日曜日, 1月 17, 2021
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《くずかごの唄》70 小学3年生の戦争体験

【コラム・奥井登美子】NHKの朝ドラ「エール」に戦争中の町が出てくる。割烹(かっぽう)着を着た愛国婦人会の集団。見た途端に私の脳味噌に釘(くぎ)が刺さってしまった。

小学校3年生の時だった。校庭に「奉安殿(ほうあんでん)」と呼ぶ一郭(いっかく)があり、神様であられる天皇陛下の写真と勅語(ちょくご)が収められていた。生徒は毎日、「奉安殿」に向かって最敬礼しなければならない。戦争に市民の意識を駆り立てるには神様が必要だったのである。

「天皇陛下は神様です。何か質問ありますか」

「天皇陛下はお食事をなさいますか?」

「なさいます。皇族ご一家のお食事の写真が新聞に載っていました」

「食べ物を召し上がって、お小水、お大便は、なさらないのですか?」

「そういう質問をする人は、警察に連れていかれます」

先生はぶるぶる震えて怒っている。私は聞いてはいけない質問をしてしまったらしい。

愛犬を連れ去った「愛国婦人会」

父は米GE社から電気冷蔵庫を輸入し販売していた。銀座西8-1にあった会社「尚榮精機株式会社」には社員が30人近くいて、昭和のはじめ、電気冷蔵庫1台は家1軒分の値段だったという。ホテル、歌手、映画俳優などが競って買ってくれた。

新聞の1面の一番目立つ所に会社の広告を出したこともあった。しかし、アメリカとの戦争で輸入はストップ。父は仕方なしに、江戸川区の平井に工場を造り、今まで売った電気製品の修理で、少なくなった社員と家族を養っていた。

神様のオシッコの質問をして先生にすごく怒られたと、父に話したら、笑いが止まらなかったが、褒めてくれた。先生に叱られ、クラスの友だちから疎んじられ、父に褒められる。その落差の大きさ。神様と人間の具象と抽象がわからない3年生の私は、ノイローゼみたいになり、鬱々(うつうつ)としていた。

ウツの私を慰めてくれたのが、我が家の愛犬サリーだった。サリーはそのころ、私の唯一の親友だった。少したって、私は4年生。サリーを連れて荒川土手を散歩している時、3人の割烹着を着た愛国婦人会の人たちに会ってしまった。

「戦争中なのに犬なんか飼って、非国民です。住所と名前を言いなさい」。サリーはその日のうちにどこかに連れていかれ、殺されてしまった。あれから70年以上たつ。しかし、今でも割烹着を着た女の人の集団を見ると、身の毛がよだつのはなぜなのだろうか。(随筆家、薬剤師)

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