火曜日, 11月 3, 2026
ホームスポーツ五輪スイス選手団をコロナ禍サポート 筑波大生たちの「熱い夏」

五輪スイス選手団をコロナ禍サポート 筑波大生たちの「熱い夏」

東京オリンピックを共に戦った筑波大生の「熱い夏」が終わった。事前合宿からスイス選手団のサポートに当たった学生スタッフたちだ。新型コロナの感染対策からソーシャルディスタンス以上の距離を保ちながら、選手とのコミュニケーションを取り続けた。スタッフの一人は「競技に出たい人、サポートをする人がいて初めて実現されたオリンピックであることを身をもって実感した」と振り返った。

「精力善用」「自他共栄」の理念で

筑波大学では7月14日から8月2日の約3週間、オリンピックに出場するスイス選手団の事前合宿のサポートをしてきた。受け入れた競技は、マウンテンバイク、柔道、陸上競技。指導者やトレーナー含めて約50人が筑波大学を訪れ、学生のサポートを受けながら、五輪本番前の最終調整を行った。

スイス柔道チームは、女子52キロ級と男子73キロ級の選手各1人と監督、トレーナー含め、計10人が7月に来日。当初は学生が練習相手を務める想定だったが、新型コロナ感染防止対策から「受け」と呼ばれる稽古相手も一緒に来日していた。大学武道館内の道場や学内ループ、中央体育館のトレーニングジムで汗を流した。

大学側のサポートスタッフは、オリンピック・パラリンピック推進室の職員を中心に学生を加えた計13人だった。7月14日から1週間にわたって、毎日5人ほどで交代しながらサポートを務めた。大学柔道部からは、石本結菜さん(19)とアマンダ・コスタ・ドレッザさん(29)ら3人がスタッフとして選ばれた。感染防止対策でスイス選手団とは常に2メートル以内には近づかず、必ずマスクを着用しなければならなかったが、最低限のコミュニケーションをとる必要から、ドイツ語や英語を話せるスタッフとして加わった。

スイス選手団をサポートしたアマンダさん(左)と石本さん=筑波大学武道館

柔道場には、柔道の父、嘉納治五郎の肖像が唱えた理念「精力善用」「自他共栄」の額と共に掲げられている。大学の前身である高等師範学校の校長で、アジアで初の国際オリンピック委員会委員も務めた。この理念がコロナ禍のサポートにも通じる心得になった。

主なサポートは、道場などの練習場所の消毒と掃除。柔道場ではスイスチームの使用前後に1時間ずつ掃除をした。選手団らが通行可能な道や使用可能なトイレなども限られていたため、道案内なども行った。

選手の飲み物は、基本的にホテルで用意されたものを持ってくるようにしていたが、足りない時などは選手からお金をもらいスタッフが武道館内の自販機に買い出しにいくこともあった。選手たちが飲むスポーツドリンクには好みがあり、一度に3本頼まれたこともあったそうだ。

選手団は毎日、スタッフはサポートの頻度によって毎日から週に1回、PCR検査を行っての事前合宿となった。石本さんによると、そのような厳重な感染対策を講じながらのサポートを受けた選手団の中には、「安心して練習できた一方で、もっと日本の人と交流したかった」ともらす選手もいたそうだ。

きめ細やかなサポートへの感謝の気持ちを表すかのように、選手らはスタッフに対して距離を保ちながらも気さくに話しかけてくれただけではなく、サインまで快くしてくれたそうだ。筑波大での柔道チームの最後の練習日には、道場で集合写真を撮り、スイス選手団からは大学での最終日に、スタッフ全員に傘がプレゼントされた。

アマンダさんは「スタッフに選ばれたときはうれしい反面、不安もあったが、柔道という同じスポーツを通してオリンピック選手やほかのスタッフと関わることができ、将来に活きるいい経験になった」と話した。(武田唯希)

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