水曜日, 8月 19, 2026
ホームスポーツ【高校野球代替大会を終えて】㊦ 「野球の力を感じた」

【高校野球代替大会を終えて】㊦ 「野球の力を感じた」

【伊達康】今大会は優勝してもその先に甲子園がないことが前提で開催された。小さな頃から甲子園でプレーすることを夢見てきた球児たちにとって喪失感は筆舌に尽くしがたい。

3月から5月半ばまでの学校の休校措置により春季大会は中止となり、多くのチームが通常の部活動すら行えない期間を過ごしてきた。

代わりに用意された代替大会。体裁上、表向きはみな優勝を目指して頑張るとは言いつつも、気持ちの整理を付け、失ったモチベーションを取り戻すことは容易ではなかっただろう。むしろ、モチベーションを失ったまま最後の大会に臨んだ選手がいたとしても不思議ではない。

大会中、何度か球場で取材をした。夏の大会では敗者は泣き崩れることが常であるが、今大会は敗者もそれほど泣くことなく、どこか達観した面持ちで球場を去る光景が見られた。

通常は、敗戦によって、もうこいつらと野球ができない、勝ちたかった、悔しい、無念だという様々な感情が押し寄せて泣きじゃくる者もいるのだが、今回は最初から甲子園への切符がない。敗者の感情の起伏という面からも今大会が持つ独特の雰囲気が感じられた。

「今が一番野球が楽しい」

つくば土浦エリアのチームではないが、私学4強の一角である明秀学園日立の金澤成奉監督が準々決勝後の囲み取材で語った今大会が持つ意味や、コロナ禍がもたらした変化などについて紹介し、今大会の総括としたい。以下は金澤監督の言葉である。

残りアウト一つになってもベンチ内で激しく檄(げき)を飛ばす金澤監督(右端)=ノーブルホームスタジアム水戸

「今大会の意味として一つ言えることは、非常に考える時間を与えてもらったということ。親のことであったり、甲子園がなくなったのになぜ野球をやらないといけないのかと、自問自答しながら野球をやっていく中で、野球って楽しいんだなというのが分かったような気がする。

毎週、選手に日誌を出させているが、日誌に書かれた3年生の言葉の中で、『今が一番野球が楽しい』と、『仲間と野球をやれる喜びを感じている』といった声が非常に多かった。そういった時間を与えてくれたから意味があったと思う。

甲子園という目標があると、私自身もそうだが、どうしてもそちらの欲の方に目が行きがちで、本来の小さな頃から野球をやり始めた時の気持ちというのを失いかけたりする。

この大会は、何のために野球をやっているのだろうとか、やり遂げることの大切さだったり、今自分があるこの場所、この時間、どういった方々のお陰で今があるのか、そういったことを考えさせられ、思いをはせることができた。

特に高校野球というのは保護者の方々の力が大きいので、感謝っていうことはどういうことなのかとか、恩返しというのはどういうことなのかを感じられた大会だったと思う。

特別な大会だったので、特別な思いでずっと一試合一試合大切にやってきた。勝つことを前提にしながら、逆にどういう終わり方をするのかというのを常に頭に描きながらやってきた。やりきった後、終わりを遂げる時に、選手たちに何かを感じてもらいたいという思いで。

本音を言うと9回までやりたかったが、自分の中ではやれることはやれたのではないかなと思う。子どもたちも大変満足した終わり方ができたのではないかと思う。

大会を通して結果が出なくて悔しい思いをした子だっているでしょうし、ヒットを打って親御さんが喜ぶ姿が見られた子もいる。

いずれにしても、子どもたちが頑張る姿でお父さんお母さんがさらに勇気づけられる。子どもと親の絆が深まる。本来スポーツが持つべき姿というか、野球をやっていたからこそ感じられたそれぞれの思いを感じられる。

そういう意味では大変有意義な時間が過ごせた。親御さんたちも、普段は練習までは見に来ないけど、やっぱり子どもたちの姿を見納めたいということで、練習から見に来られている姿を見て、失ったこともあったけど、得たものもあると思う。

そういったいろんな意味を含めた大会だった。こういう年だからこそ1日でも長く1試合でも多く共に戦おうと。こういう年だからこそどの時代よりもお前たちとずっと長く野球をやりたいということを話して、ほぼそれが達成できた。モチベーションが下がった時もあったが、お互いが声を掛け合いながら、やりきるということはどういうことなのか、やりきったときにどんな光景が見えるのかということを、この試合で感じたと思う。

コロナ禍に見舞われた世代だが、様々なことに打ち勝ってきたのが人類なので、そこで野球の力というかそういったことをお前たちは感じたはずだから、これからいろいろ場面で野球で培ったこの乗り越える力、やりきる力を発揮し、今後も、この思い出を大事にしてほしい。思い出は作るものではなく、できるものなんだなということが分かったと思うので、そういう野球の力で人生のあらゆる局面で打ち勝ってもらいたいなと思う」。

追い込まれたらスリーフィンガー分短く持ち、相手にプレッシャーを与えることをチームの徹底事項としている明秀学園日立。4番の久保田翔太であっても例外なくスリーフィンガーにする

心から感謝

大会が始まってみれば、無観客で例年通りとはいかずとも熱く盛り上がり、高校野球の話題が新聞紙上をにぎわせた。一般のファンもラジオやテレビ、速報サイトなどで楽しむことができた。

夏の甲子園と地方大会が中止になり、代替大会の開催自体が不透明だった5月下旬のことを考えると、大会期間中、関係者から陽性判明者が出ることなく日程を消化できたことは奇跡に近い。

新型コロナウイルスのみならず天候までもが足かせとなり日程が進まなかった。運営側の苦労は想像に難くない。当初予定していた県のナンバーワンを決めることはできず異例の4校優勝という形で幕を閉じたが、裏で支えた人たちの尽力には心から感謝したい。

(終わり)

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