つくば国際戦略総合特区事業の1つ、次世代がん治療法「BNCT」(ホウ素中性子捕捉療法)の開発実用化プロジェクトで、筑波大学と高エネルギー加速器研究機構は11月から、いばらき中性子医療研究センター(東海村白方)に設置した照射装置・実証機で非臨床試験を開始する。
同特区事業は2011年12月にスタートしており、プロジェクトは10年目にして、ようやく装置の薬事承認申請を行うために必要となる「治験」の前段階にたどりついた。iAc、ステラファーマ、日立製作所、千代田テクノル、NAT、新日本科学の関連各社が協力する。
コンパクトな加速器、安全性確保に腐心
BNCTは、がん細胞に選択的に集まる特性を有するホウ素薬剤をあらかじめ患者に投与し、中性子線を照射して、がん病巣を選択的に破壊する放射線治療。がん細胞内のホウ素は中性子と核反応を起こして、アルファ線などを発生する。発生した粒子は人間の体の中では10マイクロメートル(細胞1個分の大きさ)以下しか飛ばないため、ホウ素を取り込んだがん細胞だけが破壊され、正常細胞は温存されるという原理による。
難治性の頭頸部(とうけいぶ)がんや悪性脳腫瘍などの治療法として有力視され、長年研究されてきた。2011年3月以前は中性子の発生源に、東海村にあった実験用原子炉などが用いられたが、実用化に向けては病院にも設置できるよう、小型化と安全性が求められた。特区事業では加速器ベースの中性子源の導入が図られた。
リニアック(線形加速器)で陽子を加速し、標的にぶつけて中性子ビームを発生させる。設計の段階から開発に携わったのが、筑波大学陽子線医学利用研究センター、熊田博明准教授(医学医療系生命医科学域)だ。加速器を一式組み立ててから、非臨床試験に使える状態まで改良した装置は、つくば型BNCT用照射装置・実証機(iBNCT001)と名付けられた。
エネルギー8メガ電子ボルト、平均電流約2ミリアンペアで陽子を加速し、厚さ0.5ミリのベリリウムに照射して中性子を得る。加速管のサイズは長さ約8メートル、直径は1メートル以下で、設置面積は40平方メートルに満たない。中性子ビームは別室で生体に照射される。
このコンパクトな加速器は、同じ東海村にあるJ-PARC(大強度陽子加速器施設)のリニアックよりも3倍以上も大きい平均電流のビームで稼働させることになる。大電流化と安定性を同時に確保するため、高度化と調整に多くの時間が費やされたそうだ。さらに、治療に伴う装置等の放射化(治療に伴い装置そのものが放射線を出すように変化すること)を低減し、患者や医療者に対する安全性にも配慮している。
今回実施する非臨床試験は、小動物(マウス)に対する照射試験により、iBNCT001が発生する中性子ビームの生体に対する安全性とホウ素薬剤と組み合わせたときの安全性や有効性を確認する。1週間のうちに数十匹のマウスに対する照射を複数、条件を変えて行い、その後、マウスを飼育して経過観察を繰り返す形となる。11月から開始し、2022年3月末に完了する計画だ。
その結果を踏まえて、装置の薬事承認申請を行ううえで必要となる臨床データを取得するための「治験」段階に移り、実際の患者に照射を実施する臨床試験を行う。
熊田准教授は、「物理工学分野の人間としては、まずは医療用装置として、発生する中性子ビームが設計通りに生体に対して安全であることをみたい。当時の設計が適切であったことを生物学的に確認できれば良いと思っている」とコメントしている。(相澤冬樹)