水曜日, 3月 11, 2026
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コロナ禍の師走 学生らに食料支援 つくば

コロナ禍の師走、アルバイトが減って生活が苦しくなった学生や母子家庭などを支援しようと、つくば市内各地で、学生などに食料を無料で配布する支援活動が展開されている。

市民団体が松見公園に支援テント

つくば市天久保の松見公園に6日、支援テントが張られ、野菜やコメ、缶詰、日用品などが訪れた学生らに無料提供された。市民団体「学生応援プロジェクト@つくばーPEACE(ピース)」(冨山香織代表)が初めて実施した。

代表の冨山さん(39)は天久保で飲食店を経営する。「お店は、お客さんもバイト生もメーンは筑波大生。コロナ禍で学生が困っているという話を聞き、少しでも助けられればと開催した」と話す。

口コミやSNSで支援物資を募り、約20人が家庭にある食品や日用品を提供してくれた。カンパも5万円ほど集まり、マスクやカップ麺などを購入し、並べた。野菜は農民運動茨城県連合会(茨城町)が大根、白菜、ブロッコリー、ほうれん草、キャベツなどを寄付してくれた。わずか1週間ほどで100品目以上、段ボール20箱分が集まった。

無料配布の案内は、ツイッターで告知したほか、筑波大生が多く住む天久保地区周辺のアパートにちらしを1000枚配布した。当日は約20人のボランティアが無料配布を手伝った。

配布開始の午前11時から午後0時30分まで1時間半の間に、筑波大生や親子連れなど計約130人が訪れ、テントに並べられた野菜や日用品などを必要な量だけ持ち帰った。

筑波大4年の女子学生(22)はアパートに入っていたちらしを見て友達を誘って参加し、大根やブロッコリーなどの野菜を持ち帰った。「今年は前の年に比べてバイト収入が3割くらい減っている。これからも無料配布があればいい」と話した。

主催者の冨山さんは「こんなにたくさんの人が来てくれて驚いている。少しでも喜んでいただければいい」と語る。要望が多ければ年内にもう一度開催したい意向もあるという。次回の開催日時は、学生応援プロジェクト@つくば-PEACE-のツイッターで案内する。問い合わせはメールpeaceoftsukuba@gmail.com

お餅の無料配布 22日から障害者団体

障害者団体「つくば自立生活センターほにゃら」(つくば市天久保)は22日から、近隣に住む大学生や住民に、お餅の無料配布を行う。

障害のある人とない人の交流を目的に、同センターが開催してきた様々なイベントは今年、コロナ禍でほとんどが中止となった。1年最後の交流の場となる餅つき大会も断念したため、地域とのつながりを保ちたいと、年末にお餅を無料配布することにした。

センターの障害者メンバーは「この年末は帰省できない大学生も多いと聞く。お餅を食べて、少しでも正月気分を味わってもらえれば」と話す。

9月には市内の子ども食堂「竹園土曜ひろば」が主催した大学生対象の食品配布会に、同センターを会場として提供するなど協力した。コロナ禍でアルバイトの収入が減少した学生らがコメやインスタント食品を受け取った。

今回は、障害者らがついた餅をのして数日寝かせたものを配布する予定。配布日は22日から数日間。受け取り希望者は14日までに同センター(電話029-859-0590、メールcil-tsukuba@cronos.ocn.ne.jp)に申し込む。先着50人。

食事補助券2000円分支給 筑波大

筑波大学(つくば市天王台)では希望する学生に、学内の食堂などで利用できる食事補助券を2000円分支給した。当初は1000円分を支給する予定だったが増額した。カレー店やパスタ店を含む15の食堂などで利用できる。

食事補助券の配布は日本学生支援機構が行っている「新型コロナウイルス感染症対策助成事業」から交付された助成金(上限120万円)を活用した。他大学ではオンライン授業環境構築のため機器を購入した学生120名に1万円ずつを支給したり、一人10万円ずつ数名に給付したりするなどしている。他大学に比べ筑波大は、より多くの学生が恩恵を受けることのできる支援を選んだ形だ。

初回の申請期間では上限に達しなかったため追加募集が行われ、人数の上限に達した。筑波大学厚生会のホームページ「食事補助券支給者一覧」によれば、およそ600人に給付が行われた。既に支給は始まっており、学内ではチケットを受け取って喜ぶ学生の姿も見られた。

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がん治療で読んでおきたい本《ハチドリ暮らし》59

【コラム・山口京子】がん治療をする上で知っておきたい情報が整理されている3冊の本を見つけました。 最初のお勧めは「国立がん研究センターの がんになったら手にとるガイド」(国立がん研究センター・がん対策研究所著、小学館クリエイティブ)です。がんと診断されてからの検査、治療、生活、仕事、お金、体験談などがまとめられており、これからどうなるのだろうという不安に対して、見通しを立たせてくれる本です。 次のお勧めは「専門医が教えるガン克服の21カ条 ガンとわかったら読む本」(佐藤典宏著、マキノ出版)です。医師からがんと告知されたあと、患者本人がどのような選択をするのかによって治療の進展が違ってくるので、標準治療、非標準治療、西洋医学、東洋医学などにこだわらず、自分がよいと信じる治療法を組み合わせることがよいと書かれています。 また、告知されたときに知っておくべきこと、手術前にしておくべきこと、手術後に心がけるべきことなど、貴重なアドバイスが載っています。 恐ろしい「多重複合汚染」 3冊目は「がん患者3万人と向きあった医師が語る正直ながんのはなし」(西尾正道著、旬報社)です。この本では、がんと医療の問題を考える一つのきっかけとして、近藤誠医師(がん放置療法の提唱者)の主張の誤りを指摘しつつ、日本の医療の問題点を述べています。 また、放射線によるがん治療の意義と今後のがん医療の在り方、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)が日本の医療や食物の安全に与える影響、福島原発事故による放射性物質が健康に与える影響、低線量被ばくがもたらす健康被害などが語られます。 さらに、化学物質と放射性物質の「多重複合汚染」が子どもの発達障害の原因ではないかとの脳神経科学者・黒田洋一郎氏の指摘を読むと、がんの増加やさまざまな病気の原因に「多重複合汚染」があるのではないかと考えてしまいます。そして、放射線の核種と線量の公開を求めるなど、福島原発事故対策のあり方を明記しています。 1945年の原爆投下以来2000回以上と言われる核実験、チェルノブイリ原発事故、福島原発事故などで、健康被害が静かに進行しているのでは!(消費生活アドバイザー)

「第二の人生」という言葉《続・平熱日記》190

【コラム・斉藤裕之】そろそろ、燃やしても構わない1年分の紙切れをストーブにくべてしまおう。そう思って、封筒やレシートを一応広げてみる。すると、クリアファイルの中からちょっと懐かしいものが出てきた。それはスケッチブックの切れ端に生徒が描いた私の似顔絵。随分古いものもある。描いてくれと頼んだことはないけど、くれたものを捨てずに取っておいた。 大学院のころから続けてきた日雇い先生の仕事がもうすぐ終わる。最低限の生活の糧として止むに止まれず始めた仕事だったが、我ながら随分長い間続いたものだ。 聞かれれば答えるが、学校で自らプライベートな話をすることはない。しかし、最近の子は悪気もなく既婚か否かを聞いてくる(先生もプライベートな話をするらしい)。「孫がいるよ」というと、たいがいの生徒は驚く(年齢のことではなくて独身にしかみえない?)。 妻が数年前に他界したことを言うのが面倒臭いこともあって、そう答える。そうすると、やれどこで知り合っただのクリスマスはどうするだのと聞いてくるから、適当にお茶を濁す。だから、生徒は私が今も夫婦仲良く暮らしているものだと思っている。 私の似顔絵を描いてくれた生徒 人生を逆算して生きるのにはどうも抵抗があったが、両親が届け出の期限ぎりぎりまで思案した末に「馨」というイカした名前を授けられた孫娘が生まれたことで、この子の年齢に今の自分の歳を足して将来をイメージせざるを得なくなった(20歳になるころまではギリ大丈夫か?)。 1人目、2人目と孫が生まれて、すぐに絵を描いて、それは長女の家に飾ってある。さて馨のも描いてやろうと試みたが、どうもうまくいかない。女の子だからちょっとかわいらしくと思うのがいけないのか、生まれて間もない赤子というのは文字通り赤いごろんとしたもので、大人の顔を描くようにはいかない。 「第二の人生」という言葉は、私のようにずっと日雇いで暮らしてきたものには当てはまらない。途中、何度か就職することも考え、試みたこともあったが、それはかなわず家族に苦労ばかりをかけたと思う。それが良かったのか悪かったのかを考えてもしょうがない。 今思えば、どこにも属さず束縛されることなく、今も絵を描き続けられているということと引き換えだったんだろう。そのツッパリも無意味ではなかったのか、有り難いことに、ここにきて私の絵を応援してくれる人たちがいる。第一も二もない私の人生の続きは、いつものように朝牛乳パックのパレットに絵具を出すことから始まる。 日雇いとはいえ、随分たくさんの子供たちと過ごした。〇〇世代とか、今の子供たちは…とか、いつの時代も言われてきたけれど、50年前の私たちと今の子たちは何も変わらない。同じようなことを話し、同じように悩み、同じように笑って。 コロナ禍以降はマスクをしていたせいで、しばらく私の似顔絵を描く子はいなかったが、先日、1人の生徒が、描いたものをうれしそうに渡してくれた。最後の授業が終わったとき、その子に私が独り身であることを打ち明けてもいいかなとも思ったが…。(画家)