日曜日, 4月 18, 2021
ホーム つくば 【成人式’19】はれのひ事件から1年 フォトスタジオが「いつでも無償で支援」

【成人式’19】はれのひ事件から1年 フォトスタジオが「いつでも無償で支援」

【橋立多美】きょう14日は平成最後の成人の日。昨年は成人の日にあたる1月8日、振り袖の販売と貸し出しを行う「はれのひ 」の3店舗(つくば店、八王子店、横浜みなとみらい店)が突如閉鎖された。あれから1年経ったが、龍ケ崎市のフォトスタジオ「スマイルカメラ」のホームページには「はれのひ被害に遭われた方へ」と題して、気持ちの整理がついたら10年後であっても撮影までを無償で支援しますという呼び掛け文が載る。

昨年ははれのひの3店舗に電話連絡ができなくなり、同店から購入またはレンタルで成人式の着付けを予約していた新成人たちが晴れ着を着られなくなった。つくば店は、同市や周辺自治体が成人式を1日早い7日に挙行したことで、「式当日に晴れ着を着ることができない」というトラブルは発生しなかったが、着付けが式典に間に合わなかった人も出た=2018年1月9日付け=。

「スマイルカメラ」を営む梶山泰央さん(49)は、ニュースでこの事態を知って「なんてことが…」と怒りが込み上げた。本人たちの泣きたい思いはもとより、仕事柄、晴れ着姿の我が子の前撮りをうれしそうに見守る父母たちの姿を見ていただけに、その気持ちが痛いほど分かったからだ。

「何とかしてあげたい」と8日夜、ツイッターとインスタグラムに「撮影だけで良ければ無償で支援します」と書き込んだ。すると「ヘアメーク、着付けできます」「振り袖あります」「応援します」など、続々と賛同と支援の声が寄せられた。ツイッターで100回以上リツイートされ、ページビュー(閲覧件数)は8万件以上に上ったという。

数日でヘアメークから撮影までの全てを無償で支援できる体制が整い、ホームページや取材を受けたメディアで利用を呼び掛けたが、問い合わせはなかった。つくば市周辺では「式当日に晴れ着を着ることができない」トラブルがなかったためと見られる。

震災経験し人生一転 「辛さ分かち合い」実感

被害者に今も無償支援を呼び掛ける梶山さんには、東日本大震災の経験を経て「最悪だった日を幸運な日に変えて笑顔にできれば」との願いが込められている。

梶山さんの人生は2011年の震災で変わった。震災から1カ月後、妻の希美さん(41)のふるさと宮城県亘理町の震災ボランティアセンターが稼働するのを待って駆け付けた。命と財産、町並みを失った痛みに黙々と耐える被災地を目の当たりにして「人の役に立つ仕事をしよう」と決意。趣味の域だった写真撮影の技術を独学で磨き、14年3月東京都下水道局を退職してフォトスタジオを龍ケ崎の幹線道路沿いにオープンした。

「被害者の新成人からの連絡はなかったが、多くの人がSNSで情報を広げてくれ、河内町の美容室を始め10人の有志が支援に名乗りをあげてくれた。辛さや困りごとを分かち合うための手が皆の心にあることを実感した。フォトの領域から世の中の役に立つ活動をしていきたい」と梶山さんは前を向く。

◆フォトスタジオ「スマイルカメラ」のHPはこちら(https://www.smilecamera2525.com/
龍ケ崎市藤ケ丘1-3-6
電話080-3307-3401
月曜定休

会員募集中

NEWSつくばでは、私たちの理念に賛同し、一緒に活動していただける正会員、活動会員、ボランティア会員、および資金面で活動を支援していただける賛助会員(クレジットカード払い可)を募集しています。私たちと一緒に新しいメディアをつくりませんか。

スポンサー

注目の記事

教科書掲載、長久保赤水の日本地図も つくばの古書店で「むかしの茨城」展

つくば市吾妻の古書店、ブックセンター・キャンパス(岡田富朗店主)で第10回店内展示「むかしの茨城」が開催中だ。版画や古地図、絵葉書など茨城に関する古資料約30点が、店内のショーケースに展示されている。 100年以上も広く流通

最新記事

正岡子規『水戸紀行』追歩(6) 《沃野一望》26

【コラム・広田文世】灯火(ともしび)のもとに夜な夜な来たれ鬼我(わが)ひめ歌の限りきかせむ とて 明治22年(1889)、東京から水戸へ友人を訪ねて歩き出した正岡子規は、土浦市内をぬけ真鍋の急な石段を上がる。高台より霞ケ浦を俯瞰(ふかん)する。令和の時代の土浦市民としては、霞ケ浦を眺望していただいたことが、悪印象を残してしまった土浦の、せめてもの救いになる。 「この断崖に立ちて南の方を見れば果して広き湖あり。向ひの岸などは雨にて見えず。されど霞浦とは問わでも知られたり」 真鍋あたりの旧水戸街道は真鍋の町なかから急坂をあがり、土浦一高の手前で旧6号国道に合流する。子規は、石段を上がったとあり、善応寺の裏手あたりの道かとも推察されるが、判然としない。現在残されている旧水戸街道とは、いくぶん異なっているようだ。 土浦一高は、旧制土浦中学校。本館は明治37年竣工の重厚な建物で、重要文化財に指定されているが、子規が真鍋へ来訪した時点では、この本館はまだ建設されていない。子規が『水戸紀行』を歩いた時代は、それほど古い過去の出来事。 ところで文化財の旧本館、われわれの年代は卒業年度に実際に校舎として使用させてもらった。夏になると高い天井からダニが降ってきたり、冬は床板の隙間から寒風が吹きあげたりしたが、やはり味わいのある校舎だった。

土浦市消防団に「通訳隊」発足 県内初

大規模災害時、外国人に対応 大規模災害が発生した際、日本語が話せない被災者に通訳をする機能別消防団「通訳隊」の発足式が17日、同市田中の土浦市消防本部で開かれ、日本人5人、中国人2人の計7人が団員の辞令を受けた。 安藤真理子市長は「通訳隊は茨城県初であり、全国的にも数少ない。市内には約4400人もの外国人が住んでいる。皆様の通訳で土浦市の安心安全が守られる」とあいさつした。 辞令を受け、川﨑団長(左)に宣誓をするリ・ヨウさん 通訳隊は避難所で通訳をしたり、り災証明書などの申請の際、窓口などで通訳を行う。英語、中国語、スペイン語、タイ語の4カ国語に対応できる。

巨人3軍と交流戦 茨城アストロプラネッツが「土浦デー」 

プロ野球独立リーグ、BCリーグの茨城アストロプラネッツ(本拠地・ひたちなか市)と読売巨人3軍の交流戦が16日、土浦市川口のJ:COMスタジアム土浦で開催された。土浦市と茨城アストロプラネッツは2月からフレンドリータウン協定を結んでおり、今回は締結後初の当地でのホームゲーム。「土浦デー」と称し、市内在住・在勤・在学者を無料招待した。入場者数は681人、ネット中継でも250人が試合を見守った。結果は1-2で茨城が惜敗した。 試合に先立って土浦出身の野木和馬、井上真幸の両選手があいさつ。井上は「小学生のときからこのグラウンドには愛着ある。戻って来られてうれしい」、野木は「井上や大場(駿太)は少年野球からの仲間。一緒に野球ができてうれしい。市の代表のつもりで頑張りたい」と話した。また安藤真理子土浦市長は「野球を愛する子どもたちも、この1年はコロナで苦労してきた。プロの試合を間近で見られ、こんなにうれしいことはないと思う」と、試合に寄せる感謝の思いを述べた。 試合前に挨拶する野木(右)と井上(撮影/高橋浩一) 茨城はこの試合7人の投手を起用し、短いイニングでつなぐ作戦に出た。「初球から自分のベストのボールを投げ、早め早めに抑えよう」というジョニー・セリス監督の策だ。結果は1試合を通して2失点、懸案だった四死球は4つとまずまずの成績。「バッテリーの息も合い、皆さんへのいいアピールになった」と監督。 野木は2人目として2・3回を担当。立ち上がりは「初球の入りと決め球が甘くなった」と2安打を浴び1点を失うが、3回は2死二・三塁の場面で、相手の4番を三振に取る堂々たるピッチング。「自分の良さはピンチに動じないこと。低めの変化球でスイングアウトを取れ、次につながるいいピッチングができた」と振り返った。

良い天気 悪い天気 《続・気軽にSOS》83

【コラム・浅井和幸】Aさん「子どもに勉強しろと言っているのに、勉強しないので困っています」。浅井「では、しばらくの間、勉強しろと言わずに様子を見てみましょうか」。Aさん「それは私が、悪いというのですか? 私は間違ったことは言っていません」。 このような典型的なやり取りが、相談の中では起こります。双方の前提条件が食い違っているのです。Aさんは、正しい自分は変わる必要なく、勉強をしない悪い子どもの行動を変えてほしいので相談しているのです。行動を変えるのは間違ったことをしている人間で、正しいことをしている人間は行動を変える必要はないと考えます。この考え方は、むしろ常識的ですし、良識的です。 浅井は常識的な考えすべてをよしとは考えられない、ひねくれ者です。そのひねくれ者の考えは、一つ目:あまり物事を良いことと悪いことの二つに線引きしない。二つ目:物事を変えたいのであれば、何か現状と違う何かをする。三つ目:物事を変えたいと希望し、行動を変えられる人から変えて試してみる。ざっと挙げると、こんな感じです。 二つ目と三つ目は、ある程度の賛同を得られると思います。しかし、一つ目は、なかなか受け入れがたい考えかも知れません。悪いことをした人が行動を変えるべきで、罪を犯している人間が罰を与えられるのは当たり前である、悪が罰を受けることで、世の中は良くなっていくだろう—という考えが一般的だからです。 「正義や愛」にはちょっと警戒 そのすべてが間違いだとは言いませんが、良い方向に持っていきたいのであれば、良い材料を集めることの大切さも知って欲しいと常々考えています。悪者さえたたきつぶせばこの世は良くなるという「正義や愛」が、どれぐらいの悪を作り出しているかを想像すると、とても、怖いことだと私は感じています。(余談ですが、私は、「正義や愛」を掲げて寄ってくる人を、ちょっと警戒する癖があります)