盛り込まれて、歩く会などの校内行事の感想や意見を、英語で表現する。学校では独自プログラムを「+English(プラスイングリッシュ)」と呼び、英語発信力を養ってきた。

入学から半年強の学習の成果を実地に試すのが今回の企画。同校に派遣されているALT(外国語指導助手)のほか、ALT人材配置会社のインタラック関東(東京・銀座)所属の外国人講師2人が来校し、実践的な英会話でロールプレイングゲーム仕立ての授業を展開した。

お宝の「黄金の蓮根の彫刻」を失ったという外国人の訴えを聞いて、4人は2組に分かれ、調査に乗り出す。地図やヒントの詰まった冊子から容疑者を探したり、学校やスーパー、駅、病院、市役所などのスポットに向かい聞き込みをする。オンラインで結んだ10人の登場人物がネーティブな英語で生徒の質問に答える。

日本語でやっても難しそうなゲームで、お宝探しか容疑者探しか、絞り込めないまま、中学生らは右往左往。2クラス各1時間のチャレンジとなったが、正解にたどり着く道筋がなかなか見つけられなかった。

松橋隆太郎さんは「消防隊員の話を逆に受け取ってしまった。難しかった」と残念がり、同じチームの塚原雫さんは「全然ダメだったけど、すごく楽しかった」と素直な感想を述べた。

指導したインタラック社の講師、シャー・ケインさん(36)は「お宝が見つかったら最高だけど、そこに至る過程がより大事。英語を通じ仲間が団結してチャレンジしていく姿勢がすばらしい」と意義を語る。

指導するケインさん(左)とのやり取りもすべて英語=同

中学校の英語担当教師、山口健作さんは「個人差はあるけど高いモチベーションを持って入学してきた生徒たちで、すでに英検2級を取った子もいる。でも教室と実践の場はまた違うということが今回よく分かったと思う。その意味でいい経験になったし、互いに高め合っていくためのいい機会になった」と講評した。(相澤冬樹)

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