【相澤冬樹】ゴールデンウイークの田んぼで、忙しいのは稲作農家ばかりではない。土浦市など霞ケ浦周辺に広がるハス田の水面(みなも)には、腰まで泥に浸かって田舟を引く人の姿が目立ってくる。舟にはころころと太ったレンコンが載っているが、収穫作業ではない。掘り取った長いレンコンの節を三つほどに切り離して種ハスとし、泥田の底に定植しているのだ。
2017年統計で、レンコンの全国作付面積3970ヘクタールのうち、茨城県は最多の1630ヘクタールを占めた。その中心は霞ケ浦周辺で、わが国きっての産地といえる。が、どうやって栽培されているのか、近在にあっても知る機会はほとんどない。だからハスの実から採った種子で育てていると思う者も少なくない。
地下茎であるレンコンは、すぼんだ節のところに根と芽をもっており、春に芽から水面まで届く浮き葉を伸ばして光合成を始める。この後、立ち葉を傘のように広げて、根茎を太らせていく。最後につぼみを持った花芽が出てきて、初夏には大輪の花を咲かせる。咲き終わった花托(かたく)は、手に収まるサイズの半球状の実になる。中に小指の先ほどの種子が入っているが、農家がこれから実生(みしょう)で育てることはない。
泥の中、段々に節を伸ばしたレンコンは、葉の枯れる秋には光合成ができず成長を止めるが、十分に太っており、出荷のタイミングを待つだけとなる。この間の呼吸のため、酸素の通り道になっているがハスの穴だ。出荷は需要のピークを迎える年末を経て、翌年春まで行われるが、農家は1割程度の田は収穫せずに種ハス用に残しておく。これを掘り取って、ハス田に植え替えているのが今の時期、大体5月いっぱい続く。
同じ遺伝子のクローン
すなわち一面のハス田に植わるレンコンは、同じ株の遺伝子を引き継ぐクローンなのである。これによって一定の品質が保たれる。霞ケ浦周辺で代表的なのは金澄(かなすみ)と呼ばれる系統。シャキシャキ感ある食味が消費者に好まれ、よく肥大して多収性なのが生産者に喜ばれる。千葉県の育成農家が系統選抜という手法で品種改良したもので、1985年ごろの「金澄1号」から始まり、最終的には「43号」ぐらいまで作られたそうだ。
徳島や愛知などの産地で栽培されているレンコンは備中種が主で、ほぼ赤い花が咲くのに対し、金澄の系統は白い花になる。うっすらピンクの筋が入っており、「爪紅」(つまべに)という。霞ケ浦周辺のハス田でも赤い花が交じることがあるが、農家はこれを嫌う。前年掘り残したレンコンが地中に残ったときなど、深く潜ったハスから出た花芽に赤い花がつく。突然変異とも先祖返りともみられ、レンコンは細長く変形してしまい、白くふっくらした形状にならない。実生も同様に、品質が保証できないから取り除かれるということだ。
しかし、クローン技術で同一の品種を作り続けていると、レンコンの形状や品質が劣化したり、収量が減少したりする。このため新しい品種や系統の導入が必要になってくる。近年は、レンコンの育種家が減少し、優良品種・系統の選抜や育種の課題に取り組むのは、行政の仕事になった。県農業総合センター生物工学研究所(笠間市)が主に担っている。(続く)
