火曜日, 6月 16, 2026
ホームスポーツ土浦三 接戦制す 土浦日大、霞ケ浦は完封【高校野球’21】

土浦三 接戦制す 土浦日大、霞ケ浦は完封【高校野球’21】

第103回全国高校野球選手権茨城大会は18日、3回戦8試合が4球場で行われた。土浦・つくば勢は、2回戦でシード校を破った土浦三が勢いに乗り、取手一を2ー1で下した。シード校の土浦日大は水戸葵陵を3ー0、霞ケ浦は藤代紫水を8ー0といずれも完封し、4回戦に進んだ。

笠間市民球場の第2試合、土浦三と取手一は2-1で土浦三が接戦をものにした。強打を誇る取手一に対し、先発の佐藤春汰が5回まで無失点という粘りの投球。リリーフの前田隼利も2回戦の境戦に続く好救援を見せた。

「先発の佐藤が5回まで頑張ってくれたことが勝因。今日の相手には彼のボールが有効とにらんだ。チームは2、3回戦とも120点の出来。選手が勢いに乗ってくれ、いい試合をしながら成長している」と坂本佑真監督。

捕手の田口雄大主将は「佐藤は球速よりも投げ分けで勝負するタイプ。ボール1個分2個分の出し入れができる。緊張していたので、ストライクを入れて打たせていこうと声を掛け、リラックスさせた」。

佐藤は5回まで2安打1死球で取手一打線を抑えたが、6回、先頭の橋本にソロ本塁打を打たれ、その後無死一・二塁とされたところで交代。救援の前田は続く3人を打ち取り火消しに成功。7回には3連打を浴びるが、左翼手・前沢隆史や二塁手・藤田寛大の好守にも助けられ、得点を許さなかった。

「前田はシンカーのキレが良かった。後半は疲れてきて腕が上がらなくなったが、ストレートに切り替えながら打ち取ることができた」と田口主将。

打線は取手一のエース塩入に4回まで1安打に抑えられていたが、5回に攻略。6番 高城魁斗が中前打で出塁し、8番 田口の中前打にエンドランをかけ1死一・三塁、1番 藤田の中前打で待望の先制点を奪った。

6回には追加点。4番 渡辺優斗、5番 中村翔太がともにピッチャー返しで2死一・二塁、7番 前沢の打球が三遊間を抜き、1点を追加した。「足をからめた攻撃は練習の成果が出せた。6回の攻撃ではライナーで野手の間を抜くバッティングをみんなが徹底してくれた」と田口主将。

6回裏、追加点の殊勲打を放った前沢が一塁上で仲間とグータッチを交わす

これで古豪復活を印象付ける4回戦進出。坂本監督は今春の就任以来「もともと打撃は良かったが、守備のミスから失点していた」と、守備の強化に力を入れてきた。特に注意したのがランナーを出した後のプレーや、2死から失点せず、切り替えてあと1個アウトを取ることなど。その成果が形となって表れ始めているという。(池田充雄)

ノーブルホームスタジアム水戸の第1試合は、土浦日大が水戸葵陵を3ー0で下した。

J:COMスタジアム土浦の第1試合は、霞ケ浦が藤代紫水を8ー0で完封した。

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マリリン・モンロ一は生きている《映画探偵団》101

【コラム・冠木新市】つくば駅のバス停留所ベンチから見上げるセンタービルの景色が好きだ。正確にはホテル日航つくばだが、ここにはマリリン・モンロ一が生きている。設計者の磯崎新は、モンロ一の身体をかたどったモンロ一定規を作り、このビルにモンロ一の身体の曲線(モンロ一カ一ブ)を組み込んだ。だからセンタービルは、マリリン・モンロ一の象徴ともいえる。 モンロ一が好きな人は、センタービルが好きだと思う。だが、ここで問題がある。映画の金髪で少しおバカさんのキャラクタ一が好きか?女優モンロ一の生き方が好きか?で分かれると思う。私はどちらも好きなのだが、映画のキャラクタ一が嫌いな人は、センタービルは苦手なのではなかろうか。 今年6月1日、モンロ一は生誕100周年を迎えた。1月に「北条芸者ロマンの唄が聞こえる」を公演したあと、モンロ一のイベントを予定していたが、急きょサンフランシスコ講和条約75周年記念の詩劇コンサート「憎しみは愛によって止む」が飛び込んで来て、企画を延期することにした。 私がモンロ一を評価するのは、演技は別にして、原水爆を嫌悪した女優だからだ。また、同じ役どころしか与えない映画会社に抵抗して、モンロ一プロダクションを作り、独自に映画製作に乗り出したことだ。「モンロ一は戦う芸術家」なのである。 1954年、新婚旅行で来日した際、広島で原爆ドームから原爆記念館、原爆傷害調査委員会を訪れ、何度もため息をついたという。米国が落とした原爆の現実を知り、反対の思いを抱いたと思われる。 M・モンローの「バス停留所」 モンロ一プロダクションの第1作は「バス停留所」(1956)だ。クラブ歌手シェリーが酒場で唄う場面があるが、ヘタクソなのだ。いや、ヘタに唄っているのだ。ヘタクソに唄うことがどれほど難しいことか。モンロ一の演技力に驚かされる。 また、作品中に自分の人生を暗示してもいる。シェリーは同僚に1枚の地図を見せる。そこには赤い一本の線が引かれ、生まれた場所から、ハリウッドまで一直線で結ばれている。シェリーはハリウッドの女優を目指していた。しかし、ラストではその路線を拒否し、牧童の妻になる道を選ぶ。 もう一つ語っておこう。「バス停留所」は、山田洋次監督の「男はつらいよ」シリーズに強く影響を与えている。第1作で、おいちゃん(森川信)が寅さん(渥美清)にげんこつを加える場面が出てくる。これの元ネタと思える場面が「バス停留所」にある。さらに、寅さんと恋仲になるクラブ歌手リリー(浅丘ルリ子)の元ネタは「バス停留所」のシェリーではないのか。 磯崎新と山田洋次は東大同級生 となると、日本的なものは排除して造られたセンタービルには、寅さんの影がほのめく。磯崎新と山田洋次は東大で同級生だった。センタービルのモンロ一と寅さんはオーバーラップしている。 渥美清は浅草六区の小屋出身の芸人。浅草六区の礎を作った根岸浜吉は旧筑波町の小田出身。筑波と浅草は歴史的に縁がある。つくばエクスプレスで浅草と結ばれている。35年近くセンタービル付近を観察していると、つくばは浅草化して庶民的な雰囲気になってきているように感じてならない。 つくば駅バス停留所で待ち合わせしていて、そんな妄想が次々と湧いてきた。これから、「世界のつくばセンタービル物語/マリリン・モンロ一は生きている」(仮)の打ち合わせがある。サイコドン ハ トコヤンサノセ。(脚本家) <映画とお話:つくばセンタービルについて>・日時:6月27日(土)午後1時〜3時、参加費無料・場所:つくばカピオ小会議室2・主催:一般社団法人スマイルアップ推進委員会・次回作のスタッフ・キャスト募集中

つくばエリアの「独立」を考える《吾妻カガミ》220

【コラム・坂本栄】人口が増えている「つくばエリア」は人口が減っている県から独立し、独自の行政区を結成したらどうか、と私は考えています。5月、この持論を補強する情報が二つ飛び込んできました。一つは、つくば市の人口が水戸市を抜いたというニュース。もう一つは、日本経済新聞電子版の「政令市が道府県から独立…」というタイトルの記事です。 下り坂の県と上り坂のつくば つくば市の人口が水戸市を上回ったとの国勢調査速報は、皆さんご存知と思います。本サイトの記事「つくば市の人口、水戸市を抜いて…」(5月29日掲載)によれば、「つくば市の昨年10月1日時点での人口は26万8991人となり、水戸市の26万5773人を3218人上回って、県内一に…」なりました。 同じ調査で分かった県全体の人口減、つくば市の人口増(水戸とつくばの人口逆転はこのシンボリックな表現)は、水戸を拠点にして県全体を見ている県庁をおかしな行動に走らせています。少子化を踏まえて県立高のリストラを進める県が、つくばエリアの児童増に目配りせず、同エリア内での県立高新設を渋るのもその一つでしょう。 私はこういった傾向を「下り坂の県」と「上り坂の市」と定義、139「…のおはなし」(22年8月15日掲載)の中で、「県と市が置かれている状況と方向が違うのだから、つくば市は県から『独立』したらどうか」と提案しました。さらに、202「つくばの県立高問題は動く?」(25年2月17日掲載)では、「…『上り坂』のつくば市を中核とする人口50万人以上の政令指定都市を設け、『下り坂』の県から『独立』するアプローチも考えられます」と書きました。 政令指定都市による独立構想でイメージしていたのは、神奈川県における横浜市(県庁所在市)や宮城県における仙台市(同)などの大都市です。つくば市に県庁は存在しませんが、県庁所在市は政令指定都市の必要条件ではありません。 「特別市」という独立の形 驚いたのは、日経電子版の「政令市が道府県から独立、『特別市』再び議論…」(2026年5月27日19:00)という見出しの記事です。そのリードでは「地方制度調査会(地制調)は2027年度中にも『特別自治市(特別市)』の制度に関する答申をまとめる。…大都市を県から独立した位置づけにする特別市について税のあり方などを検討する」と報じています。 県内の政令指定都市(人口要件50万以上)は県の行政下に置かれますが、「特別市」の行政権限は県から切り離され、より強い形で独立できるそうです。国レベルでいえば、イタリア国内にあるバチカン市国のイメージでしょうか。川崎市(非県庁所在市)の福田紀彦市長のコメント「地域での核となる都市を成長させ、多極分散型を実現することで日本全体にも効果を還元できる」は、とても説得力がありました。 つくばエリア(県の分類では、つくば、土浦、つくばみらい、守谷、牛久、常総、下妻の7市)の人口は合計約70万ですから、政令指定都市になる条件を満たしています。でもそこにとどまらず、一気に「特別市」に移行(県から完全に独立)、北関東の「核都市」を目指すのも面白いと思います。(経済ジャーナリスト、坂本栄)

名門バレエダンサーが直接指導 子供たちが基本動作に挑戦 つくば

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2026年初夏の裏磐梯《鳥撮り三昧》10

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