【コラム・及川ひろみ】宍塚の会は、危機的な問題を抱える里の自然をテーマに、オニバスサミット(1992年、国民宿舎水郷大ホール)、里山サミット(93年、土浦市民会館小ホール)、サシバサミット(94年、宍塚小学校体育館)と、3回のサミットを開催しました。

当時、都市近郊の里山は未利用地とも呼ばれ、その価値への理解が希薄でした。里山サミット開催について記者クラブで説明をした際には、記者の方から「里山って何ですか」といった質問が寄せられたほどでした。

オニバスはかつて霞ケ浦でも広く見られ、邪魔者扱いされていた水草ですが、91年、国が発行したレッドデータブックに「絶滅の恐れがある野生生物」として取り上げられ、宍塚大池がその北限の生息地であることが明らかになりました。

そこで、オニバスサミットでは、身近な植物が絶滅の危機にさらされていることを学びました。環境問題に関心のある方が興味を持ち、参加意欲を抱くことを願い、最初に、環境倫理学の第一人者・加藤尚武さんに話していただきました。

里山サミットでは保全学の大家・沼田誠さんに、サシバサミットでは国立歴史民俗博物館当時副館長・佐原眞さんに話していただきました。どのサミットも多くの演者に登壇いただきましたが、どの方も、当時、その分野の先頭に立ち活躍されている方々で、まさにサミット(頂上)といえる内容でした。

1995年には3つの記録・報告書

サミット開催を知らせるために、土浦駅前や各戸ポスティングでチラシを1万枚配布、同時にその分野で活動する全国の市民団体に開催を知らせ、参加を募りました。その結果、オニバスサミットでは、新潟、長野、香川、兵庫など9県から、県内では18市町村から参加者がありました。

これらサミットを通して、都市近郊にまとまった広さを持つ里山が残されていないことが明らかになり、身近な自然を未来に伝えるためには、行政、地元、市民、研究者などが連携して活動することが重要であることが浮き彫りになりました。

95年には「宍塚大池地域自然環境調査報告書」「どんなところ 宍塚の里山」」「里山サミット報告集」を出版、記録を残す活動も行いました。(宍塚の自然と歴史の会代表)