金曜日, 4月 23, 2021
ホーム コラム 《ことばのおはなし》26 しおりひものおはなし

《ことばのおはなし》26 しおりひものおはなし

【コラム・山口絹記本についているひもには名前がある。あれはしおりひもというのだ。新しい本には、ひもがくるんとまるまってページに挟まっている。それをピンと伸ばして最初のページに挟むところから、おはなしは始まる。

しおりというのは、そのおはなしの中で自分がどこに立っているのか、迷子にならないための目印だ。これがあるから、安心しておはなしの中を好き勝手に歩いていられる。しおりひもがついていない本には、自分の好きなものを挟んでおけばよい。

しかし、本の外の世界にはしおりがない。だから、気を抜くと自分が今どこにいるのかすぐにわからなくなる。どこにでも置いておける、消えないしおりがあればいいのにな、と、ときどき思う。走りすぎて自分の居場所がわからなくなっても、気がついたら知らない場所にいても、怖くない。

何をしおりにしたらいいのだろう。大切な人だろうか。自分の家? よく行く喫茶店? 残念ながら違う。人も、家も、喫茶店も、いつかはカタチを変えて、無くなってしまう。それではしおりにはならない。そういうものたちは、しおりではなく、本でいったら文章だからだ。自分のおはなしに登場するものを、しおりにしたって仕方がない。

私にとってのしおりとは、何だろう。今まで過ごしたおはなしと、今現在、そしてこれから先に紡がれるおはなしのなかで、ゆるぎない目印になるもの。目に見えるものでは駄目なのかもしれない。カタチがあるものではいけないのかもしれない。

自分のおはなしのしおりは“ことば”

小さいころから考えていたこの問題の答えを見つけたのは、大学の卒業式の日だった。

式から帰ってくると、4年間お世話になった教授からメールが届いた。そのメールには、祝辞とは少し違うことばがあった。これから生きていくなかで、人生の指標になるような、支えになるような、とても力強くて、優しいことばだった。

そのメールを読んだとき、自分のおはなしのしおりは、“ことば”なのだということに気がついたのだ。少し不思議なおはなしだ。本のしおりはことばに挟むものなのに、私のおはなしのしおりは、“ことば”なのだ。でも、それはとても自然に、ひらりひらりと落ちてきた桜の花びらが、すっと肩に乗るくらいに、音も無く私の心の中に落ちて落ち着いた。実はもう、たくさんのしおりを持っていたのだ。

だから、ある日突然、失語で自分の中からことばが消えたことは、私にとって明確な理由を持って、事件だった。私はことばと同時にしおりをなくしたのだ。同時に、1秒たりとも迷わず、ことばを取り戻すために努力ができた。面白いものだな、と思う。

日々、光陰矢のごとしと過ぎていく日常の中で、今この瞬間に必死になっていると、ついいろいろなことを忘れてしまう。いつも一緒にいた大切な人、好きだった場所、よく聴いていた音楽、そういったものがあっという間に過ぎ去って、薄れていく毎日だ。だからこそ、大切なことばを心に刻んで、しおりにして生きていく。(言語研究者)

会員募集中

NEWSつくばでは、私たちの理念に賛同し、一緒に活動していただける正会員、活動会員、ボランティア会員、および資金面で活動を支援していただける賛助会員(クレジットカード払い可)を募集しています。私たちと一緒に新しいメディアをつくりませんか。

0 Comments
フィードバック
すべてのコメントを見る
スポンサー

注目の記事

最新記事

日本の子どもは可哀そう 《ひょうたんの眼》36

【コラム・高橋恵一】青年海外協力隊員として東南アジアに派遣された青年の経験談である。優れた日本農業技術で作物を育てたところ、高温多湿の気候の効果もあって、半年でそれまでの1年分の収穫ができた。現地農民は、大喜びをした。次に、協力隊員は、後半の作付けに取り掛かろうとしたところ、農民は動かない。1年分の収穫ができたのだから、もう働く必要がないというのだった。30年前のことだ。 青年海外協力隊員は、苦笑しながら、現地農民の経済感覚を伝えてくれたが、今なら、ゆとりのできた時間や資金をどう使うかを考えたかも知れない。 日本では、高度成長期から、成果をひたすら企業資金力の強化に回し、労働時間の短縮やセーフティーネットの構築、地球環境の改善・保護に回すことはほとんどなかった。 それから30年。日本の幸福度ランキングは、世界で56位。韓国とピッタリ寄り添って、ロシア、中国の少し上位に位置しているが、OECD(経済協力開発機構)37カ国のうち最下位レベルだ。 我々の生活レベルを考える時、「昔」と比べると、格段に忙しさが変わって来ている。拘束された忙しさ、義務的な忙しさである。 日本の幸福度を改善するためには、就業時間を短縮し、最低賃金を思い切り上げればよい。毎日の労働時間を7時間、週35時間以内にすれば、全く違う世界が見えてくる。当然、フレックスタイムが導入され、満員電車も解消する。生産力を維持するためには、雇用を拡大しなくてはならない。女性の役割が大きくなり、より多様性が拡大する。変化への原動力は、格差社会の解消である。

高齢者施設にワクチン配送 65歳以上4万7000人に接種券郵送も つくば市

高齢者を対象にした新型コロナウイルスワクチンの配送が22日、つくば市で始まった。同日午前、第1便となるファイザー社製のワクチンが、市内の介護老人保健施設に1カ所に届けられた。併せて同日、市内の65歳以上の高齢者約4万7000人にワクチン接種券が郵送された。23日以降、各家庭に届く。 マイナス70度の超低温冷凍庫から取り出したワクチンを必要な数だけ素早く配送用の保冷箱に移す作業員=22日、つくば市役所 配送されたワクチンは、17日に国から届いた2箱(1950回接種分)のうちの一部で、市役所内に設置された超低温冷凍庫でマイナス75度で保管されていた。 4月26日から5月3日の週には5箱(4875回接種分)が国から届く予定で、医療機関のほか、特別養護老人ホーム10カ所とグループホーム18カ所にも届けられる予定だ。 接種開始は5月24日

開園25周年 つくばわんわんランド 「人とペットが共存する拠点に」

日本最大級の犬のテーマパーク「つくばわんわんランド」(つくば市沼田、東郷治久社長)が27日、開園25周年を迎える。1996年4月27日、現在の3分の1ほどの面積でスタートした。ペットは家族の一員であるという価値観が浸透すると共に、犬を見せる施設から犬と触れ合う施設へとコンセプトを変化させてきた。現在、約90種約500匹の犬がいる。 寺崎修司園長は「日本のペットに対する意識は、ペット先進国と比べまだまだ遅れているところがあるので、正しい知識をもって人と動物が共存する社会を目指す拠点になれれば」と話す。 珍しい大型犬、ナポリタンマスティフをなでる寺崎園長 25周年を記念して26~28日の3日間、25歳の人と小学生以下の入園料が100円になる特別イベントが開催されるほか、ゴールデンウイーク(GW)中の29日から5月5日まで、グループ法人のつくば国際ペット専門学校講師による犬のお手入れ教室やしつけ教室などが開催される。 園のシンボル 黄色い木造犬は4代目

別の学校も臨時休校 つくば市教員が新型コロナ

つくば市は21日、市立学校教員が新型コロナウイルスに感染していることが分かり、この教員が勤務する学校を22~23日の2日間、臨時休校にすると発表した。 市教育局学び推進課によると、20日に感染が確認された教員が勤務する学校とは別の学校という。 21日感染が分かった教員の濃厚接触者は現在、保健所が調査している。この教員の症状や、いつまで勤務していたかなどは公表しないとしている。 一方、20日に教員の感染が確認され、21~22日の2日間、臨時休校としていた学校は、23日から通常通り授業を開始する。
0
コメントお待ちしてますx
()
x