【橋立多美】つくば市立茎崎第三小学校(同市小茎)は、高齢化が課題のつくば市南部、森の里団地(1300世帯)に隣接する。昨年9月、同小の空き教室を活用して地域交流室が開設された。
冬休みが間近になった昨年12月13日、同交流室から早春譜を奏でる琴の音が聞こえた。同校は中庭を囲むように3階建ての校舎が建ち、1階にある同交流室には暖かな日が差し込む。
同交流室は隣接する森の里団地の住民に開放され、サークル活動に使われている。この日の琴は「琴伝流大正琴」の講師福本敬子さん(75)が開いた。福本さんは「静かで落ち着いてお稽古ができる」と話す。そして「音が授業の妨げになるのでは、と思ったが、学校は『児童たちに地域の人々の活動が聞こえるのはいいこと。窓を開けて練習してもいいですよ』と言ってくれた」。会員の海野和子さん(69)は「三小は我が子の母校。卒業して縁がなくなった学校に来ることができるのは懐かしさもあってうれしいし、子どもに今度はお母さんが通学すると話している」と交流室の開設を喜ぶ。
開設は、昨春同校に着任した鮏川誠校長が決断した。校長は「これまで県内の多くの小中学校に赴任してきたが、登下校の見守りや花壇の手入れ、学校行事などを快く引き受けてくれる地域住民の姿勢と学校への関心の高さに驚いた。「住民との良好な関係は教師にとって財産で、地域に開かれた学校にしようと地域交流室を思い立った」と話す。

取材を進めると、地域交流室の開設に先鞭(せんべん)をつけた人がいたことが分かった。鮏川校長の2代前の小池義寿校長(現・守谷市立黒内小校長)だ。
30年後の荒れた中庭にがく然
茎三小は、森の里団地の入居が始まった1979年の翌年春、開校した。学齢期の児童数が膨れ上がり、当時、児童数1500人を超える県内屈指のマンモス校となった。現在は当時の6分の1以下の227人だ。
約30年前、教員生活をスタートさせた小池校長が初めて赴任したのが開校したばかりの同小だった。当時25歳。マンモス校で教員数は約40人。同世代の教員と教育について議論を交わす熱血漢で、議論が深夜に及ぶと今では考えられないが畳の敷かれた玄関脇の用務員室で雑魚寝をすることもあった。
ある夜、校舎の玄関に置かれた「南極の石」に目が留まった。当時、海上保安庁に勤務していた保護者の倉本茂樹さん(76)=現在森の里自治会長=が、第22次南極観測隊員として南極に赴いた折りに持ち帰った石を寄贈したものだった。「地域には素晴らしい人がいるな」と思ったという。
歳月は流れ、30年経った2013年4月、校長として同小に再び着任した。同小の中庭に立ったとき、その目に飛び込んできたのは、生い茂った草木と、今にも倒れそうに壊れた時計台と百葉箱だった。新米教師だった自分を育ててくれたふるさとに、校長になって戻って来たという高揚感は消え、うれしさは打ち砕かれた。寂しさが込み上げた。

=続く