土曜日, 10月 23, 2021
ホーム 土浦 《霞月楼コレクション》3 小川芋銭 農村と水辺の風物を愛した文人画家

《霞月楼コレクション》3 小川芋銭 農村と水辺の風物を愛した文人画家

「浮れ舟」紙本淡彩 霞月楼所蔵

長期滞在の礼にと贈られた作品

【池田充雄】小川芋銭(おがわ・うせん)が霞月楼に滞在した際、主人に贈ったとされる作品「浮れ舟」を掲げる。制作年代は1934(昭和9)年春と伝わるが定かではない。かつての霞月楼は宿泊もでき、長逗留(とうりゅう)して作品に向かう文人墨客(ぶんじんぼっかく)が多くいたそうだ。

落款(らっかん)には「芋銭併題」とあり、これは画と題(賛、添え文とも)共に芋銭という意味。題の冒頭にある「花」と「月」の図柄で「花月」と読ませ、店の名である「霞月」を折り込んだ。全文は以下のように読める。

「花月美なるてふ 千金のよい おぼろ月夜や かすみが浦に 遊ぶなら あの うき草の 浮れ舟」

洋画を学び挿絵画家として出発

小川芋銭は1868(慶応4)年、江戸・赤坂溜池の牛久藩邸に生まれた。本名茂吉。父は同藩大目付職を務めたが、1871(明治4)年の廃藩置県を機に帰農し、牛久沼畔の新治県城中村(現牛久市城中町)に住んだ。

小川芋銭

芋銭は1879(明治12)年に上京すると、本多錦吉郎の画塾「彰技堂」で洋画を4年間学んだほか、独学で和漢洋の画技や教養を修めたという。その後、政治家でジャーナリストの尾崎行雄の推挙を受けて「朝野新聞」の画工となるが、1893(明治26)年、父の意思により牛久に戻り、農業に従事する。

1903(明治36)年、「読売新聞」の懸賞絵画に応募した「新年の意」が第1等当選し、元旦の紙面に掲載された。この頃から「いはらき」「平民新聞」など多くの新聞雑誌に挿絵や短文を発表し始める。1908(明治41)年には初の作品集「草汁漫画」を刊行し、挿絵画家としての名声を高めた。

院展の同人になり土浦で初執筆

1911(明治44)年、友人の小杉未醒(放庵)と2人で初の展覧会を東京と大阪で開催。1915(大正4)年には平福百穂、川端龍子らと「珊瑚会」を結成し、1917(大正6)年6月の第3回珊瑚会展に出品した「肉案」が横山大観に激賞され、日本美術院の同人に迎えられた。

「肉案」1917年 紙本墨画軸装 137×64cm 茨城県近代美術館所蔵

同年8月、芋銭は院展同人としての初作品を制作するため、画想を霞ケ浦に求めた。舟で数日かけて巡った後、神龍寺(土浦市文京町)の一室を借りて2景を描き上げ、牛久へ戻って残り3景を完成させ、「澤國五景」として9月の再興第4回日本美術院展に出品。これを斉藤隆三は「やや漫画的な臭いを残しつつ、克明な写生に基づく細心な風景」と評している。

内助の功により画家として大成

生来虚弱だった芋銭が農業を営みながら画業を続けられたのは、1896(明治29)年に結婚した妻こうの働きぶりが大きかったという。河童や獺(かわうそ)などの妖魅を多く描いたのも、神経衰弱による幻覚の現れと見る人もいる。

画号の「芋銭」は「自分の絵が芋を買うほどの銭になれば」という思いによる。また「牛里」の号で俳人としても活躍し、正岡子規らとも交流があった。雑誌「ホトトギス」では1910(明治43)年から没年まで、表紙絵や挿絵を数多く手掛けている。

芋銭は1938(昭和13)年12月、自宅前の画室「雲魚亭」で没した。この建物は現在、小川芋銭記念館として牛久市が管理し、作品や遺品、書簡などを展示している。墓は近くの稲荷山得月院にある。

「水魅戯」1923年 紙本淡彩軸装 62.4×95.2cm 茨城県近代美術館所蔵
  • 取材協力・参考資料 ▽茨城県近代美術館▽赤坂美術▽図録「小川芋銭展」(2012年、茨城県近代美術館)▽書籍「芋銭書簡拾遺」(1942年、山雅房発行)▽北畠健「小川芋銭研究」ウェブサイト▽牛久市観光協会ウェブサイト

衆院選にあたり、当選させない目的で候補者に関する虚偽の事実の投稿、あるいは名誉毀損や侮辱等に当たる投稿を行った場合には、法令違反となり刑事罰に問われる場合があります。

0 Comments
フィードバック
すべてのコメントを見る
スポンサー

注目の記事

最近のコメント

最新記事

女子大生アイドルコピーダンス決定戦で日本一 筑波大学Bombs!

筑波大学のアイドルコピーダンスグループ「Bombs!(ボムズ)」が、大学対抗の女子大生アイドル日本一決定戦「UNIDOL2021 Fresh~Berry~(ユニドル2021フレッシュ・ベリー)」で1位に輝いた。12チームが出場し、6日に東京・新宿で開催された。 UNIDOLは、「ユニバーシティー(大学)アイドル」の略。今回の大会は、新チームや1年生などを中心に大会出場の経験がない大学生を出場条件とした。 Bombs!は今年加入した1年生など新メンバーをはじめ、コロナ禍で出場することができなかった昨年加入のメンバー総勢17人で挑んだ。人数が他チームよりも多かった一方、振りやフォーメーションがそろっており、一体感があった点が高得点につながった。 出場したのは、青山学院大学、早稲田大学、明治大学など、ソロで参加したチームもあった。 大会に向け、Bombs!が練習を始めたのは夏休み前の7月。パフォーマンスする曲を決めることや、各メンバーの立ち位置決め、振り付けを覚える、統一感を出すなどやることは山積みだった。 この大会でリーダーを務めた2年生のさくらさんは、練習の中で「人数がそろわなかったこと、マスクを外しての練習ができなかったこと」が大変だったと語った。「夏休み期間で免許合宿に行くメンバーや授業で忙しいメンバーがいて、17人という大人数がそろうのは大変でした。全員で練習できたのは本番前2回だけ。ダンスの大会ではなく、アイドルダンスのコピーをする大会なのでアイドルらしい表情も大切になります。そこを感染症対策のマスクのせいであまり全体では練習できなかった」

ボーイフレンドと一緒にどんぐり人形 《くずかごの唄》96

【コラム・奥井登美子】暑さと寒さの気温の差が激しい。血圧が上がったり、下がったり、気をもんでいる患者さんがやたら多い。植物の世界も、昆虫の世界も、人間の血圧と同じように、寒暖の差と雨の降り方の急激な変化についていけなくなってしまっている。 我が家の庭の木の実も、今年はチトおかしい。ギンナンはいつもの年の大きさの半分以下。アズキを少し大きくしたぐらいの大きさなので、煎って殻を割って、中の緑色の玉を指で引っ張り出せない。秋の味覚、緑色に輝く初物のギンナンを諦めざるを得なくなってしまった。ここ50年以上、ギンナンの実がこんなに小さかったのは初めての体験である。 さて、この食べられない小さなギンナンをどうすればいいか、困ってしまった。「登美子さん、いる? ドングリで人形を作ろうよ」。私の年下のボーイフレンド、晃太郎が週に1回やってくる。今年も、コロナ禍で昆虫観察会は中止になってしまったが、5歳の彼は「どんぐり山」で拾ってきたクヌギのドングリが丸くて大きいので、おもちゃ代わりにいじっていた。 雛人形やバレリーナ人形 そのうち、虫が中に入ってしまって穴の開いたドングリが気にいったらしい。その穴を口に見立て、目玉を張り付けて、ドングリ人形を作ったり、穴にひもを通して、パパとママにネックレスを作ってプレゼントしたりしているうちに、ドングリ細工にのめり込んでしまった。

救援用トロッコが車いす運ぶ TX異常時総合訓練を実施

つくばエクスプレス(TX)を運営する首都圏新鉄道(東京都千代田区)は21日、つくばみらい市筒戸の同社総合基地でTX異常時総合訓練を行った。同社社員やつくば市消防本部、常総広域消防本部など、関係機関の職員たち約180人が参加した。総合訓練の実施は今年を含め計13回目。 訓練は、同日午後1時21分ごろ、TX秋葉原駅発つくば駅行きの下り区間快速列車がATO(自動列車運転装置)で運転中、軌道に隣接する道路で交通事故が起き、トラックから鉄骨が軌道内に落下して架線と線路を損傷した。快速列車は非常ブレーキをかけたものの、線路内に落ちた鉄骨に衝突し列車は脱線、車いす利用者を含め複数の乗客に負傷者が出たーとの想定で行われた。 乗客役の参加者たちは指示に従い、先頭車両の非常用ドアから軌道敷に下りて避難する=同 訓練では、乗務員や列車に乗り合わせた同社の社員たちが、乗客や自力で歩ける軽傷者を非常用ドアから軌道敷に下ろして、避難を誘導した。列車内にいる外国人乗客に対しては、避難を呼び掛ける日本語を英語などの外国語に翻訳する「多言語メガホン」を使って誘導した。事故現場に駆け付けた消防隊員たちが負傷者や重傷者を救出し、車いす利用客は車輪をレールに合わせた専用トロッコ「救援用搬送トロ」に乗せて運んだ。 救助活動が終了した後も、社員たちが鉄骨の撤去や切れた架線の修理、脱線した車両を線路に元通りに戻す復旧作業に取り組んだ。事故発生から約2時間で、列車は運転を再開した。

みんなが協力しての文明生活 《遊民通信》27

【コラム・田口哲郎】前略 以前から、今の生活水準を維持するのに必要な文明の利器は何だろうか?と考えていました。それは電力、水道、気密性の高い住居、空調、温水洗浄便座だと思います。電力と水道水さえあれば、たとえこの地上にたったひとり取り残されても、家にこもればなんとかなりそうです。空調と温水洗浄便座はぜいたく品でしょうが、一度使ったら空調・温水洗浄便座以前には戻れません。科学技術が人間生活を快適にしましたが、その基盤は電力と水道水が築いたものです。でも、人はたったひとりでは、どうにもなりません。 ヒストリーチャンネル制作の「人類滅亡 Life after people」という番組があります。コンセプトは人類が突然消滅した想定で、その後の都市の様子をシミュレーションするというものです。なんとも不気味な設定ですが、いろいろ考えさせられる内容でもあります。 人類消滅の翌日からさまざまな変化が起こり、自然が都市を侵食し始めます。植物がはびこり、ペットが野生化し、かつての都会は動植物王国になる。そして消滅後50年後あたりからランドマークが次々と崩壊します。たとえば、ロンドンだとビッグベンやロンドン橋が、ワシントンだとホワイトハウスが、フランスだとエッフェル塔が無残にも崩れ落ちるのです。 現実にはあり得ないことが次々に映し出され、目が離せません。最後はだいたい人類消滅後300年後の街がただの森林になってしまうという結末です。CGがリアルでまるでそこにいるような感覚になります。