【コラム・田口哲郎】

前略

東京メトロポリタンテレビジョンの月~金曜日夕方5時からの番組「5時に夢中」を楽しく視聴していることは、以前書きました。「5時に夢中」は東京ローカルのワイドショーという感じですが、コメンテーターが多彩で、サブカルチャーの殿堂のようです。

私が好きなのは、木曜日の中瀬ゆかりさんと火曜日の岩下尚史さんです。中瀬さんは新潮社出版部部長で、文壇のこぼれ話を巧みな話術で披露して笑わせてくれます。岩下さんは新橋演舞場勤務から作家になった方で、東京のいわゆるハイ・カルチャーをよくご存じの方で、こちらも話術が巧みで笑わせてくれますが、ひとつひとつのお話に含蓄があるというか、うなずくことが多いです。

岩下さんの小説『見出された恋 「金閣寺」への船出』の文体は流麗で、引き込まれます。岩下さんは國學院大学ご出身ですが、國學院の偉大な民俗学者にして作家の折口信夫の小説『死者の書』などの文体を思わせる傑作だと思います。

さて、岩下さんのインスタグラムの話題が出ていて、美食家としての一面が見られるというので、見てみました。岩下さんらしい、ハイソな生活を垣間見られるのでおすすめです。シティ・ホテルでのパーティーや会食、料亭とおぼしきところでの高級料理など、きらびやかな世界が広がっています。

岩下さんはいつも和装。青梅の築100年の日本家屋にお住まいです。新橋演舞場で日本舞踊のイベントを手がけていた関係で、芸者さんや古典芸能関係の人脈をお持ちです。岩下さんの生活には「文化」のかおりがします。

知らないのに、あこがれる、どこかなつかしい「文化」

文化は日本津々浦々、世界あまねくどこにでもあるものです。でも、岩下さんが見せてくれる「文化」は東京という街がどんどん新しくなってゆく中で、どこかなつかしさを保っている文化です。正直言って、私など新興住宅地、核家族のサラリーマン家庭に育った人間には縁のない世界です。でも、どこかなつかしく、憧れを抱かせる世界です。

宝塚歌劇団の初期の演目に「モン・パリ」というレヴューがあります。私のパリという意味ですが、そこでフランスのシャンソンを翻訳した「わが巴里」という曲を宝塚の男装のスターが踊り歌いました。大正時代、観客の中にパリに行った人などほとんどいなかった時代ですから、パリを「わが巴里」と言える人はほぼいなかったのですが、それでも観客はあこがれの都パリにあこがれを抱いて、そして郷愁さえ抱いたそうです。

岩下さんの東京の「文化」に、私もあこがれと郷愁を覚えます。「文化」とは不思議ですね。「文化」は、日々いろいろなものが変わり、流れてゆき、せわしない世の中にあっても、ひとときのやすらぎを与えてくれるものと言えましょう。やはり「文化」は良いものですね。

ごきげんよう。

草々(散歩好きの文明批評家)