月曜日, 7月 4, 2022
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塚本一也

歴史と伝統の水戸駅《茨城鉄道物語》18

【コラム・塚本一也】県内の鉄道路線巡りは全て終了したので、今回から駅舎について少し語ってみようかと思います。その初回は、何と言っても水戸駅を取り上げなければならないでしょう。 常磐線水戸駅は1889年(明治22年)1月に開業しました。歴代の水戸駅の写真がJR水戸駅の駅長室に飾られているのですが、開業当時の写真を見ると、水戸駅南口のすぐ前には千波湖の湖畔が迫っているのがわかります。つまり、現在の水戸駅南口は、ほぼ千波湖だったのです。 1889(明治22)年の開業時の水戸駅の写真 私は1996年から98年までJR水戸支社に勤務しており、水戸駅周辺の工事に携わっておりました。当時、南口はまだ開発途中であり、造成工事の最中だったのですが、そこかしこから地下水が湧き出ていました。 また、当時私が担当していた工事で、水戸駅北口の東京方面に駅ビルを増築するプロジェクトがありました。腐葉土のような軟弱地盤を相手に、地盤改良工事に悪戦苦闘した思い出があります。入社5年目でまだ駆け出しの私にとって、様々なアクシデントを乗り越えた試練の現場でした。 「おもてなしの心」を感じる駅

JR鹿島線は素晴らしかった 《茨城鉄道物語》17

【コラム・塚本一也】県内鉄道の体験乗車報告も、いよいよ最終路線のJR鹿島線の番になりました。「鹿島線」は、その名称が廃線となった「鹿島鉄道」や以前取り上げた「鹿島臨海鉄道」などに似ており紛らわしいのですが、れっきとしたJR東日本の旅客営業路線です。香取駅から鹿島サッカースタジアム駅(臨時駅)まで6駅あり、営業キロ17.4キロの単線直流電化路線です。 ちなみに、県内の直流電化路線は、この鹿島線と古河駅から乗車する東北線(宇都宮線)しかありません。 私は土曜日の昼間に香取駅から乗車しました。ダイヤは2時間に1本という超ローカル路線であり、駅は無人駅ですが、Suicaが使えたことはさすがJR東日本と、少しうれしくなりました。乗客も、学生や親子連れなどが乗車しており、車両も都市近郊の通勤電車仕様ということもあって、車内には都会の空気が漂っていました。 鹿島線には目玉が2つあります。1つは、平日の始発電車が2時間ちょっとで総武線経由で東京駅へ直接乗り付けており、土曜と休日は3時間で大船まで乗り入れていることです。いずれも8時10分台に東京駅に到着しており、この1本があるということは沿線地域にとっては大きなメリットです。 全長1200メートルの北浦鉄橋 香取駅を出発してすぐに踏み切りがありますが、そのあとはオール高架で高規格路線となっています。さらに、全長1200メートルにも及ぶ北浦鉄橋からの景観は、鉄道ファンならずとも一度は体験する価値があろうかと思います。真っ直ぐに伸びる鉄橋を渡る電車の車窓からは、遠くに筑波山を望み、湖面は電車の振動に共鳴しているかのようにさざ波が立っていました。 

東北本線・古河駅が面白い 《茨城鉄道物語》16

【コラム・塚本一也】前回述べた通り、茨城県内で乗車できる鉄道は11路線ありますが、これまでのコラムで、そのうち9路線を制覇しました。残りわずかとなりましたが、今回は東北本線の古河駅へ行ってきました。 古河駅は1885年に茨城県で最初に開業した駅であり、130年以上の歴史があります。建設当時は、利根川に橋を架ける技術が確立されておらず、水戸~東京間は水戸線経由で小山から東北線を利用していたそうです。古河駅を訪れたのは初めてでしたが、3つの点に驚きました。 1つは、古河駅の形態です。鉄道の駅舎は、地下駅、地平駅、橋上駅、高架駅―と、基本この4パターンに分類できますが、古河駅は、茨城県内ではTX(つくばエクスプレス)以外ではあまり例のない、高架駅という形態になります。 これは、例えば武蔵野線の駅舎のように、元々高架橋に線路があって、あとからホームを造る場合などに採用されます。しかし古河駅の場合は、駅舎だけを高架駅にして、その前後は線路が地平に降りてしまうという、ある意味、無駄な造りをしていることが不思議に思いました。 自由通路を優先して造る場合は橋上駅が基本であり、山手線の五反田駅のように、幹線道路が駅近辺を横断する場合には、高架駅が採用されます。しかし、あえて古河駅だけを高架にした理由について、元鉄道建築技術者の私は大変興味を覚えました。 古河駅のホーム

常総線の未来は?《茨城鉄道物語》15

【コラム・塚本一也】茨城県内で乗車できる鉄道は11路線あります。古河駅から乗車できる東北線、下館駅から乗車できる真岡線、鹿島神宮駅から乗車できるJR鹿島線などもカウントしておりますが、県内を通過しているものの、乗車できない東北新幹線などは含んでおりません。これまで取り上げた路線は8路線となっており、残りが少なくなってきました。 今回は身近に存在し、歴史もあるのですが、話題として取り上げづらかった常総線について少し触れたいと思います。 常総線は取手駅から下館駅まで、関東鉄道が経営する非電化の私鉄です。営業距離は51.1キロですが、取手駅から水海道駅までの17.5キロは1984年に複線化が完了し、首都圏へ通勤客を輸送する役割も果たしています。平日の7時台は上下線とも6~7分間隔でダイヤを編成しており、取手駅ではJR常磐線、守谷駅ではTX(つくばエクスプレス)と接続しています。 常総線沿線は、東京23区の過密対策として、1970年代に入ると常総ニュータウンの開発が始まりました。当時の住宅公団による、計画人口9万人の大規模な開発です。開発当初、常総ニュータウンから東京駅へ直通電車が通るという触れ込みに引かれ、多くの方が住宅を購入したといわれています。 そのため、丸の内の大手企業に勤務するエリートサラリーマンが多く住んでいるといううわさを聞いたことがあります。しかし、およそ35年後にTXが開通したときには、そういった方々は定年を迎えていたという「ブラックジョーク」もささやかれているそうです。 常総線の路線図

真岡鐵道のSLに乗ってみた 《茨城鉄道物語》14

【コラム・塚本一也】コロナ禍で少々うんざりしているところではありますが、「夏休み特別企画」ということで、真岡鐵道のSLに乗ってきました。真岡鐵道真岡線は茨城県の下館駅から栃木県の茂木駅まで、41.9キロを運行する第3セクターの鉄道会社です。 国鉄の分割民営化の際に、赤字ローカル線であった真岡線を存続させるため、1987年、栃木県と沿線自治体が出資して真岡鐵道株式会社を設立されました。1994年から、休日のみ、「SLもおか」(下館駅~茂木駅)を1往復半運行しています。全国でSLに乗車できる路線は9つありますが、関東では埼玉県の秩父鉄道と茨城県~栃木県の真岡鐵道だけです。 会社自体は栃木県の会社ですが、茨城県の下館駅から乗車できるということで、私もかねてから注目していました。 インターネットで予約し、日曜日の午後に真岡駅から下館駅まで乗車しました。普通列車で真岡駅に到着してまず驚いたことは、真岡駅(真岡鐵道の本社)自体がSLをデザインした造りになっていることです。そのほかにも、敷地内にSL展示館があったり、SL関連グッズを販売していたりと、さすが有名な観光地を抱える県は商魂がたくましいと感じました。 SLをデザインした造りの真岡駅

今度は関鉄竜ケ崎線に乗ってみた 《茨城鉄道物語》13

【コラム・塚本一也】県南地域でかねてから気になる鉄道がありました。それは、関東鉄道の竜ケ崎線です。常磐線の龍ケ崎市駅(竜ケ崎線の名称は佐貫駅)で接続し、総延長4.5キロ、駅数3駅のローカル線です。一体どんな経緯で開業し、どんな人たちが利用しているのか、大変興味がありました。竜ケ崎線は茨城県最古の私鉄であり、1900年に開業し、120周年を迎えました。 そもそも常磐線が開通した1896年時には、竜ケ崎村は仙台伊達藩の領地であった歴史などから、すでに市街地として発展していました。それゆえに、常磐炭鉱の石炭を運ぶ常磐線は、地元との調整やその線形などを考慮し、今の龍ケ崎市の中心部を外れたところを通過することになりました。 しかし、鉄道輸送の必要性を感じた地元有志らの尽力により、竜ケ崎線は4年という短期間で、当時としては珍しい客車を主体とした路線として開通しました。その後、稲敷から鹿島方面への延伸計画もあったそうですが、世界恐慌により、とん挫したということです。 このように長い歴史を持つ竜ケ崎線ではありますが、近年は利用者の減少が課題であり、特に昨年は、コロナの影響により旅客収入の減収に一層拍車がかかったそうです。 ほのぼのとした空気が漂うローカル線 休日の昼、体験乗車をしてきました。交通系のICカードが使えたのは、さすが首都圏を走る鉄道と感じましたが、トイレなどもきれいに整備されており、企業努力の跡がうかがえました。車両は1両編成で、10人ぐらいの乗客がいました。鉄道マニアらしい子供を連れた家族連れもおり、結構、注目されていることに感心しました。

TX延伸の障害 地磁気観測所の移転はなるか?《茨城鉄道物語》12

【コラム・塚本一也】6月4日の茨城県議会において、大井川和彦知事は私の一般質問に答える形で、石岡市柿岡にある地磁気観測所について、県として国に対し移転と補償を求めていく考えを表明しました。これは数十年ぶりに復活した中央要望であり、県南・県西地区の今後の開発計画を進める上で、画期的で重要な発言といえます。 地磁気観測所とはどのような施設なのか、簡単に説明しておきます。気象庁・地磁気観測所は旧柿岡町に位置しており、地球の磁気を継続的に定点観測し、研究機関や磁気図作成などにデータを提供しています。1912年、東京・赤坂から柿岡へ移転、それから100年以上が経ちました。 観測する地磁気には短周期と長周期がありますが、電車が走る際の直流電流が磁場を荒らしてノイズを発生させるため、観測所から半径35キロ以内は直流電源を使用してはならないと、法律で定められています。そのため、JR常磐線やTX(つくばエクスプレス)は、経済的負担の大きい交流電源を使用しなければならず、長い間、地域の鉄道計画の足かせとなっていました。 観測所が東京から移転したのも、都電荒川線を走らせるに当たって、赤坂では観測に支障があるため、「将来的に都市化とは無縁の場所」として柿岡が選ばれたそうです。気象庁は継続的なデータ観測の有用性を主張して、これまで移転を拒否していましたが、直流の影響を受けやすい短周期観測についてはデータ補正が技術的に可能となったため、移転に柔軟な姿勢を示すようになりました。 しかし、移転費用を茨城県に求めており、一時期盛り上がった移転要求もとん挫しているのが現状です。 大井川知事とスクラム組めた

銘酒をつなぐ伝統の水戸線 《茨城鉄道物語》11

【コラム・塚本一也】茨城県を最初に通った鉄道は東北線であり、県内で最初に開業した鉄道も実は常磐線ではなく、水戸線であることは以前お話ししました。昔は、茨城県民は水戸線を使って小山回りで東京へ行っていたようです。水戸線の歴史は古く、2019年1月16日で開業130周年を迎え、JR水戸支社では当時、盛大にイベントを開催しました。そんな水戸線の沿線は、歴史に裏打ちされたように、県内有数の酒蔵がラインナップされております。 茨城県は日本有数の酒どころであり、大小合わせると県内に約45の酒蔵があります。茨城県酒造組合の資料によれば、北から久慈川水系、那珂川水系、筑波山水系、鬼怒川水系、利根川水系と、5つのカテゴリーに分類されるようです。その酒蔵地帯を、那珂川水系から筑波山水系を経て、鬼怒川水系へと県を横断するようにつないでいるのが水戸線なのです。 例えば、始発の水戸駅近辺には、私の好きな「一品」を造る吉久保酒造、明利酒造、木内酒造があります。少し走ると、笠間の須藤本家、笹目宗兵衛商店があり、稲田に着けば「稲里」の磯倉酒造があります。さらに筑西市に入ると、来福酒造、真壁の村井酒造、西岡本店などが軒を連ねます。そして終点に近づき、結城駅周辺にはこれまた私の好きな銘酒「武勇」を造る武勇と結城酒造が控えております。 お座敷列車で日本酒をチビチビと… このように、沿線にこれだけ数多くの酒蔵がそろっている路線は大変珍しく、これを観光に生かせないものかと思慮しているところであります。夏になるとビール列車を走らせるという企画は、地方ローカル線でニュースになることがあります。しかし、「日本酒列車」では酔いが回るのが少し早すぎるような気もするので、お座敷列車でチビチビとやりながら、のんびりと旅行するような企画がよいのかもしれません。 また、お酒にはそれに合ったつまみが、ご当地の食文化としてもてはやされます。ブルーチーズと赤ワインのように、お互いを引き立てる地元の名産品をセットで用意すべきでしょう。昨今話題となっているジビエ料理で、何か開発はできないでしょうか? イノシシのジャーキーなんかは、辛口の日本酒に合うような気がするのですが、私の好みになってしまいますね。(一級建築士)

《茨城鉄道物語》10 祝 水郡線全線開通

【コラム・塚本一也】2019年の台風19号によって、茨城県は県北を中心に大きな被害を受けました。特に水郡線の第6久慈川橋梁(きょうりょう)は橋脚ごと根こそぎ流出し、台風の威力のすさまじさをまざまざと見せつけました。JR東日本の尽力により、その鉄橋も復旧し、3月27日に全線開通となる見込みです。今回は久しぶりに水郡線に乗車し、開通前の袋田の工事現場を見学してきました。 1月29日午後、水戸駅から上菅谷(かみすがや)駅まで乗車しました。水郡線は平成初期に「合築化」または「コンパクト化」という、JR東日本の施策のもとに積極的に各駅を建て替えました。中でも、このコラム(昨年8月7日掲載)でも取り上げた磐城塙(いわきはなわ)駅は、駅舎としては日本で初めてブルネル賞を受賞しました。 その後、全国のJRでローカル線駅舎の建て替えが始まりましたが、水郡線の個性あふれる各駅はそのお手本となったように思います。 水戸駅の懐かしい水郡ホームに降り立って、水郡線に乗り込みました。まず驚いたのが、車両の内装が非常にきれいであることです。このところ、本コラムの取材のために、県内のローカル線を体験乗車しましたが、水郡線の内装は首都圏の通勤列車と比べても遜色(そんしょく)がないくらいに洗練されていました。 さらに、その走りも快適で、気動車とは思えぬ乗り心地です。金曜午後ということで学生も多く乗っており、茨城県北の公共交通としての重要性を改めて認識しました。 20億円かけ第6久慈川橋梁を復旧

《茨城鉄道物語》9 今度は「ひたちなか海浜鉄道」に乗ってみた

【コラム・塚本一也】新春企画第2弾として、今回は、現在県内で注目の的となっているひたちなか海浜鉄道湊線に体験乗車してきた。 正月明けに、鉄道関係者にとって耳を疑うようなニュースが飛び込んできた。それは、ひたちなか海浜鉄道湊線が、終点の阿字ヶ浦駅から国営ひたち海浜公園までの3.1キロを、2024年度の運行開始を目指して延伸することが認可されたという、ビッグニュースである。 ひたちなか海浜鉄道は、茨城交通とひたちなか市が出資する第3セクターが2008年から運営する鉄道会社であり、湊線は非電化の単線路線である。 私はJR東日本に技術者として15年間勤務した経験をもとに、本コラムを執筆しているが、国鉄の分割民営化以降、LRT(近代的路面電車)以外の地方ローカル線が延伸されたという話は聞いたことがない。バブル崩壊後、景気の低迷や人口減少のあおりを食った形で、地方ローカル線のほとんどが存亡の危機にひんしている。 鉄道経営の特徴として固定費がかかるという問題がある。つまり、空でも電車は時刻表通りに動かさなければならないので、営業収入が無くても人件費やメンテナンス費用がかかる。ゆえに、旅客数の減少は直接純利益に影響するのである。 そのような厳しい経営環境のもとで、営業キロが14.3キロ、駅数が10駅の地方路線が2割以上延伸し、3駅も新設するというのは、無謀ともいえる計画のような気がする。現状を確かめるべく、体験乗車に出向いた。

《茨城鉄道物語》8 試乗記「鹿島臨海鉄道大洗鹿島線」

【コラム・塚本一也】正月休みを利用して、以前から気になっていた県内の鉄道に乗車しようと思い、大洗鹿島線に乗ってきた。私は鉄道マニア「てっちゃん」ではないが、鉄道会社の社員であったという血が騒ぐのか、わざわざ九州新幹線や島原鉄道の体験乗車にも行ったことがある。今回は水戸へ行くたびに気になっていた大洗鹿島線に試乗した。 大洗鹿島線は、茨城県などが出資する第3セクター鹿島臨海鉄道株式会社が運営する、営業距離が53キロの単線鉄道である。電化はされておらず、始発の水戸駅から終点の鹿島サッカースタジアム駅まで、2両編成の気動車がひた走っている。特筆すべきは、ローカル線としては異例ともいえる、線路のおよそ6割(私の目見当)が高架で、残りも掘割(切土)であったりするため踏み切りがほとんどない点である。 水戸駅を出発すると、すぐに常磐線や水郡線と共用の踏切が2箇所あるが、そこを過ぎて高架に昇ると、残りのおよそ52キロは終点まで踏み切りが一切ない。それゆえに、スピードアップも図れるため、最高速度は時速95キロという設定の鉄道である。そういった構造だから、線形もほぼ直進になっており、この2点はつくばエクスプレス(TX)と同じ特徴といえる。 建設した鉄道技術者の意気込みを感じる 高架から望む涸沼の夕日や、車窓の彼方まで延々と続く田園風景は、どこか昭和を感じさせ、ノスタルジックな雰囲気にさせてくれる。あまり乗り心地の良くない気動車の振動も、何となく心を穏やかにしてくれるマッサージチェアのように思えてくるから不思議である。さらに途中で交差する道路は全て立体交差であり、建設当時の鉄道技術者の意気込みが感じられる。 そういえば、開業時である1985年はつくば科学万博開催の年であり、茨城県にとってもバブル経済に向かって最も勢いのあった時代だったのではないだろうか。

《茨城鉄道物語》7 TXの8両化施策に想う

【コラム・塚本一也】今回はつくばエクスプレス(TX)の8両化について書かせていただきます。TXでは現在、車両を6両から8両へ増設する施策を実行しています。鉄道の増車というと、車両を連結するだけかというと、そうではありません。まず、車両の増設に合わせてホームを延伸しなければなりませんし、それに伴い、線路の改良、上家(うわや)の増築、出発信号の移設など、関連する工事がたくさん発生します。 しかも、工事は深夜の限られた時間内に施工しなければなりません。ゆえに、お金と時間が、一般の工事よりもかなりかかります。これは鉄道に関わる工事の宿命と言えます。 そこで、鉄道の新線を敷設する場合は、開業当時から将来を見込んで、ある程度の準備をしておきます。TXの場合も、ホーム延伸のための用地は確保してあり、線路も改良しなくて済むようにしてあります。また、ホームの床板を受ける桁を施工してある駅もありますし、なるべく省力化で対応でき、かつ過剰投資にならないような体制で開業しました。 開業後、順調に利用者数も伸びて、混雑緩和対策としての8両化が求められるようになりました。しかし、TX側の今の予定では、工期に10年かかるということであり、2030年の利用開始という説明です。これでは、あまりにも時間がかかりすぎます。鉄道事業で「旅客サービス向上」のための施策は、いつやるかというと、「今でしょ」という回答になります。 一斉老朽化を見据え今から準備を 私が在籍していたJR東日本でも、30年ぐらい前、「山手の11両化」という施策がありました。工事内容としては、ホームの延伸も線路の改良も含まれていましたが、29駅を2年ぐらいの工期で完了させたと思います。

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TX延伸論議に見る つくば市の狭い視野 《吾妻カガミ》136

【コラム・坂本栄】茨城県がTX県内延伸の4方向案(茨城空港、水戸市、土浦市、筑波山)を示したことで、その線上・目標に位置する自治体が自分たちの所へと誘致に乗り出し、地元の政治家も加わって騒々しくなっています。しかし筑波山を抱えるつくば市は、TXの終始点であることに満足しているのか、特に動いておりません。 ポイントはどこで常磐線にクロスさせるか 茨城空港、水戸、土浦の各方向誘致については、「TX石岡延伸推進協議会」、「TX水戸・茨城空港延伸促進協議会」、「TX土浦延伸を実現する会」が立ち上がりました。土浦の様子は記事「TX土浦延伸へ決起集会 市民参加で競合2団体に対抗」(6月12日掲載)をご覧ください。 茨城空港、水戸、土浦への延伸ラインはもちろん別々です。しかし、石岡、水戸、土浦の主張は「空港まで延ばせ」と言っている点では共通しています。水戸の場合、まず空港まで延ばし、さらに空港→水戸を要求していますが、石岡と土浦は「うちの市内で常磐線と交差させ、空港まで延ばせ」と言っているからです。 水戸が、空港→水戸は後回しにし、常磐線で交差する駅→水戸駅(TXの一部JR乗り入れ、残りは茨城空港直通)を受け入れれば、ポイントは「どこでJR常磐線にクロスさせるか(つくば駅と空港を直線で結ぶと高浜駅のちょっと北=石岡市内=で交差)」になります。 TX県内延伸=研究学園と茨城空港の連結

斎藤さだむさんのつくばセンタービル地肌空間など 3年ぶり「写真工房」写真展

つくば市を拠点に活動する写真サークル「写真工房」(太原雍彦会長)の「2022写真工房写真展vol.19+(プラス)」が、同市吾妻のつくば市民ギャラリーで開かれている。 顧問を務める同市在住の写真家、斎藤さだむさん(73)が、つくばセンタービル1階改修工事の過程で露わになった地肌空間を撮影した写真15点を展示するなど、会員ら11人が思い思いのテーマで撮影した写真計約110点が展示されている。新型コロナの影響で3年ぶりの開催となった。 写真工房は、同市主催の写真講座に参加した有志が2002年に結成し、20年になる。会員は約15人で、毎月1回例会を開いているほか、年2回撮影会に出掛けるなどしている。 斎藤さんのつくばセンタービル地肌空間は「史(ふみ)のあかし」と題した作品だ。第3セクター「つくばまちなかデザイン」による改修過程で、骨組みの状態に戻ったつくばセンタービルの、曲線を描く天井のコンクリート地肌や、象形文字が記されているのかと見まごう太い円柱の柱の地肌などを撮影している。「地肌空間を行き来し、40年という時間に思いをはせながら撮影した」という。 写真工房の写真展の様子 会員の藤澤裕子さんは、自宅の庭に咲くヒルザキツキミソウの花や、セミの抜け殻、カブトムシの幼虫などを撮影し、写真を重ねたり、反転させたりした作品10点を展示している。「日常見る庭の植物や昆虫を、非日常的な植物や昆虫として作品化した」。

ウクライナのニュース 《くずかごの唄》111

【コラム・奥井登美子】 「毎日、ウクライナのニュースを見ていると、僕はどういうわけか、丸木さんがあのニュースを見て何を言われるか、知りたいと痛切に思うようになってしまった」 「ご夫婦で原発の絵を担いで、世界中を行脚して回っていらしたわね。ウクライナはいらしたのかしら?」 「さあわからない…。2人とも、人類の悲劇を実際に見て、絵にしたんだもの、すごい人だよ。昔、位里さんと俊さんが、2人でうちへ来てくれた日のことも、つい、昨日のように思い出してしまう」 土浦市の奥井薬局の2階で、「丸木位里(いり)・俊(とし)展」をやったことがあった。250人もの人が駆けつけてくれて、盛況だった。お2人は我が家に泊まって、おしゃべりして、家のふすまが白いのを見て、刷毛(はけ)と墨汁(ぼくじゅう)を使って、大きな絵を描いてくださった。 生前葬やったの、覚えている?

臭いやアルコール対策示すも反発の声相次ぐ つくば洞峰公園事業で県の説明会

つくば市二の宮にある茨城県営の都市公園、洞峰公園(約20ヘクタール)で進められるリニューアル計画で、県は2日、同市竹園のつくば国際会議場で説明会を開いた。県と事業者による初の説明会。つくば市から懸念の声が出ていたグランピング施設とバーベキュー(BBQ)施設の臭いやアルコール対策について、県と事業者から対策が示されたが、参加した市民からは「洞峰公園を変える必要はない」など反発の声が相次いだ。つくば市民を中心に約150人が詰めかけ、県の説明に対し、会場からは厳しい反応が相次いだ。 臭いやアルコール対策について、パークPFI事業者「洞峰わくわく創造グループ」代表の長大が計画の一部見直し案を示した。①BBQ施設を当初計画していた冒険広場から、グランピング施設を整備する野球場中央に移す②炭焼きBBQは取り止め、煙が出ないガスグリルに変更する③深夜は管理人がおらず無人になる計画だったが、グランピングエリアの管理棟に24時間、管理人を常駐させる④夜9時以降はサイレントタイムとし騒いでいる人がいたら管理人が対応する⑤グランピング施設の周囲に目隠しとなる木製の柵を設け、景観に配慮する⑥南側駐車場の拡張(127台分)は、駐車台数を減らすことも含め、樹木をなるべく伐採しないよう計画を再検討するーなど。 一方、県は、公園全体が変わってしまうわけではないこと、パークPFI事業によって県が支出している指定管理料を年間6000万円削減でき、年平均8000万円かかる体育館やプールの大規模修繕を計画的に行える見通しが立ことなどを強調した。 収支計画の開示要求に答えず これに対し参加した市民からは、グランピング施設を収益事業の柱と位置付ける計画について、収支計画の開示を要求する意見が複数出された。長大が「民間事業者として、ノウハウも含めて収支計画は出すことができない」と答えると、会場から「これでは市民は計画の妥当性を判断できないではないか」など非難の声が投げかけられた。今回の目的の一つである、老朽化する体育館やプールの改修計画についても、収支計画を公開するよう求める声が出た。これに対し、県が公開時期を明確にできなかったことから、怒声が飛び交った。 絶滅危惧種など希少動植物が生息していることが市民から指摘された問題について県は、市民の意見を踏まえつつ、今後の対応を検討したいと答えるにとどまった。