火曜日, 6月 16, 2026
ホームスポーツ「不足していた糧が満ちてきた」土浦日大 小菅監督【高校野球'21】

「不足していた糧が満ちてきた」土浦日大 小菅監督【高校野球’21】

土浦日大はこの夏をどう迎えるのか。秋はまさかの県大会初戦で敗退、春は準優勝の常磐大高に準々決勝でタイブレークの末に惜しくも敗退した。小菅勲監督(54)に大会への意気込みやコロナ禍がチームづくりにどう影響したかなどを語ってもらった。

厳しいゾーン、身が引き締まる

ー組み合わせですが、常総学院ゾーンに入り、霞ケ浦も同じゾーンになりました。そのほかに好投手を擁する多賀や水戸葵陵などの中堅私学が入っています。まず、このゾーンに入った所感をお聞かせ願います。

小菅 厳しいゾーンです。非常に身の引き締まる思いがします。私は毎年、何回戦でどこと当たるといったことはほとんど見ないで大会に臨みます。勝ち上がりの予測が外れることも少なくありません。初戦、もし多賀高校さんが勝ち上がってきますと、神永耀生投手(3年)と対決することになります。去年常総学院に投げ勝った良いピッチャーです。そのほかに川井虹投手(3年)も良いボールを放っています。

ー右の好投手2枚に対して何か対策は考えていますか。

小菅 県内の好投手の情報は、年間を通してチーム内で共有し、対策を練っています。当然その中に神永君も入っていました。それを確認し直したいと思います。昨今はカット系、チェンジアップなどの特殊球を多投する投手が多いので、練習試合の中で対応してきました。選手はそういうピッチャーに対応しなければ勝てないということはよく分かっていますので、それをもう一回おさらいし、再認識するということだと思います。

負けに不思議の負けなし

ー秋の県大会初戦の敗戦から冬場はどのように過ごしてきましたか。

小菅 秋に初戦で負けたことは絶対にその原因がある。“負けに不思議の負けなし”で、時間をかけて修正をしてきました。ようやくこの春になって、こちらが感じている以上に自分を「重くして」しまう選手が多くて、逆境の時に見せる姿が分かるようになってきました。逆境をはね除ける糧が、昨年からのコロナ禍で足りないと思っています。これまで、去年1年の真剣勝負の積み重ねが欠落していました。春の大会の戦績は満足できるものではありませんでしたが、ようやくここに来て不足していた糧が満ちてきた感があります。チームにもまとまりが出てきました。全員で、大会の時ももっと良い声掛け、あるいは結束が出来ると思っています。チーム力としては、十分に優勝の可能性があると信じています。特に野手は能力の高い選手がいます。“大会を通して成長を果たしていく”のが優勝チームだと思います。1イニング1イニング、一戦一戦で成長していきたいです。その姿を見ることが楽しみです。

エース左腕の小谷野=J:COMスタジアム土浦

エースは小谷野、3人で回す想定

ー戦力について伺います。夏はどのような布陣になりそうでしょうか。

小菅 昨秋にベンチ入りしていなかった小谷野奨大(3年)がエースナンバーを着けます。2番手、3番手の山田奏太と河野智輝は2年生です。秋からはレギュラーが2~3名入れ替わり、背番号二桁の選手も秋から4~5名入れ替わりました。チーム全体で「切磋琢磨」ができました。

ー小谷野投手はどんなタイプの投手ですか。

小菅 左投げで180センチです。大柄な割に制球力がよくて,ストレート、カーブ、スライダー、チェンジアップを満遍なく操れるピッチャーです。

ー秋に1番をつけていた山田投手はどんな調子でしょうか。

小菅 ここ3カ月くらいでかなり成長してきました。彼もボールの勢いで勝負するタイプではなく、コントロールや試合をつくる能力と、強気なピッチャーなのでピンチでも向かっていける要素を持っています。ベストな状態で臨めると思います。身長も伸びて170センチ後半になったと思います。以前は少しぽっちゃり系だったのですが、この3カ月くらいで体脂肪もコントロール出来てきて、その分ボールのキレも増したように思います。

ー河野投手はどのようなタイプの投手ですか。

小菅 右サイドスローです。落ち着いていて淡々としたピッチャーです。大体この3人で回す想定ですが、4人目には、この数週間でいちばん調子の良いピッチャーを入れたいと思います。

ー秋はたくさん下級生がベンチ入りしていましたが、夏は3年生が入ってくるのでしょうか。

小菅 やはり3年生が巻き返し、夏は3年生が増えました。20人中15~16人くらいが3年生になるのではないでしょうか。

キャプテンの芹澤。昨年の独自大会=ノーブルホームスタジアム水戸

去年秋は衝突、産みの苦しみを経験

ー野手陣について伺います。下級生の時から中心選手であった菅野と芹澤、1年夏からスタメンを張っている吉次悠真が春の大会では2番、3番、4番と上位を打っていました。3選手が特に注目を浴びていますが、各選手の状態を具体的な数字などを交えて教えてください。

小菅 正確な本数を把握していませんが、菅野と芹澤は通算本塁打が20本弱で同じくらいの数字だと思います。吉次は一桁台です。トーナメントで求められるのは“勝負強さ”です。“一球入魂”の精神です。あまり本塁打数などは求めていません。本人の励みにしてもらう程度です。まずけがなくここまで来ているというのが良い材料です。菅野と芹澤の2人でチームを引っ張っています。去年の秋にはお互いに衝突したり、冬の間は口論したりと産みの苦しみを経験しました。それだけ2人でチーム作りを真剣にやっているという証拠です。今は同じ方向に向かっています。非常に頭の良い子たちなので、2人でしっかりと考えてチーム作りをやってきたと感じています。後は責任を背負いすぎないようにして欲しいなと思います。今のところは心身ともに充実していると思います。

ー菅野は何球団かスカウトがチェックしに来たという話があります。

小菅 巨人と楽天、中日が来ました。菅野は183センチで90キロと恵まれた体格でありながら100メートル走を12秒切るスピードがあります。そういうデータを知っているので追っているのでしょう。現状では大学経由などワンクッション置いた方がいいでしょうとスカウトも言っていますし、私もそう思います。本人もその辺は理解しています。補強ポイントとして見に来るチームもいるということです。

プロが注目する菅野。昨年の独自大会=ノーブルホームスタジアムk水戸

ー春の大会で1番を打っていた武田優輝と5番の荻原康誠はどのような選手ですか。

小菅 武田は非常にガッツマンでチームのリードオフマンにふさわしい人間です。2年生ですけれども、よく声が出て元気がある。芹澤と二遊間でコンビを組んでいますが、いい「化学反応」を起こしています。時には芹澤が武田に引っ張られながらやっている感じもあります。荻原は学習成績もトップクラスで、練習も一番やる模範中の模範の選手です。自分の真面目さを貫き通して自己を確立してきました。この3カ月くらい試合でも打っていますし、荻原が打って助かった、救世主となった試合が数多くあります。

ーそれでは5番は荻原で決まりですか。

小菅 候補の一人ではありますが固定はしません。警戒される芹澤・菅野の後を打つ重要な役割でありますから、候補は何人かいます。ケースバイケースで決めます。

ーほかに調子が上向きの選手はいますか。

小菅 去年から出場していましたが、中村陸人(3年)です。足も速いです。紆余曲折あって自己が確立できていない時期もありましたが、最近ようやく夏の大会に勝つんだという気持ちが見えるようになってきました。後は高内大翔(3年)ですね。この選手も気持ちの浮き沈みがありました。自分の路線、役割、あるべき姿を確立するのに時間がかかったのですが、ここ2週間ほど非常に良い状態でして期待しています。また大島優太朗(3年)という選手も調子が上がってきました。うちの選手はみんな真面目なんですが、彼は大らかなタイプです。チームの中に一人や二人、考えすぎないような選手がいると良いスパイスになるので期待しています。

ー1年生はどのような状況ですか。

小菅 1年生は促成栽培せずにゆっくりつくっています。秋に照準を合わせてじっくりと仕上げようと話しています。コンセプトも理解してくれて、主体的に練習に取り組んでいます。

土浦日大出島グラウンドにて

感謝の気持ちあふれてる

ーコロナを経験してチームの取り組みとして変化はありましたか。

小菅 まず3年生は「今年は選手権ができて本当にありがたい」という気持ちがあふれています。やはり去年の3年生を目の当たりにしていますから。この間保護者会の壮行会があって、保護者の前でキャプテンの芹澤があいさつをしていました。「本当に大会が開催されることに感謝しています」と言っていました。本音だと思います。後は、このチーム、この世代は仲が良い。3年生のチームワークが非常に良い。皆で頑張って甲子園に行こうよという感じは出ています。なおさらいろいろと制約された中で練習や練習試合をやってきました。本当に練習試合が厳しかったんです。うちはよくても相手がキャンセルを申し出る。直前の金曜日にお互いにやっぱり行けない。本当にいろいろなところと情報交換しながらも、毎週欠かさずになんとか練習試合ができました。有り難かったです。

心は熱く、頭は冷静に

ー最近見た試合で、選手同士が「おおらかに、おおらかに」と声を掛け合っていました。何かきっかけというか、こういう声掛けをするようになった理由はあるのでしょうか。

小菅 私は常日頃から野球はガツガツとやるものではないと言っています。人によっては野球を格闘技に例えたりしますよね。一瞬一瞬のプレーではボルテージが上がりますが、特にバッティングなんかではおおらかさを忘れてしまうとがっついてしまうので、頭は常に冷静にすることを大事にしています。そういったことでおおらかにという声掛けが出るのかもしれません。心は熱く、頭は冷静に、一言で言うとおおらかにとなると思います。

ーこれをチームのテーマとして取り組んでいるのでしょうか。

小菅 自然とテーゼとして流れています。ゲームの時も、選手だけで集まってピッチャーのこと、配球のことを言い合っています。頭は冷静でおおらかさを失うと実のある打ち合わせはできないですから。相手を分析する面など、野球偏差値もかなり良い感じに高まってきています。

ー去年のインタビューでは球速を上げたり投球を改善するために一貫して取り組んでいることがあるということでした。現在でもこの点は変更がありませんか。

小菅 一貫して取り組んでおります。毎月ラプソードを借りて回転数や変化球の精度を計測して「ピッチトンネル」を測っていますし、成果があったと確信しております。

ーピッチトンネルとはどのようなものですか。

小菅 同じ球筋、同じトンネルを通過してから変化させるのが有効という考えのもとにボールの軌道を修正する作業です。当然カーブのように目線を上げる球種もあるのですが、力んだり抑えてやろうとなるとなかなか上手くはいきません。同じ球筋を通ってから変化するという、大きく曲がりすぎることがないように意識しながらやっております。

ー今大会は球数の制限はどのようになっているのでしょうか。

小菅 1週間500球で、試合日を起点として前1週間です。決勝戦を起点として4回戦からの4試合が問題になると思います。去年準々決勝までいった時に球数を見せられて(前1週間が)300球程度だったので、この調子でいくと決勝戦で球数制限を超えるんだなと感じました。高校野球はトーナメントです。勝たないと明日がありません。流れと試合展開をよく見ながら、500球ルールに対応していきたいと思います。

ー木内幸男監督が昨年11月にお亡くなりになりました。小菅監督は、甲子園を制覇を果たした1984年の取手二高の優勝メンバーでした。木内監督から受け継いだことや思いなどをお聞かせ願います。

小菅 最後に会ったのは亡くなられる1年ほど前でお元気でした。いつものようにずっと野球の話を興味深くされていました。木内監督から学ばせて頂いたことは1冊の本になると思います。お亡くなりになられてとても残念ですが、悲しい気持ちを決意に変えていきたいと思っています。大事なのは木内監督の遺志を継いで、次の世代の者が高校野球を発展させていくことです。木内監督の気概、「甲子園で勝つ事が教育になる」ーを胸に刻んで励んでいきたいと思います。(聞き手・伊達康)

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho




spot_img

最近のコメント

最新記事

マリリン・モンロ一は生きている《映画探偵団》101

【コラム・冠木新市】つくば駅のバス停留所ベンチから見上げるセンタービルの景色が好きだ。正確にはホテル日航つくばだが、ここにはマリリン・モンロ一が生きている。設計者の磯崎新は、モンロ一の身体をかたどったモンロ一定規を作り、このビルにモンロ一の身体の曲線(モンロ一カ一ブ)を組み込んだ。だからセンタービルは、マリリン・モンロ一の象徴ともいえる。 モンロ一が好きな人は、センタービルが好きだと思う。だが、ここで問題がある。映画の金髪で少しおバカさんのキャラクタ一が好きか?女優モンロ一の生き方が好きか?で分かれると思う。私はどちらも好きなのだが、映画のキャラクタ一が嫌いな人は、センタービルは苦手なのではなかろうか。 今年6月1日、モンロ一は生誕100周年を迎えた。1月に「北条芸者ロマンの唄が聞こえる」を公演したあと、モンロ一のイベントを予定していたが、急きょサンフランシスコ講和条約75周年記念の詩劇コンサート「憎しみは愛によって止む」が飛び込んで来て、企画を延期することにした。 私がモンロ一を評価するのは、演技は別にして、原水爆を嫌悪した女優だからだ。また、同じ役どころしか与えない映画会社に抵抗して、モンロ一プロダクションを作り、独自に映画製作に乗り出したことだ。「モンロ一は戦う芸術家」なのである。 1954年、新婚旅行で来日した際、広島で原爆ドームから原爆記念館、原爆傷害調査委員会を訪れ、何度もため息をついたという。米国が落とした原爆の現実を知り、反対の思いを抱いたと思われる。 M・モンローの「バス停留所」 モンロ一プロダクションの第1作は「バス停留所」(1956)だ。クラブ歌手シェリーが酒場で唄う場面があるが、ヘタクソなのだ。いや、ヘタに唄っているのだ。ヘタクソに唄うことがどれほど難しいことか。モンロ一の演技力に驚かされる。 また、作品中に自分の人生を暗示してもいる。シェリーは同僚に1枚の地図を見せる。そこには赤い一本の線が引かれ、生まれた場所から、ハリウッドまで一直線で結ばれている。シェリーはハリウッドの女優を目指していた。しかし、ラストではその路線を拒否し、牧童の妻になる道を選ぶ。 もう一つ語っておこう。「バス停留所」は、山田洋次監督の「男はつらいよ」シリーズに強く影響を与えている。第1作で、おいちゃん(森川信)が寅さん(渥美清)にげんこつを加える場面が出てくる。これの元ネタと思える場面が「バス停留所」にある。さらに、寅さんと恋仲になるクラブ歌手リリー(浅丘ルリ子)の元ネタは「バス停留所」のシェリーではないのか。 磯崎新と山田洋次は東大同級生 となると、日本的なものは排除して造られたセンタービルには、寅さんの影がほのめく。磯崎新と山田洋次は東大で同級生だった。センタービルのモンロ一と寅さんはオーバーラップしている。 渥美清は浅草六区の小屋出身の芸人。浅草六区の礎を作った根岸浜吉は旧筑波町の小田出身。筑波と浅草は歴史的に縁がある。つくばエクスプレスで浅草と結ばれている。35年近くセンタービル付近を観察していると、つくばは浅草化して庶民的な雰囲気になってきているように感じてならない。 つくば駅バス停留所で待ち合わせしていて、そんな妄想が次々と湧いてきた。これから、「世界のつくばセンタービル物語/マリリン・モンロ一は生きている」(仮)の打ち合わせがある。サイコドン ハ トコヤンサノセ。(脚本家) <映画とお話:つくばセンタービルについて>・日時:6月27日(土)午後1時〜3時、参加費無料・場所:つくばカピオ小会議室2・主催:一般社団法人スマイルアップ推進委員会・次回作のスタッフ・キャスト募集中

つくばエリアの「独立」を考える《吾妻カガミ》220

【コラム・坂本栄】人口が増えている「つくばエリア」は人口が減っている県から独立し、独自の行政区を結成したらどうか、と私は考えています。5月、この持論を補強する情報が二つ飛び込んできました。一つは、つくば市の人口が水戸市を抜いたというニュース。もう一つは、日本経済新聞電子版の「政令市が道府県から独立…」というタイトルの記事です。 下り坂の県と上り坂のつくば つくば市の人口が水戸市を上回ったとの国勢調査速報は、皆さんご存知と思います。本サイトの記事「つくば市の人口、水戸市を抜いて…」(5月29日掲載)によれば、「つくば市の昨年10月1日時点での人口は26万8991人となり、水戸市の26万5773人を3218人上回って、県内一に…」なりました。 同じ調査で分かった県全体の人口減、つくば市の人口増(水戸とつくばの人口逆転はこのシンボリックな表現)は、水戸を拠点にして県全体を見ている県庁をおかしな行動に走らせています。少子化を踏まえて県立高のリストラを進める県が、つくばエリアの児童増に目配りせず、同エリア内での県立高新設を渋るのもその一つでしょう。 私はこういった傾向を「下り坂の県」と「上り坂の市」と定義、139「…のおはなし」(22年8月15日掲載)の中で、「県と市が置かれている状況と方向が違うのだから、つくば市は県から『独立』したらどうか」と提案しました。さらに、202「つくばの県立高問題は動く?」(25年2月17日掲載)では、「…『上り坂』のつくば市を中核とする人口50万人以上の政令指定都市を設け、『下り坂』の県から『独立』するアプローチも考えられます」と書きました。 政令指定都市による独立構想でイメージしていたのは、神奈川県における横浜市(県庁所在市)や宮城県における仙台市(同)などの大都市です。つくば市に県庁は存在しませんが、県庁所在市は政令指定都市の必要条件ではありません。 「特別市」という独立の形 驚いたのは、日経電子版の「政令市が道府県から独立、『特別市』再び議論…」(2026年5月27日19:00)という見出しの記事です。そのリードでは「地方制度調査会(地制調)は2027年度中にも『特別自治市(特別市)』の制度に関する答申をまとめる。…大都市を県から独立した位置づけにする特別市について税のあり方などを検討する」と報じています。 県内の政令指定都市(人口要件50万以上)は県の行政下に置かれますが、「特別市」の行政権限は県から切り離され、より強い形で独立できるそうです。国レベルでいえば、イタリア国内にあるバチカン市国のイメージでしょうか。川崎市(非県庁所在市)の福田紀彦市長のコメント「地域での核となる都市を成長させ、多極分散型を実現することで日本全体にも効果を還元できる」は、とても説得力がありました。 つくばエリア(県の分類では、つくば、土浦、つくばみらい、守谷、牛久、常総、下妻の7市)の人口は合計約70万ですから、政令指定都市になる条件を満たしています。でもそこにとどまらず、一気に「特別市」に移行(県から完全に独立)、北関東の「核都市」を目指すのも面白いと思います。(経済ジャーナリスト、坂本栄)

名門バレエダンサーが直接指導 子供たちが基本動作に挑戦 つくば

アジアを代表する名門「香港バレエ団」所属のバレエダンサーが直接指導する「セキショウこどもバレエ教室」が13日、つくば市天久保、筑波大学中央体育館で催され、つくば市などに住む4歳から12歳の子供たち46人が初心者クラスと経験者クラスに分かれてバレエのレッスンを受けた。 バレエを通じて体を動かす楽しさを体感してもらおうと、関彰商事(本社 筑西市・つくば市、関正樹社長)が主催した。同社とつくば市が締結している「SDGsの推進に係る包括連携協定」に基づく事業として初めて開催し、同市が後援した。 同バレエ団に所属する香港出身のへネス・ユンさん(29)と、つくば市出身の関剛多さん(25)が来日し、優雅な演技を子供たちの間近で披露したり、基本動作を手ほどきしたり、音楽に合わせて一緒に踊るなどした。 初心者クラスには30人が参加。子供たちは、両足のかかとを付けてつま先を左右に開いてまっすぐ立つ「一番ポーズ」と呼ばれる基本姿勢に挑戦したり、つま先で立って小幅で足踏みしながら回ったり、ひざとつま先を伸ばして片足を上げるなど、バレエの基本動作に挑み、最後に、基本動作を組み合わせて音楽に合わせて踊るなどした。 友達3人で参加した市立竹園西小6年の筒井英(はな)さん(12)は「Kポップのダンスをやっているので、柔軟体操に生かしたいと参加した。つま先立ちが難しかったが、やってみたら興味がもてた」などと話していた。 子どもたちとの質問の時間も設けられ「きれいな姿勢を保つこつはありますか」との子供たちの質問に、へネスさんは「毎日毎日練習していると、きれいな姿勢になってくる。きれいな姿勢をしてないと体が痛くなることもある」などと答えていた。 指導した関さんは「バレエを通して、体を動かすことが楽しいと子供たちに伝えることができたら」と語り、へネスさんは「何かに興味をもつということは、楽しみだけでなく、自分の性格を知ったり、大人になった時の自分の芯をつくるものでもあると思う」と話していた。(鈴木宏子)

2026年初夏の裏磐梯《鳥撮り三昧》10

【コラム・海老原信一】4月下旬~5月中旬の3度の裏磐梯通いが、今シーズンの高原探鳥の始まりになりました。昨冬は雪が少なめでしたが、今冬はそれ以上に少なめでした。例年なら、残雪が低木を地面に押し付け、暖かくなった陽射しで雪が緩み、木々が軽くなった雪を跳ね上げる。その「バサッ」という音で季節の変わり目を感じたものです。 ところが、今年は大分勝手が違っていました。森に残雪はなく、木々は早くも薄緑の葉を茂らせ、森の見通しは効かない―すでに初夏そのものです。そうなると、不安が頭をもたげます。これじゃ~鳥が見えない、少し距離をとっての観察ができない、葉の茂る中からひょいと現れたらレンズを向ける暇もない、と。 その上、「今シーズンの夏鳥の飛来が少ない気がするなあ」との鳥見仲間の声も聞こえてきて、不安が一層募ります。森の入り口に立つとキビタキのさえずりが響いてくるはずなのにそれもなかったし、コサメビタキなどの姿も見ない、アオジがやぶ中を歩き回る姿もなかったし、と。 肩にした機材を重く感じながら、両側の緑が濃くなりつつある森の中の野鳥を探して、定められた散策路をいつもの観察場所へと向かいます。そこは森の高台に近く、視界が開けて木々の中腹が視線の高さに近いので、野鳥たちを見上げないで観察できる「よい場所」なのです。 14年ぶりに会えたノジコ さて、3度通った結果ですが、3度とも不安がそのままの結果となりました。今回ほど鳥たちの観察数が少なかった裏磐梯通いは、初体験です。さえずり声が聞こえないのは、「飛来数が少ないから縄張り争いが必要ないのだろうか」なんて考えました。 それでも、オオルリ、クロツグミ、コムクドリと、それぞれ一度だけですが会えました。それに、キビタキ、コサメビタキ、サンショウクイ、ゴジュウカラ、アカゲラ、オオアカゲラ、アオゲラ、ニュウナイスズメなども、数は少ないなりに観察できました。一方、ウグイスの元気さは別格です。あの「ホウー、ホケキョ」を聞くと元気が出ます。身を絞るようにしてさえずる様子は、生きるための必死さを感じます。 今回の裏磐梯行で最もうれしかったのは、14年ぶりに観察・撮影できた種に会えたことです。それはノジコ。アオジによく似た種で、降雪の比較的多い平地や山地の林に生息する種で、裏磐梯以外では奥日光で観察した記憶があります。「もう会えないだろう」と思っていただけに、うれしさは格別でした。(写真家)