木曜日, 1月 15, 2026
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土浦一高~筑波大卒の若手落語家 リニューアルオープンの幕開け飾る

【相澤冬樹】土浦市制施行80周年記念・クラフトシビックホール土浦(※メモ)リニューアルオープン記念と銘打って、最初のステージとなる「立川流若手落語家二人会」が19日、同市東真鍋町の同ホールで開かれた。幕開けを飾ったのは、地元、県立土浦一高と筑波大学を卒業した立川志のぽん=本名・広瀬敦さん(43)。コロナ禍で「辛抱の時」を過ごしての帰郷公演は、チケット完売の拍手喝采で迎えられた。

3密対策し高座に

楽屋で取材に応じる立川志のぽん=同

「二人会」は市産業文化事業団と同市民会館自主文化事業運営委員会が主催するホール落語。会場の小ホールは座席数288だが、新型コロナウイルス感染防止のため、前方2列を空席とし、3列目以降も間を1席ずつ開けて120席定員でチケットを販売、早々に完売した。

出演は立川志らく門下の立川志ら玉(真打)、立川志の輔門下の志のぽん(二つ目)の2人。それぞれ「目黒のさんま」「谷風情相撲」(志ら玉)、「金明竹」「粗忽の釘」(志のぽん)の2席ずつを演じた。

この日がリニューアル後最初の会館自主事業。客席減とはいえ完売となったのは、2人の落語家の経歴による。テレビ出演などの知名度には欠けるが、志ら玉は茨城大学、志のぽんは筑波大学の卒業という身近さが地元落語ファンの関心を引いた様子だ。特に志のぽんは石岡市生まれ、土浦一高を1995年に卒業しており、会場には同級生の姿もあった。

ステイホームで研さん

高校時代、テレビで立川談志の高座を見て、漠然と落語に興味を持ったといい、現代アート専攻で筑波大学芸術専門学群に進学後は落語研究会に籍を置いた。大学では修士課程を修了しながらも芸術でやっていけるか展望が得られず、東京で広告看板の製作会社に就職した。

その2年半後の2004年、都内の落語会で聞いた志の輔の落語に「衝撃を受けた」そう。弟子入りを志願し履歴書を送るなどして、師匠に会えたのは2005年1月、ほぼ即決で弟子入りが決まったという。

落語を一つ(演目「つる」)だけ覚えて、前座を務めた初高座は同年7月。それから演目50席を覚えて二つ目昇進は2013年4月、必ずしも順調な出世とはいえない。筑波大学出身の落語家には同期の三遊亭朝橘がいるが、17年4月に真打昇進している。

今年は、立川流で真打昇進の条件となる演目100席も手の届くところに迫り、勝負の年となるはずだった。しかしコロナ禍で都内の寄席は3月末までに相次ぎ休演、立川流が活動の場としている落語会や一門会も自粛を余儀なくされた。オンライン会議アプリを使った落語会も早々に供給過多になり、客席の反応のない一方通行の落語に志のぽん自身なじめなかったという。

「いまは辛抱の時期、技量を蓄える時期」と言い聞かせステイホームで研さんに励み、持続化給付金の受給で生活をやりくりしてきた。

6月になって3密対策をとった落語会がようやく開かれるようになった。「席と席の間隔を開け、マスクをしてもらっているので、やりづらさはある。しかし、このソーシャルディスタンスは今後も続いていくものと心得ていかなければならない」

後輩、林家扇兵衛と柳亭市寿による茨城県を活動の拠点とする落語家ユニット「いばらく」にも参加。細面ながら表情の豊かさが笑いを誘う。真打昇進に向けて新作落語を1本作らなくてはならないのが悩みの種で「ずっと難儀している。自分の言葉を探さないと」、まだ辛抱の時が続きそうだ。連絡先:090-9804-3670

  • ※メモ【クラフトシビックホール土浦】土浦市民会館。2019年1月から行ってきた耐震補強を含む大規模改修工事が完了し、20年6月2日に開館した。1019席の大ホール、288席の小ホールなどがある。リニューアル記念の各種公演が予定されていたがコロナ禍から軒並み休止、中止となっていた。指定管理者の同市産業文化事業団が管理・運営を行っている。

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