火曜日, 10月 6, 2026
ホームスポーツ【夏の高校野球県大会】競り合いの末惜敗 土浦一、つくば国際大

【夏の高校野球県大会】競り合いの末惜敗 土浦一、つくば国際大

2020年夏季県高校野球大会は2日目の12日、6球場で16試合が行われた。J:COMスタジアム土浦では土浦一が牛久栄進と対戦、互いのエースをどう打ち崩すかがカギとなったが、牛久栄進のアーチ2本に屈し、5-7で土浦一が敗れた。ひたちなか市民球場ではつくば国際大高が牛久と対戦、激しい打ち合いの末に8-10でつくば国際大高が敗れた。

序盤は優勢に展開 土浦一

【池田充雄】土浦一は序盤優勢に試合を進め、4回を終えた時点で3-1とリードした。先発の滝川悠斗は好調な立ち上がりで、3回には2死満塁の場面に四番打者を三球三振に仕留め、4回にもエラーがらみのピンチを最少失点で切り抜けた。

誤算が生じたのは5回。四番に左翼への3ランを浴び逆転される。「うまく当てられてしまった。徐々にタイミングが合ってきたのに気付けずにいた」と悔やむ滝川。その後は配球を変えて切り抜けるが、8回につかまり、またも一発を浴びる。

「後半は外の直球から入り、沈むカットボールを打たせる組み立て。だがその直球が甘くなった」。体調は良かったものの、練習で投げ込めない期間が2カ月続いた影響は大きく、最後は腕をつりそうになりながら投げた。

苦しみながら最後まで投げ抜いた先発の滝川

打線も相手エースを攻め立てるものの、あと1本が出ず、残塁の山を築いた。8回には滝川が自らの三塁打でチャンスを作り、先崎大空主将のスクイズで一度は追い付くが、攻撃もそこまで。「相手も中盤くらいから球威が落ち、ストライクとボールがはっきりしてきたが、そこを仕留めきれなかった」と先崎。

四番の中村優友は「相手投手は変化球主体で、高めのまっすぐが伸びる印象。それを打たされた。捕手の配球にやられた」と、大事な場面で自分のバッティングができなかったことを悔やんだ。

8回表、試合を振り出しに戻した先崎のスクイズ

柴沼剛己監督は「コロナを含めいろんな状況に振り回されながら、最後の最後まで気持ちを切らさず戦い抜いてくれた。ここまで来たら何とか勝たせてあげたかったが応えられなかった。思いきりできなかった部分は今後、大学野球などで頑張ってほしい」と選手たちをねぎらった。

激しい打ち合い つくば国際大

【高橋浩一】つくば国際大高は継投策で試合に臨んだが、前半4回で投手4人を使い9失点。攻撃では初回に相手投手の立ち上がりを攻め、無死満塁から四番小菅大地の右前適時打などで3得点し、その後もコンスタントに得点を重ねたが、最後まで追い付くことはできなかった。

1回裏無死満塁、四番小菅が右前へ適時打を放つ

「序盤に点数をとられ過ぎたのが効いた。準備不足で難しかったが選手たちは頑張ってくれて、自分たちの野球ができた」と山口幸彦監督。

渡會優翔主将は「自分たちは攻撃が売りで守備が課題。最後の最後にその弱さが出た。投手陣も克復できなかった」と悔やむ一方、「打線は今まで通り3年間やってきたことができた。この1年間キャプテンをやらせてもらってよかった。うまくいかないことの方が多かったが、やり残したことはない」と感慨深げ。

5回から登板し好投した斎藤

5人目の投手齊藤颯太は、それまで二塁手を務めていたが「序盤から先発が打たれる中、登板があると言われていたので準備はできていた」と、5回からマウンドに上がり9回まで1失点で試合を落ち着かせた。

8回に自ら放った適時二塁打については「勢いが来ていたので、狙いを張って打てた」とコメント。試合には1年から出場していたが、なかなか結果が出ずにいた。冬から体を鍛え直した成果が最後に出て「最後まで国際で野球をやってきてよかった」と胸を張った。

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho





spot_img

最近のコメント

最新記事

国立歴史民俗博物館を訪ねて《ふるほんや見聞記》21

【コラム・岡田富朗】国立歴史民俗博物館(略称:歴博)は千葉県佐倉市の佐倉城址の一角に1983(昭和58)年に開館しました。開館以来、日本の歴史と文化について総合的に研究・展示してきた博物館です。約13万平方メートルという広大な敷地に壮大な規模の施設を構え、先史・古代から現代までの歴史と、日本列島の民俗文化をテーマに、実物資料をはじめ、精密な複製や復元模型などを用いて、日本の歴史と文化を分かりやすく展示しています。 「アイヌ民族と博覧会  ―150年の経験-」 歴博では10月6日から11月29日まで、企画展示「アイヌ民族と博覧会 ―150年の経験ー」が開催されます。博覧会は知識や文化を広める一方で、人や文化を比較し、序列化する場という側面も持っていた歴史があります。本展では、1872年の湯島聖堂博覧会から2025年の大阪・関西万博まで、約150年にわたるアイヌ民族と博覧会との関わりを、工芸品、写真、絵はがき、書簡、衣装、映像など約200点の資料を通して読み解いています。 松浦武四郎著作「近世蝦夷人物誌」 第1章の展示品の中には、アイヌ民族の人々の協力を得て蝦夷地を調査し、「蝦夷通」として知られた松浦武四郎の著作「近世蝦夷人物誌 二篇巻之中」(1858年、松浦武四郎記念館蔵/展示期間:10月6日~11月1日)があります。北海道の名付け親としても知られる松浦武四郎。その著作をはじめ、重要文化財19点が展示されます。 「近世蝦夷人物誌」は、1857(安政4)年から翌年にかけて松浦武四郎が執筆したものです。武四郎は1857(安政4)年にアイヌの彫工モニヲマを訪ねた際、彫り物を一つ依頼し、その技術の高さに驚いたことも記しています。そのほか、小箱や盆など、近世末に流通していた木彫りなどのアイヌ工芸品も見ることができます。 また第2章の展示品の中には、明治記念拓殖博覧会にて銅賞牌を受賞し、彫刻の技術が巧みで名工と呼ばれた貝澤ウトレントク(1862~1914)が製作したと分かっている3枚の盆のうちの1枚も展示品に含まれています。 最後に本展の見どころについて、展示代表に伺いました。 「見どころは、出品や出場を通じて博覧会に関わった、一人ひとりのアイヌの『声』に注目している点です。博覧会への参加は、当事者にとってどのような経験だったのでしょうか。その多様な受け止め方を、できるだけ丁寧に紹介することを大切にしました。一人ひとりの『声』に耳を傾けながら、アイヌ民族と博覧会との関わりを考えていただければと思います」 「また、展示のテーマをさらに掘り下げる歴博映像フォーラム20(10月24日〈土〉、事前申込制)と第472回歴博講演会(11月14日〈土〉)を開催します。詳しくは歴博のウェブサイトなどをご覧いただき、本展とあわせて、ぜひご参加ください」(ブックセンター・キャンパス店主)

霞ケ浦、水城に敗れ優勝ならず 秋季関東高校県大会

第79回秋季関東地区高校野球茨城県大会は4日、ひたちなか市民球場で決勝戦が行われ、霞ケ浦は水城に2―3で敗れ、11年ぶり5度目の優勝はならなかった。高橋祐二監督に代わってこの日も指揮をとった霞ケ浦の大高直人部長は「(水城のエースの)大川君の落差のある変化球に対応出来なかった」と敗因を語った。 水 城 010100100 3霞ケ浦 020000000 2 霞ケ浦は2回に失策で1点を先制されるが、その裏2死満塁のチャンスに鹿又煌翔が、先発の大川のストレートをレフトへタイムリーツーベースを放ち、2ー1と逆転する。「みんなが繋いでくれたので何としても打ちたかった。ヒットになって良かった」と鹿又。しかし水城は4回、内野ゴロの間に同点に追いつき、試合を振り出しに戻す。 霞ケ浦打線は4回以降、毎回走者を出すが、チャンスであと1本が出ずホームが遠のく。霞ケ浦先発投手の内山雷斗は、調子は悪いながらも徐々にスライダーの感覚が良くなり、6回まで粘り強く投げ、水城打線を抑えた。 しかし7回、甘く入ったスライダーを水城打線に仕留められ、水城の村田琳央、野口心大から連打を浴びる。1死一、三塁とされ、続く大森寧起にも低めのスライダーを上手くライト前に運ばれ、勝ち越しを許した。 7回途中、霞ケ浦の2番手投手として後藤稜空がマウンドに上がるが、水城の幡耕誠に四球を与え1死満塁のピンチを招く。しかし続く富田陽大をショートへの併殺打に仕留め、味方の反撃を待った。 その後、霞ケ浦打線は8回、9回と3者凡退に抑えられ、水城のエース大川を攻略することが出来ず、夏、秋と県大会連覇は果たせなかった。 先発した内山は「準々決勝、準決勝と三浦が頑張ってくれた。決勝は自分が任されたが、いい結果が出ず悔しい。関東大会では弱気にならずに攻めていき、霞ケ浦の野球をして、1勝、1勝積み重ねていきたい」と話した。主将の湯浅隼人は「投手を中心とした守りから攻撃に繋げていくチームだったが、今日は守りからミスを重ねて失点をしてしまい、打線も点を返すことが出来なかった。自分たちが今までやってきた野球が出来ず、負けてしまったのは悔しい。守りから勝つ霞ケ浦の野球をもう一度見直し、関東大会では自分たちが目標としている春の選抜甲子園出場を果たすために頑張る」と意気込みを語った。 霞ケ浦の大高部長は「守備のエラーが出たのは予想外だった。内山も不安なところはあったが、苦しい中でも何とか打ち取った。しかし守備のエラーで浮き足立ってしまった。鹿又のヒットで逆転し、気持ちが切り替わっていけたら良かったが、出来なかった」と話した。 水城は、今夏準優勝校の常総学院、優勝校の霞ケ浦を倒し、秋季県大会で16年ぶり2度目の頂点に立った。水城は茨城の王者として強豪校ぞろいの関東大会に挑む。霞ケ浦も2日の準決勝ですでに関東大会出場を決めている。(高橋浩一)

バイシクル・ダイアリーズ ⑹《ことばのおはなし》97

【コラム・山口絹記】ツール・ド・つくば2026、本番当日。朝5時前に起床。普通に寝不足である。炭水化物をとるため、山盛りのパスタとパンを無理やり食べ、前日に車に積んでおいた自転車とともに会場へ向かった。 会場に着くと、すでに参加者たちが周辺を走り込んでいる。使い込まれたロードバイクに本格的なサイクルウェア。チームで参加している人も多い。 私はこれまでスポーツの大会というものにほとんど参加したことがない。最後に出たのは、小学生のころの水泳の区民大会くらいだ。どうにも自分だけ場違いな気がする。 スタート地点には見たこともない数のロードバイクが並んでいた。その中に自分がいることが不思議で、一体どうしてこうなったのだろうと思う。 自分はいつもこうだ。自分で決めたことなのに、どうして自分が今ここでこうしているのかと、ふと我に返ってしまう。 55分21秒 201 スタート。 自転車屋の店長さんから「周りのペースに乗せられないように」と言われていたので、自分の脚にかかる負荷だけを意識する。 とはいえ、ずいぶん追い抜かれるな。 30代の集団では早々に最後尾。やがて後ろからスタートした40代の人たちにもすさまじい勢いで追い抜かれていく。 どうなってんだよ。おかしいだろ。 横をぶち抜いていく立派なふくらはぎを見て、まぁさもありなんと諦めた。 それでも練習で一度座り込んだ不動峠を今回は止まらず通過。スカイラインに入ると、今度は店長さんの「下りは休憩じゃないですからね」という言葉を思い出す。 ギアを上げ、一気に踏む。 下りで加速し、その勢いのまま次の登りへ。これは意外とうまくいった。今まで抜かれ続けていたのに、今度はこちらが何人も追い抜いていく。最高速度54.7キロ/時。人を追い抜くというのは、結構気持ちがいい。 風返し峠を越え、残り1キロで経過時間は50分。 コレは1時間を切れる。 急に気合が入り、初めてダンシングをしてみたら脚がつりそうになったので、すぐやめた。右膝も痛い。 最後まで見えないゴールへ向かって、残った力でペダルを踏む。 55分21秒201。 目標だった1時間を、4分以上縮めていた。 もっと遠くへ行ってみたい 帰りは参加者数十人で、登ってきた道をゆっくり下る。段差があれば前の人が手でサインを出す。それを見て、私も後ろの人にサインを送る。 なんだか、これがすごく楽しい。 ツール・ド・つくばを完走することは、私にとって大切な約束でもあった。その話は、いつかきちんと書こうと思う。 今はただ、もっと遠くへ行ってみたい。 そんなことを考えていたところ、父から「6月末に佐賀へ行かないか」と連絡があった。 佐賀は、この自転車にも深い関わりのある場所である。 そうか。このバイクを、佐賀に持っていけばいいんだな。 次の目標が決まった。(言語研究者)

タッチパネルの回転ずし《看取り医者は見た!》56

【コラム・平野国美】先日、遅い昼食をとろうと、大手チェーンの回転ずし店に入りました。ご存じのように、最近の回転ずしは、皿が回っていません。ここ数年、店内でのいたずらがSNSで拡散し、社会問題になりました。その対策として、タッチパネルで注文した品だけがレーンで届く仕組みに変わっています。 しばらくすると、私の隣に80代とおぼしき女性が、独りで座られました。やがて、その方が怒り出しました。しかも、見知らぬ私の方を向いてです。「すしを食べに来たのに、何よこれは。わけがわからないわよ。すしを回してよ」。私は、この怒りを、機械が苦手な高齢者の困惑だとは思いませんでした。 彼女の言い分は、筋が通っていると感じたのです。かって、回っている皿は目の前を通り過ぎていきます。彼女はそれを見て、気に入ったものに手を伸ばせばよかった。何が食べたいかを、あらかじめ言葉にする必要はありません。目で見て手が動く。それだけで食事が成立していました。 ところがタッチパネルは、何を食べたいかを決め、画面を正しく操作しなさい―と、こちらに要求します。回転ずしから回転が消えた瞬間、その店は「正しく注文できる人」のための店になったのです。彼女が失ったのは便利さではありません。「言葉にしなくても伝わる世界」です。 同じ年代の方々の会話では、スーパーのセルフレジも嫌われています。あれもタッチパネルすし店と同じでしょう。かつて、商店街には店の人がおり、お客の気配を察してくれました。今は、こちらが正しく操作しなければ卵一つ買えません。 ここで、誰かを責めるのは筋違いだとも思います。店が冷たくなったわけではありません。発端は、いたずらをした人間の側にありました。人口減少による人手不足もあるのでしょう。社会問題に対抗するためにシステムを変えた結果、新たな弱者を生んでしまった。この皮肉が、私の心に残りました。 誰一人取り残さない そして、これは私たちの世界の話でもあります。今の医療も、「どこがどう痛むのかを正確に説明できる患者さん」を前提に組み立てられています。スマホで受付を済ませ、症状を登録し、診察室で経緯を話し、質問に答え、そして薬を受け取る。この流れにうまく対応できない方は、後回しになってしまうのです。ここにも、回らなくなったレーンがあります。 タッチパネルのすし店で私にできたのは、「店員さんを呼びましょうか」と声をかけることだけでした。画面の使い方を教えることもできたはずですが、そのときは、なぜかそうする気になれませんでした。彼女に足りないのは、操作の知識ではなく、話しかける相手だろうと感じたからです。 やがて店員さんが来て、注文を聞き取ってくれました。しかし、彼女の機嫌は収まりませんでした。SDGsの理念は「誰一人取り残さない」ですが、回転ずしのカウンターで、そう感じたのでした。(訪問診療医師)