火曜日, 1月 13, 2026
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色彩スクール経営の神山瑤子さん ふるさと つくばで新規事業

ドッグラン併設のカフェオープン

【伊藤悦子】犬と同伴でき、ドッグランも併設するカフェが1日、つくば市東岡にオープンした。オーナーは、同市出身の神山瑤子さん(65)。東京・麻布十番に開設するカラースクール「EVE GARDEN(イブ・ガーデン)」の経営を娘の楢崎悦子さん(45)に任せ、新規事業開拓の新天地を筑波山の見える、ふるさとに求めた。

オープンしたのは「イブ・ガーデン カフェ」。同市東部のニュータウン、流星台の分譲地に隣接する敷地を借りて、一軒家を建てた。エントランスのオープンスペースを広く取る分譲地にならったことで、筑波山を眺めながら、犬と人がくつろげる空間となった。在来のカシの木をシンボルツリーに残し、併設のドッグランは120平方メートルの広さ。その芝生の生育を待って開店した。

ドリンクメニューのお薦めは、専門茶葉のコクと甘みを堪能できるミルクティー。食事のメニューは茨城産の新鮮野菜をふんだんに使っている。神山さんは「このカフェを開くにあたり、愛玩動物飼養管理士2級の資格をとった。ペットの食育の勉強もしたので、ゆくゆくは犬のメニューも提供したい」と話す。

店内で「わんちゃんのお洋服」を紹介するオーナーの神山瑤子さん

色彩学を学んだ神山さんは結婚後、最初のカラースクールを土浦駅東口に開業した。EVE GARDEN社は1991年の設立、生徒数が増え、規模を拡大して2004年には本拠を麻布十番に移した。一人ひとりに似合う色、パーソナルカラーの研究を続け、2004年には娘の楢崎さんと共著で「パーソナルカラーの教科書」(新紀元社)を出版、コスメ事業部門も設立した。15年には「新しい『色』の教科書」(新紀元社)を出版。16年には日本の四季の色を一着の服に表現する「Jibun-fuku/じぶん服」ブランドを立ち上げた。

神山さんは中国発祥の陰陽五行説の色彩も学んだ。真っ白いビション・フリーゼのメイちゃんを飼い始めたのをきっかけに、犬にも色彩豊かな洋服を着させたい、という思いで犬の服作りをスタートした。犬と飼い主の相性を陰陽五行から読み取り、似合う色を提案する。「同じ種類の犬でも、毛の色や瞳の色、骨格で似合う色が変わる」という。その事業展開の地に選んだのがふるさと。「自分の育ったところは筑波山が見えなかった分、このロケーションが気に入った」そうだ。

店内には娘の楢崎さんがデザイン、制作した犬の洋服や小物が展示されている。1点もので、模様はすべて手書き。デザイン、プリント縫製なども自社アトリエで企画制作している。愛犬や愛猫の写真をモチーフにしたポーチやバッグの制作も行っている。飼い主とわんちゃんに素敵な生活を提供できればという。

カフェに同伴、ドッグランを利用できるのは体重10キロ以下で、ワクチン5種と狂犬病予防接種済みの犬。ドッグランには足洗い場や水飲み場も併設している。犬の排せつ物は持ち返りを求めている。

イブ・ガーデン カフェ(つくば市東岡82-1、電話:029-828-4862)営業時間は午前11時~午後6時、定休日は月・木、第1・第3日曜日。

カシの木がシンボルツリーになっているイブ・ガーデンカフェ=同

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映画「倭文-旅するカジの木」を見て《邑から日本を見る》190

【コラム・先﨑千尋】先月7日、東京都練馬区の大東文化会館で国際シンポジウム「旅するカジの木、旅する神々-静御前と倭文(しづり)」が開かれ、その中で北村皆雄監督の映画「倭文-旅するカジの木」が上映され、北村監督の講演などがあり、筑紫舞、大和高田の白拍子舞などが披露された。 倭文ないしは倭文織は古代の織物の名称で、常陸国風土記や万葉集、日本書紀、延喜式などの古典に登場するが、現物が発見されていないので、“幻の織物”と言われている。その素材はコウゾやカジの木などの自然繊維で、神事に使う幣(ぬさ)、手纏(まとい)、鞍(くら)などに使われていたようだ。 私は那珂市静に鎮座している常陸二の宮静神社のすぐ近くに住んでいることもあって、かなり前からその織物に関心を持って、史料も集めてきた。常陸国風土記には「まだ織物がなかった時代に倭文部(しどりべ)という織物の技能集団が静周辺に来住し、倭文を織った」とある。静神社の主祭神は、織物の神様・建葉槌命(たけはつちのみこと)だ。 「衣食住」という言葉 北村監督は映画上映の前に「衣食住という言葉があるが、衣が最初で、食、住と続く。それはなぜなのか。人が生まれてきて最初に産着(うぶぎ)を着ける。布は第二の皮膚と言われ、人間しか着けない大事なものだ。倭文という謎の織物を手掛かりに、衣の持つ呪術性を探ってみたいと考えて映画を製作した。何もないものを作るのは大変なことで、5年もかかった」と話した。 映画は最初に、日本の原始布が残る徳島県旧木頭村を訪ねるところから始まる。ここではカジの木やコウゾで織る太布(たふ)が現在でも織られている。次に、糸を使わない布、タパが登場する。カジの木の樹皮をたたいて伸ばす。撮影隊は、タパを作っているパプアニューギニアに向かい、人類最古に当たる植物繊維の衣服が今でも作られている有り様を伝える。 カジの木の原産地は中国南部から台湾。そこから4000年にわたってフィリピン、インドネシア、オセアニア、日本などに伝わったという。北村さんらは正確を期するために各地でDNA鑑定を行っている。茨城県内にはコウゾはあるが、カジの木はほとんど見かけない。コウゾはカジの木とヒメコウゾの交配から生まれたものだ。 この映画を作るために、国内の4人の織物作家(山口源兵衛、石川文江、西川はるえ、妹尾直子)が帯や幡(はた)、紙布を作る。その苦労する過程が克明に映し出される。 映画の最後は、日立市の大甕倭文(おおみかしず)神社にある宿魂石上(しゅっこんせきじょう)で、神話に出てくる倭文神「建葉槌命(たけはづちのみこと)」(大和朝廷側)がまつろわぬ星の神「香香背男(かがせお)」を、倭文織を使った呪術的な力で圧倒する場面。この場面だけがフィクションである。 冒頭に戻る。今回のシンポジウムのタイトルに「静御前と倭文」とある。静御前が鎌倉鶴岡八幡宮で歌ったという「しずやしず 倭文の環(おだまき) くりかえし 昔を今になすよしもがな」から採ったと思われるが、静御前と倭文の関係について、今後の研究に期待したい。(元瓜連町長)