土曜日, 1月 23, 2021
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塚本一也

《茨城鉄道物語》3 茨城県に新幹線は必要か?

【コラム・塚本一也】茨城県内で最初に通った鉄道は何線であろうか? 答えは東北線(1885年)である。最初に開業した駅も古河駅であり、その後、現在の水戸線が小山~水戸間で開業(1889年)し、常磐線の田端~水戸間の開業はその後の1896年である。当時、常磐線の東京延伸が遅れた原因の一つとして、利根川に橋を架ける技術がなかったということが挙げられる。 では、茨城県に新幹線は通っているか? という問いに対する答えはいかがだろうか。正解は「通っている」である。正確に言うと、一部、古河をかすめているだけなのだが、茨城県内に駅がないので県民としてはあまり実感がわかないのであろう。 国の整備新幹線計画は、今でも全国で少しずつ進められている。1970年に定められた「全国新幹線鉄道整備法」に基づいて、北海道新幹線の札幌延伸や、九州新幹線の長崎ルートなどの整備が進められ、北陸新幹線の新大阪延伸も計画中である。 さらに、山形では様々な問題を抱えながらも山形新幹線のフル規格化を検討し、新幹線の空白地帯である四国においても、新幹線を通そうという運動が地元で盛り上がっている。さらに、北陸新幹線議論の延長として「山陰新幹線を実現する国会議員の会」(石破茂会長)なども存在し、大分県では「東九州新幹線整備推進期成会」も設立されているそうである。 地域の特性に合った公共交通の整備を このように考えると、全国で新幹線を検討していない自治体は、島である沖縄県と半島である千葉県を除くと、茨城県だけになってしまう。なぜ、茨城県では新幹線の議論が発展しなかったのであろうか?

《茨城鉄道物語》2 まぼろしの筑波鉄道はいずこへ

【コラム・塚本一也】私が小学生のころ(約45年前)、実家から最も近い繁華街は旧筑波町の北条であった。そこには旧大穂町の大曽根商店街よりもワンランク上の商店街が存在した。それはおもちゃ屋さんであったり、牛肉を販売する肉屋さんであったり、眼科などの専門医であったり、小学生には縁がなかったが接客の伴う飲食店であったりと、筑波山のお膝元ということもあって、生活必需品以上の品揃えの整った商店街が栄えていた。 中でも他の町村よりも際立っていたのは、鉄道が走っていたことであろう。県南の商都として発展した常磐線土浦駅と水戸線岩瀬駅を鉄路で結ぶ「筑波鉄道(1979年まで関東鉄道)筑波線」(営業キロ40.1キロ)が、1918年から1987年まで約70年間営業を続けていたのである。最盛期には常磐線や水戸線から直接客車が乗り入れて、筑波山観光に一役買っていたそうである。 その筑波線も1987年4月1日に国鉄分割民営化と共に、惜しまれながらもその歴史に幕を閉じることになったのである。世はバブル経済へ向かってひた走っている時代であり、ご当地の筑波線沿線地域も、つくば万博後の民間企業進出によって好景気時代を迎えていた。農家の庭先には父親のシーマ、息子のソアラ、お姉さんのプレリュードが所狭しと並んでおり、在京TV局が満杯の駐車場を備える天久保歓楽街に頻繁に取材に来ていたころである。「モータリゼーションの普及」の名のもとに、筑波鉄道筑波線は廃線の憂き目にあったのである。 残された観光資源の有効活用を 私は茨城県の県民性に「飽きっぽさ」を挙げることができると思っている。郷土の持つ豊かな自然環境と立地条件から、「いつでも何をしても食べていける」という考え方が根底にあるため、それまでの歴史や資産価値などにこだわらず、すぐに心変わりをしてしまうのである。それゆえに筑波線の存続もあっさりと諦めてしまったことは、他県の市電やローカル線が注目されている昨今では、本当に残念でならない。 しかし一方では、今から30年以上前のバブル経済初期に、誰が今日の環境問題や地方創生策を想定しただろうか、という思いもある。歴史に「たられば」は禁物だが、筑波線が残っていたのならば、つくばエクスプレス(TX)との接続やJR線との相互乗り入れなど、地域発展のための様々な選択肢が考えられたと思う。

《茨城鉄道物語》1 「品川開発」で常磐線の復権なるか

【コラム・塚本一也】以前、コラムを担当させていただきました塚本一也です。久しぶりの寄稿となりますが、どうぞよろしくお願いいたします。今回は鉄道建築技術者としての経験から、茨城県の鉄道全般について広く論じてみたいと思います。 新型コロナウィルス問題の最中に、東京の鉄道網において、歴史的ともいえるビッグニュースがあった。3月14日の高輪ゲートウェイ駅の開業である。山手線の駅としては西日暮里駅以来49年ぶり、30番目の駅である。 皆さんは、地下鉄ネタの漫才が得意であった春日三球・照代さんを覚えておいでだろうか。お二人の漫才で、「山手線の駅はいくつあるか数えてみよう」というネタがあった。品川から時計回りに二人で数え始めて、見事に駅名をそらんじていくのだが、照代さんは田町で止めて、29駅だと主張する。 しかし、三球さんは品川をもう一度カウントして、30駅だと言い張るのである。なぜ品川を2回数えるかというと、「じゃあ田町と品川は線路がつながっていないんですか?」というのが落ちになっている。今、お二人がご健在ならば、今回の新駅開業についてどのようなネタを披露してくれるか、非常に楽しみであったが残念である(照代さんは1987年にご逝去)。 品川―茨城直結の優位性を活かせ なぜ本コラム再登板の初回に高輪ゲートウェイ駅開業を取り上げたかというと、「いよいよ品川の時代がやってくるな」ということを申し上げたかったからである。

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タブレット、PC寄付を つくばの無料塾 発達障害児支援やオンライン授業に

【川端舞】生活困窮世帯の子どもに学習支援を行う「無料塾」を運営するNPO法人「居場所サポートクラブロベ」(つくば市島名)が、不要になったパソコンやタブレット端末の寄付を募っている。発達障害などがある子どもたちに貸し出すほか、今後新設する障害児向け放課後デイサービスでも、パソコンやタブレットを使った学習支援を行う。 現在、無料塾に通っている子どもは3教室併せて小学生から高校生までの85人。そのうち、発達障害や外国人児童など読み書きに難しさを抱える子どもは45名程度いるという。 タブレット教材に集中 無料塾ではタブレットを1台、ノートパソコンを5台保有しており、読み書きが難しい子どもたちのうち、小学生にはタブレットを、中高生にはパソコンを貸し出している。理事長の森美智子さん(54)は「通常の教材だと興味を持てず、すぐに遊んでしまうが、タブレットの教材だと集中力が続く」と話す。 タブレットの台数を増やしたいと思い、民間の助成金事業に応募し、パソコンのみ寄付を受けた。それでも不足するため、一般家庭から寄付を募ることができないかと考えた。パソコンとタブレット、それぞれ10台追加できれば、必要な子どもに貸し出せるという。寄付されたタブレット等には、ゲーム感覚で学べる教材ソフトを入れる予定だ。

《宍塚の里山》73 謎の広場に2匹のタヌキを発見!

【コラム・及川ひろみ】宍塚には不思議な広場がある。雑草がなぎ倒され、ぽっかりと空いた広さ20畳ほどの広場。谷津のくぼ地で、日当たりがよく、周囲は背の高い雑草に覆われ、人が近寄った形跡は全くない。しかも、謎の広場は展望台と呼ばれる高台から丸見え。何のための広場なのか不思議でならなかった。 謎の広場 1月3日の午後3時過ぎ、1匹の丸々と太ったタヌキが広場の隅で寝入る姿があった。日が落ち、寒くなってきたなと思った4時少し前、眠っていたタヌキがやおら起き上がり、広場の縁を歩き始めた。間もなく、草むらから呼び出されたかのように、もう1匹のタヌキが現れた。2匹はしばらくじゃれ合っていた。その後、1匹が近くの穴に入ると、残された1匹も同じ穴に勢いよく飛び込み姿を消した。 2匹は同じような大きさ。番(つがい)のようだ。それにしてもこんな広場、どうやって作ったのだろうか。展望台は五斗蒔谷津(ごとまきやつ)と呼ばれる宍塚大池の南側の先端にあり、散策路から少し入ったところ。ここは谷津が広く見下ろせる見晴らし抜群なことから、野鳥観察のポイント。これまで何度となく訪れた所だが、これまで広場が作られたことはなかった。 それにしても、この広場は日当たりがよく、北側は小高く、北風が遮られ、昼寝には気持ちよさそうなところ。宍塚にはタヌキの成獣を襲う動物がいないからか、その無防備さにちょっと驚く。この時期のタヌキは、疥癬(かいせん、皮膚病)に侵され、やせ細るものも多いが、今回見た2匹のタヌキはとも丸々と太り、色つやもよく元気そうだった。 アライグマ、ハクビシン、キツネもいる

コロナ禍 学生4000人が行列 筑波大が食料20トンを無料配布

【山口和紀】筑波大学(つくば市天王台)は22日、学生に食料の無料配布を実施した。地元企業などから約20トンの支援物資が集まり、学生約4000人が列をつくった。一方、想定を大幅に超える学生が集まったことから4時間以上並んだ学生もおり、午後4時ごろには物資が底をついた。 学生生活課の担当職員は「自粛期間に入ってから、こんなに多くの学生を見たのは初めて。午後2時時点で1000人が受け取ったが、今3000人ほどの列ができている」と語った。当初、受け取りにくる学生は「200人から1000人ほど」と考えていたという。 7割が「アルバイト減った」 同大では新型コロナ第3波が到来した昨年12月半ば、生活への影響について学生にアンケート調査を実施した。回答があった学生の7割が「アルバイトが減った」と答えた。 こうした状況を受け学生を支援しようと、今月5日から、教職員のほか、JAやロータリークラブなどの地元企業や卒業生などに支援を呼び掛けた。わずか3日間ほどで地元企業や卒業生が経営する企業などから20トン近い食料が届いた。 コメ7トン、カップ麺2万4000食、レトルトカレー2000食、缶詰2300個、チョコ菓子1万6000個、飲料水1万1000本、キャベツ・ハクサイ各500個、卵1200パックなどだ。

既存校の努力評価を 県議会 筑波高が「魅力ある高校づくり」 

【山崎実】県議会の論戦で、魅力ある高校づくりが取り上げられ、現実的課題解決に取り組む努力に対する評価を求める声が上がっている。 県立筑波高校(つくば市北条)の支援策に、県は「学校支援プロジェクト」を立ち上げ、大学進学のための指導を強化するため、進学対応コースを編成した。今年度は総合選抜で国立大学への合格者が出ているという。 さらに現在の高校2年生からは進学対応コースをアカデミックコースの文系と理系に変更し、個人の学力に応じたきめ細かな対応に努めていくとしている。 また、地域の「人財」として社会性を育むため、学校が独自に「つくばね学」を設け、筑波山麓の製麺所などで1年間にわたる実習を行い「人間力」の向上にチャレンジしている。 2018年度には、筑波学院大学と協定を締結し、「地域デザイン」や「ビジネスマネジメント」など大学で学んだ内容を高校の単位に認定するなど、「高大連携」にも積極的に取り組んでいる。 今後は、「学校と一体となって地域との連携・協働体制の充実に向け、コミュニティ・スクールに導入などについて検討し、地域の声をこれまで以上に反映できる体制づくりに努めていく」(県教育庁)と答弁している。